第6話

「まだ口がなくて答えられなかったけれど、私の答えはイエスよ」


 違う。

 きのこは勝手に生えたのだ。自分は悪くない。否定する彰人の思考に不動産屋の声が被った。


『変なのが生えると困りますから』




  呼び込んだのは俺か?




 ただの何気ない会話だと思っていた。ただの注意事項。軽いアドバイスだと思っていた。たった1度それをしなかった。


(ただの1度の結果がこれか!?)


 女の艶かしい唇が迫ってくる。目が引き寄せられて離せない、体の奥底で警告アラートが鳴り響いているのに彼女の唇を目が追ってしまう。



  キスをされたらどうなるのか。



 いや、きのこにとってそれはキスなんだろうか。


(キスだけにとどまるのか?)



 口を付けた瞬間、口のなかに胞子をばらまいたりするんじゃないか?



 彰人の思考の中で菌糸が延びていく。

 口の中をのたうち回る菌糸が喉に入り込んでむくむくと食道を延びていく。肺に入り込み、肺や胃を貫いて身体中に菌糸が巣食っていく。

 びちびちと音を立てて血管の中を神経の1本1本を侵していく。その様が脳内に映像化さると細胞の一つ一つからふつふつと恐怖の叫びが上がるようだった。


(嫌だ・・・・・・いやだ)


 恐れに震えながら目だけが彼女の唇を追い続けている。


(接合した部分は?)


 既にもう体の中を菌糸が這いずり回っているんじゃないのか。思考が止まらない、彼女の唇はもう彰人の唇に触れるほどに近づいている。


「嫌だあぁぁッ!!」


 必死に彼女の顔を押し退けるがそれでも女の顔はぐいぐいと寄ってくる。ブルブルと震える腕に力を込めてぐいと押すと、彼女の顔からばりっと嫌な音がした。


「うわぁぁああああッ!!!」


 彼女の顔がぱっくりと割れて内側からもうひとつ顔が現れる。


「あああぁぁああっっっ!!」


 血走ったギョロ目、大きく真っ赤な口。

 菌糸のような髪が彰人の顔にかかる。


「やめろ! やめろ! やめろぉぉおお!!」


 彰人の頭を両手で鷲掴みしたきのこ女はにんまりと笑った。


「いまよ」

「・・・・・・っへ?」

「教えてって言ったでしょ」

「な、な・・・・・・」


「食べ頃」


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