第4話 最終兵器メガネ
さすがに今の状況はまずい。
原因も対処法も一切不明。
けれど階段から落ちて以来ああなったのだ。だとすると、脳に異常があるはず。
そこで有給を取り、近所の総合病院まで精密検査を受けに行った。
それにしても、部長が小言のひとつも言わず、すんなり有給を認めてくれるなんてめずらしい。
階段から落ちて頭でも打ったのか?
検察室に連れて行かれ、スタッフに案内されるがまま台の上に仰向けで寝そべった。
CTスキャンはウィーンと機械音を立て、冴子をドームに吸い込んでいく。
ウィーン。ウィーン。Vienna。
バカな連想をしていたら、検査技師にクスッと笑われた。
「ウィーンに行ったことがあるんですね。ぼくも研修で行きましたよ。よかったなあ」
あ、聞こえちゃった。
その後、診察室に案内された。
医者と一緒に脳のCTスキャンの画像を見る。
冴子を前にした医者は、小馬鹿にするように言った。
「異常ナシっスねー。気のせいじゃないっスかァ?
イラっとした。ものすごく。
こっちは深刻な症状に悩まされているというのに。
こんのヤブ医者が!
「ヒェッ……」
医者はおののき、一歩下がった。
しまったと思う。
いかんいかん。不必要に他人をビビらせちゃった。悪用厳禁。
病院からの帰りがけ、メガネショップに立ち寄った。
コンタクトの冴子はソファに座り、スマホでネットサーフィンをする。
心 読まれる 頭 打つ
単語を検索するが、納得のいく情報はなにも出てこない。途方にくれて頭をかいた。
「どうすりゃいいんだよ」
心を読まれるのは色々不便。
すると店員が、おずおずとメガネを持ってやってきた。ペコペコと申し訳なさそうにしている。
「お客さま、申し訳ございません。どんなご不便をおかけしてしまったでしょうか」
「あ、いえ……」
違います。メガネ修理してくれてありがとうございます。
わざとそう念じてみた。人を不快にさせちゃあ、いけないもの。
店員はほっとしたようだ。
「こちらこそ当店をご利用いただきありがとうございます。メガネの付け心地を試していただけますか? 不具合があれば調整いたします」
あ、はい。コンタクト外します。ありがとう。ありがとう。ありがとう……。
余計なことを考えて店員に気を使わせないよう、コンタクトを外しながら、ひたすら念じた。周りの客はクスクス笑っている。
恥ずかしいけど、じっと耐えて念じ続ける。
店員さんを悲しませないため。がんばって自分。
うつむきながら、新しいメガネをかけた。
ちょっときついが悪くない。
すぐに念じる。
うん、つけ心地大丈夫です。
店員さんは無言で立ち尽くしている。
こっちの反応を待っているような、それでいて恐れているような目。
逆テレパシーが聞こえなかったのだろうか? 冴子は店員を見て、もう一度念じた。
あれ? つけ心地大丈夫ですよ。
店員はなおも気まずそうだ。おずおずと尋ねられる。
「どこか悪いところがございましたか?」
もしかしてと思い、メガネを外してみた。そして念じてみる。
つけ心地大丈夫そうです。ばっちり。
その途端、パッと笑顔を作られた。
「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしています」
ごく普通のメガネショップで、とんでもない新発見をした。
メガネを再度かけながら考える。
メガネをかけてれば、心を読まれない?
なんて手軽で便利な対処法。
翌日から、新しいメガネをかけて出社した。
これでいつもどおり、平穏に仕事ができる。
平穏にクソ忙しい。
そんなある日、オフィスに三十代から四十代くらいの見知らぬスーツの男や女たちが、ぞろぞろ入った。
「どちらさまでしょうか」
部長が飛んできて、来客と話す。へこへこと腰をかがめ、手をスリスリしている。
いつもの偉そうな態度はどこいった?
彼らの話し声は、ここから玄関が少し離れていることもあり、よく聞こえなかった。
けれど来客の話を聞いた部長が、たまげたようにオロオロしだしたのはわかった。
よっぽど大事な話なのだろうか。
若い女子社員たちが、来客を見ておしゃべりする。
「あの人イケメンじゃない?」
メガネの冴子はカタカタとキーボードを叩いたり、マウスをカチカチしながら、集団をチラッと見た。
なかに三十代くらいの、長身のイケメンがいた。鼻筋がシュッと通っている。
なんとなく考えた。
あーイケメンだね。私は興味ないけど。
考えると同時に大あくびが出て、目尻に涙がたまった。
メガネを少しずらして目をこする。昨日は3時間くらいしか寝てない。
「そんなにイケメンなんっすか?」
「毒舌の師匠が言うくらいなら相当なイケメンじゃないですか?」
「えー。そんなに?」
冴子は慌ててメガネをかけなおす。
いけね。
来客と応対していた部長が、不意にズカズカとオフィスに足を向けた。冴子のところまで。
何事かと思っていたら、低い声で叱責される。
「石島くん、どうして俺に相談しなかった」
「……何が?」
口を飛び出してきたのは、我ながら下手でそっけないしゃべり言葉。
部長はここぞとばかりに舌打ちした。
「相談会だよ。エー広告代理店から
「え? 私知りません」
「知りませんじゃない。先方は君から電話とメールを受けたと言ってる。なんで俺の言うことが聞けないんだ」
後田や静香はアワアワしている。
冴子はオフィスを観察した。
クスクス笑っている横山と、その取り巻きの女子社員。
やつらが仕組んだのか。
冴子はムカムカとし、どうするべきかすぐに考えを弾き出す。
来客のほうへ向かうとメガネを外した。
わかりました。お客さま、手狭ですけどどうぞこちらへ。
念じたあとはすぐにメガネをかける。心の中でならきちんとしゃべれるのだ。
来客を順々に応接室まで案内した。
他の社員たちは、気になってその様子を見守っている。
「あ、そうそう」
自分が応接室に入る直前、冴子は早足に、横山たちの前まで歩いた。
メガネを外し、あることを念じる。
これは仕事に関わることだぞ。てめえら、会社に訴訟起こされても不思議はないことしたって自覚はあんのか?
「え? 訴訟……?」
みるみる彼女らは青ざめた。わかりやすいほどに。
「ありえるっすね。普通に」
後田はあごをなでる。
「師匠カッコいい」
静香は目を輝かせた。
冴子はため息をつき、メガネをかけなおすと応接室に入った。
気が重い。
これからどうなるのか。なるようにしかならない。
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