第3話 ズバズバ

 トイレから自分のデスクに戻った。

 すると、まわりが一斉にこっちを見てきた。気まずそうにソワソワとされる。

 え?と思い、キョロキョロした。


 何?


 隣の席の後輩社員、後田あとだが、冴子にこそっと言う。


「石島さん、謝ったほうがいいっすよ」


 キョトンとした。


 誰に?


「『誰に?』じゃないっす。いくらなんでもひどいっす」


 すると、面接室から、ツルピカ部長と横山ら女子社員たちが出た。

 彼女らはまだしくしく泣いている。

 部長は渋い顔だ。冴子のほうへ来ると、なぜか叱責をはじめた。


「石島さん、君は社会人だろう。中学生じゃないんだ。みんなに謝りなさい。あんなひどいこと……」


 突然のことにあぜんとしつつ、冴子は反射的にぼんやり考える。


 中学生はそいつらだろ。


「へ?」


 部長の口が、あごが外れたかのように全開になる。


 人を散々地味子だのダサいだのなんだの悪口言ったり、なんかよくわかんないけど突然泣きだして人のせいにしたり。中坊は完全にそいつらじゃん。私語ばっかで仕事もしねえし。給料ドロボー。


「そ、そういうことじゃない! 俺の言うことが聞けねえのか?」


 部長は怒鳴るも、冴子としては納得いかない。


 立場を利用してパワハラかませば押し通せると思ってのか? てめえカスだな。てめえみたいなカスがいるから会社の業績もちっともあがんねえんだろ。やーい、カス、カスぅ〜。


「カ、カスぅ……?」


 つか、どうせてめえ、性欲で動いてんだろ。てめえも中坊じゃん。いや、中坊のがマシだわ。てめえやそこのマウント女どもに我慢してきた私のほうがよっぽど大人。はい、私の勝ち〜。


「うっ……あう、あう。……わああん」


 今度は部長が大泣きし始めた。

 外へ駆け出していく。


「石島さんなんてもう知らない!」


 横山ら女子社員たちも、泣きながら外へ出て行った。

 オフィスがしんとしきる。

 その様子に冴子はまたしても戸惑い、目を瞬かせた。


 え? なんで? 私なにも言ってないのに……。


「……石島さん、それが言い過ぎっす……」


 ボソリと言った後田は、真っ青だ。


「あ、ま、まさか」


 私の考え、聞こえてたの?


「そんな大声で言われちゃ、聞きたくなくても聞こえるっすよ」


 当然のように言われ、驚きでわなないた。


 なんてこった……。


「そりゃこっちのセリフっす」



 後ろのデスクから、じっと冴子を見つめる者がいる。大人しそうな女子社員と、その周りの社員。



 

 6時がすぎると、一部の社員は帰り、冴子は仕事を続ける。

 仕事をしながら考えた。


 今から倉庫の整理しなきゃ。だりぃー。お腹ぺこぺこリーナ。


「あー、そっすよね。残業だりいっすよね」


 隣の席の後田が、ボーッと仕事しながらぼやいた。

 聞こえていたようだ。


 ヤバっ。


「そうっすよね。ヤバいっすよね」

「おほん。石島さん」


 今度は後ろから話しかけられ、振り返る。

 見下ろしてくるのは、仁王立ちのツルピカ部長。やっぱり頭はテカテカだ。


 わっ。ガマン○頭かよ。びっくりした。


「ううっ。嫌だったら帰っていいんだよ」


 部長は弱々しく声を震わせている。今にも泣きそうだ。

 いつも恫喝されている社員たちは、クスクス笑う。

 冴子は焦った。


 やっぱり心が読まれてる。ヤバいな。


「そうだなんだよ。ヤバいんだよきみ」


 すいません。仕事しに倉庫行ってきます。


 わざとそう念じてから、ぴゅうっと倉庫へ走った。



 冴子を見ていた大人しそうな女子社員や、その周りの社員たちが、おもむろに立ち上がる。



 

 電気のついていない真っ暗な倉庫。入ると、冴子は急いで扉を閉めた。

 誰もいない場所なら、少し安心だ。

 壁に背をついてほぉっと息を吐く。


 なんで心が読まれてるの?

 つか電気はどこだ。


 暗闇の中で壁に手をはわせ、スイッチを探す。

 尖った感触が指先に当たった。


 あった。


 押した。

 パッと光で満たされる、物が積まれた倉庫。

 すぐ目の前に、猫背でうつむいた陰気な者が数名、幽鬼のように立っている。


「ぎゃああっ!!」


 腰を抜かして尻もちをついた。

 顔をそむけ、空中に五芒星を切る。


 悪霊退散、陰陽師!!


 ひたすら念じた。

 お化けの類は大の苦手だ。こういうときのために陰陽師ダンスも練習していた。


「そんなに驚かなくても」

「だよね」


 聞き覚えのある声。

 あれ?っと、おそるおそる見上げる。

 見覚えのあるおとなしそうな社員たちが、顔を見合わせうなずきあっていた。

 中心にいるのは、地味な女子社員、音無おとなし静香しずか。冴子の後輩だが、話したことはほとんどない。

 周りにいるのは、静香と固まっているおとなしいグループの社員たち。


「お、音無さん。なんで真っ暗。こんなところ……」


 変な日本語が出てしまった。口でしゃべるのは苦手だ。


「石島さん、さっき倉庫に行くって言ってたじゃないですか……」


 蚊の鳴くような小さな声で言われる。


「え? 言ってない」


 口では、だけど……。


「とにかくみんな、今がチャンスだよ」

「うん」

「そうだね」


 静香と周りの社員たちは、冴子の前でガバッと正座し、床に手をつく。


「お願いです石島さん。私たちを弟子にしてください」


 抜けた腰がさらに抜ける。

 キャッキャと、彼女らの言うことにゃ……。


「横山さんたちや部長にあんな風にズバズバ言えるなんてうらやましい」

「うんうん。うらやましすぎますよ」

「私なんていつも怖くて震えることしかできないのに」


 スラコラサッサしたいくらい、わけがわからなすぎる。


「いや、私、言ってないし。何にも」


 わけわかんねえこと言ってんじゃねえぞ底辺どもが。


「そうそれ! くうっ、気持ちいい!」


 みんなよろこんでいる。

 静香などは、自分の身体を抱きしめ、興奮気味に身悶えしていた。

 血の気がさあっと引く。

 ドン引きだ。


 キッッッッッショ。


「あーーーーっイイっ!! さすが師匠!」


 なにが師匠だ。バカかてめえ。 


 目をさまさせようと意図的に念で罵っても、みんなを余計によろこばせるだけだった。


「強者弱者関係なく誰にでもズバズバ正論言えるの、カッコいいです」

「ね。あの怖い部長に恐れずに物申せるのは石島さんしかいないよ」

「師匠は我が社の希望の星です!!」


 は、はああああ?

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