1月21日

 昨夜の記憶が、リズちゃんに会っている途中で途切れている。

 一体。


「おは…どうなって?」

「おはようございます桜木さん、どうしました?」


「何故、氷嚢が」

「昨夜、微熱が出てらしたので」


「こんな、どうやって帰ってきたのか」

「車椅子で途中まで運んで、後は魔王に。全く起きなかったですけど、もう無理しないで下さいね」


「すみません、お昼寝したし膜が治ったと調子に乗りました、面目無い」

「いえいえ、僕も気を付けますから無理せずいきましょう。さ、お水です」


「はい、ありがとう」


 ソファーには魔王と幼獣化した鳥類と竜種。

 遊んで貰っているらしい。


「おはようございます、はなちゃん」

《おはよご主人、おふろいこ》

『おはよご主人、しゃわしゃわして』


「おはよう」

「ちょっと待ってて下さいね、軽めのバイタルチェックが終わってから、お風呂で」


《うー、今日は人のかたちなれるかな?》

『うー、まだー?』

「後少しですよ。お風呂、エリクサー、ごはんの後に本格的なバイタルチェックで安全が確認できたら、検討しますから」


 少しじゃ無いが。


「だそうで、暫くステイおば」

《で、結果が良ければ我がアヴァロンへ来るのじゃな?》


「お、おはようドリアード、アヴァロンて何処さ」

《島の名、我が世界樹の名じゃい》


「ほえー」

《武器や防具を渡したいそうじゃしの》


「おう、ありがとう。じゃあ結果が良ければアヴァロンへ、で良い?ショナ」

「はい」


「あ、でも待って。ショナ、お風呂先にどうぞ」


「桜木さんは入られないんですか?」

「最後が良い派、どうぞ」


「では今、前髪切りませんか?大分伸びてらっしゃいますし」

「うい、お願いします」


 タオルを顔に巻き、前髪を切って頂く。

 安心するなコレ、合法的にこうしてられる何か無いかね。


「前と同じで?」

「うん」


「リズさんが宜しく言ってましたよ、いつでもいらして下さいと」

「おーやった、可愛い子よね、素で喋らなければ」


「そうですね、かなり」

「ねー。あんな真夜中に、苦労してるんだろうか」


「寧ろ、進んで徹夜しちゃって周りが困ってるそうで、お父さんが迎えに行っても仕事に没頭しちゃって。お父さんの加治田さんは僕の先輩ですけど、良い人ですよ」

「確かに良い人そうだった、顔は怖いけど」


「ですよね。産まれる前からデレデレで、奥様にもぞっこんで酔うと惚気がまた」

「写真見せまくるとかしそう」


「そうなんですよ、奥さんと一緒につわりになったり、名付けの時も。兎に角、凄い溺愛してます、リズさんは躊躇ってるみたいですけど」


「じゃあ、大丈夫か」

「躊躇いつつも旅行なんかをプレゼントしたり、結構親孝行してるそうで」


「それもパパから写真を?」

「はい、僕の親も親バカらしいんですけど、加治田さんも中々かと」


「らしい?」

「ヤれば出来るって根性論者なんですけど、外から見ると親バカに映るらしくて」


「うん、親バカだ」

「結構厳しかったんで実感が湧かないんですよねぇ」


「今は一緒じゃないの?」

「えぇ、真夜中の呼び出しで起こしたくないので、寮で独り暮らしです」


「優しい」

「違うんですよ、出掛けるのがバレると『静かに行動する鍛練が足らん』って帰宅と同時に訓練が始まっちゃうんですよ。一般家庭なのに」


「従者と関係無いお仕事なん?」

「本家は神社仏閣関係なんですけど、両親は一般の、普通の企業だと聞いてます」


「実は国家の秘密の仕事を」

「それが心配で1度調べたんですけど、親族のも、親の名前も無かったんですよ」


「ショナ君の閲覧権限ではダメとか」


「やっぱりそうなんですかね…」


「おもろ」


「傍目には面白いんでしょうけど。柏木さんの隣に、いきなり親が居る悪夢をたまに見ます、お前の仕事は全て見ていたぞ、と」

「それはおそろしい」


「そうなんですよ、変な汗かいて飛び起きます。はい、終わりました」

「うん、ありがとう」


「浴びるついでに片付けますので、直ぐ出ますから待ってて下さいね」

「ありがとう、ゆっくり浴びてて、エリクサー飲んどくし」


 どう言ったらゆっくり浴びてくれるのか、折角の豪華な浴室を楽しむでもなく、サッと出て来てしまう。

 仕事中だから仕方無いにしてもだ、少しは楽しんで欲しい。


 自分なんかは貧乏性も有るし、神獣にかっこつけてジェットバスだの打たせ湯機能だの一通り楽しんでいるのに。

 この機能すら、当たり前なん?


 そして体重測定、勝手に減るのオモロ。


「では、朝食に行きましょうか」

「おうおう、今暫く待っててね」

「ゆっくり楽しんできて下さい。行ってらっしゃい、はなちゃん」

『《いってらっしゃーい》』


 今朝は、2匹と魔王はお留守番。

 目の前で調理されるオムレツやガレット、旬の果物等など。

 全てのメニューを一通り食べた後、部屋に戻るとクリーニングされた服が届いていた。


 今回の一番は海老腸粉、ふわふわプリプリで凄く美味しかった。


 そして、今日の行動を左右するバイタルチェッカー。


 おぼえめでたくも、安定した数値を出した。


「よし、アヴァロン行くべ」

『《やったー!》』




 ホテルをチェックアウトし、裏口から魔王の城まで空間移動。

 城の周りには、前よりも近くに鳥類と竜種が集っていた。


『しんぱいしてる』

《ちょっと殺気だってる》

《ひぃ》

「どうどう、ドリアード、落ち着いて」


「桜木さん、準備出来ました」


 装置を設置し終えたショナの合図で、所定の位置へ移動。

 バイタルの測定器を付けたまま、大きくなった2匹の前に進む。


  鳥類    竜種

「カールラ  クーロン」


 1匹づつ指差しながら名を付けると、メキメキ、ミチミチと痛々しい音を立てながら収縮。

 カールラは人型の女、クーロンは男になった。


 そして案の定、全裸なので昨日買った物や予備の服を着せる。


『《お待たせしました、ご主人様》』

「いえいえ、コチラこそ」

《うむ、無事に終えたのう。さ、ティターニア達が待っておる》


「はいはい、じゃあお留守番頼むねクーロン、魔王」

「行ってらっしゃい、はなちゃん」

『行ってらっしゃいませ、ご主人様』




 ショナと共にカールラの背に乗り、アヴァロンと呼ばれる浮島へ向かった。

 近づく程に巨大さを認識する、ドーム何個分だコレ。


《いらっしゃい、ハナ》

「お邪魔します。どうぞ、ジャムセットと甲州ワイン、お口に合いますかどうか」


《ありがとうございます、今お茶を淹れたところで》

『やったー!貢物!捧げ物!ヤホーィ!』

《日本のワインか、ほうほう、味見じゃ》


《もう、すみません、お茶をどうぞ》

「ありがとう、こんなに喜ばれるとは」


《我々は捧げられた物か、自分達で作った物以外は口に出来ないのです》

《日本の物は滅多に捧げられないからの、自国の物が殆どじゃて》

『スコーン、ジャム、ケーキ、甘い物ばかりで敵わん』


「ジャーキーとか食えんの?」

『俺は食う、ティターニアやドリアードは食わないがな』


「じゃあ、この秘蔵の天狗ジャーキーを」


『良いのか!?』

「どうぞどうぞ、気に入ったらまた買って貰う」


『どれ……美味い!酒と合う!お前は良い奴だな、よし!俺も秘蔵を出してやろう!待ってろ!』


「はしゃぐ幼いイケメン」

「幼い感じでお酒を飲まれて、あの言葉使いは脳が混乱しますね…」


《ふふ、精神性が外見に現れますからね》

《そうじゃぞ。じゃからあまり蠱惑的にならん様に、召喚者や人々を惑わせぬようにと、こうして容姿のレベルを落としてやっておるんじゃぞ?感謝せい?》


「そもそもショナ君は初いので正視すら出来ないっていう」

「初さの問題では」


「じゃあホレ、アレが何カップあるか言うてみい」

「止めて下さ…目は瞑ってるんで無駄ですよ」


「姑息な真似を」

《ふん、では生意気なショナ坊に、何でも言う事を効く妖術でも使うてやろうかのう?》

「え、止めて下さい」


「その妖術覚えたいんじゃが」

「もっと止めて下さい」


「なんで」

「いやそれは」

『戻ったぞハナ!マーリンの杖だ!』


「お、有名な魔術師の?」

『ふふん!1

『ふふん!1番良いのだぞ!』


「ありがとう、格好いいね。本人はご健在で?」

『健在だが。隠居中だ、ちと人嫌いでな』


「あら残念」

『それでも万が一、何かあれば出てくるだろうさ。うん、うまい』


「あ、で、妖術ねドリアードさんや」

《まぁまぁ、魔力上限もまだ確定してませんからね、追々と言う事で》

《じゃな。教えずとも心身共に安定し、成熟して初めて開花する才能もあろうて。楽しみに待っておれ》


「ぐ、御意」


《まぁ、誘惑のプロじゃしの、そこは妖術で無くとも》

《もう、ドリアードったら》

「先生、是非その手練手管を」

「桜木さん、それより雷電の方を」


「あ、はい。じゃあ、魔法の使い方を教えて下さい、ティターニア先生」


《あの、実はまだ長居して頂ける環境が整っていなくて、宜しければ後日来て頂いても宜しいでしょうか》

『家がな、家のデザインで揉めている……張り切った棟梁共の乱闘騒ぎがあって、さっきまで収めるのに手一杯だったんだ』

《それでじゃ、どんなのが良いんじゃ?》


「無理言ってすんません」

《いえいえ。お手伝いさせて頂ける喜びの余り、張り切り過ぎてしまっただけで…少しご希望を言って戴ければ大変助かるのですけれど、どういった感じがお好きで?》


「桜木さん。今更要らないって言ってしまうと、また、揉めるかと」


「おぉ……シンプルで使い易い、掃除し易いので、取り敢えずは…」

「護衛的には警備し易いと助かります」

《ありがとうございます、助かります》

『決まれば一日も掛からない、増設も可能だ…腕は良いんだ、腕は』


 最低限の家の要望を伝え、長居するのも悪いので取り合えず地上に向かった。


 正直、そういった感じで揉めるとは思わなかった。

 好意的過ぎ。




「で、予定が消えた」

「なるほどですね、ではクーロンとカールラの服を作りに行くのはどうでしょう、成獣に変身しても大丈夫な服を。私の知り合いに作れる者が居ますよ」


「行こう」

「早いです桜木さん、先ずは申請しますね」


 ショナに申請して貰った先は、旧米国領土。

 ある意味で、単なる自治区の集まりなんだそう。


 そのラスベガス地区は、秒で申請を受理してくれたらしい。

 日本領事館に到着して直ぐ、日本人女性による案内や注意事項の説明、手続きや両替が瞬く間に済んだ。

 手早い、飛行機で来てもこんなんなのだろうか。


《入国手続きは以上です。いってらっしゃいませ》


「あーい、どもー」


 領事館から出て直ぐに、先ずは中心街まで空間移動。


「僕、外国は初めてなんですよ」

「同じく、はしゃいでしまいそうだ……エッフェル塔とスフィンクスが混在してる、カオス!」

「ふふ、後で観光しましょうね、はなちゃん」


 本当にもう、映画通り。


「凄い、向こうの映画で見たまんま」

「やっぱりそうなんですね」


「さ、このお店です」


 その中心街から数分歩いた所に、古びたビル群に辿り着いた。

 赤レンガに小さな看板が掲げられているが、生憎と英語は不自由で読めん。


 ドアにはクローズの札が掛かっているが、魔王は遠慮無しにサッサと入ってしまった。


 カラカラとドアのベルが鳴る。


「クローズが見えてないの?!今日はもう」

「私ですよー、お久し振りです虚栄心」


 螺旋階段から下りて来たのは、背の高い綺麗な金の巻き毛の人。

 モデルかよ、つか、どっちだろうか。


「あらー!魔王!何か御用?」

「この2人の神獣の服をお願い出来ませんか?」


《カールラ》

『クーロン』

「まぁ!やるわ!」


 お辞儀をしながら挨拶した2人を、一目見るなり抱き締めて即決した。

 話が早い、助かる。


「桜木さん並みの即決っぷりですね」

「助かる」


「あら、貴方も1着如何?背筋が良いから、カッチリしたのが似合うわよ」


 ショナを舐める様に見回し、1回りさせると楽しそうに肩を撫でた。


 動揺してんだろうに、ウケる。


「いえ、あの」

「それは後で検討させますね、彼はショナ君。こちらは」

「桜木花子です」


「あら、勇者様じゃない」

「いや、一般人です」


「まーた冗談言っちゃって、そんなオーラ纏っちゃってる癖に」

「オーラ」


「あら、見えて無いのね勿体無い。あらあら緑色の精霊ちゃん、初めまして、可愛らしいわねぇ」

《見る目のあるやつじゃの!》


「良いわぁ、インスピレーション湧きまくるわぁ……にしても勇者様は地味過ぎるわ、もっとこう」

「虚栄心、それも後で。先ずは2人の洋服をお願いしますね?」


「勿論よ、ちょっと待ってなさいね!直ぐに採寸終えるから、逃げないでよ!」


 ふん!と鼻息荒くカールラとクーロンの肩を抱え、奥のカーテンで仕切られた部屋に連れて行った。


 少し残念だ、直ぐにでもオーラの話が聞きたかったのに。


「オーラって?」

《ハナの明るい黄緑色の事じゃろ》


「ほう」

「私には明るい紫色、薄紫色に見えてますよ」

「僕は見えませんが、ガーランドさん曰く白らしいです」


「こう、具体的な情報が欲しいんだが」

「あ、ちょっと魔王!この子達って大きい種じゃないの!食事を買ってきて頂戴!いつものハンバーガー屋とタコス屋よ!ついでに皆でお散歩でもして来なさい!」


 怒ってるのか喜んでるのか分らない虚栄心の声に促され、店の外へ出る。




 そのまま魔王の案内で、虚栄心のお店から少し歩いたバーガー屋へ入った。

 ど派手で明るくてカラフルな店内、店員も明るくてフレンドリー。


 ついでなので食料の買い増し、良い匂いだし、経費の内だ。


《“いらっしゃいませ!食べてく?”》

「“いや、持ち帰ります、大量に”」


《OK!注文をどうぞ》

「スペシャルバーガーとチーズバーガーをスープセットで、スープはクラムチャウダーとミネストローネ。レギュラーバーガードリンクセット3つ、ホットコーヒーとホットティー、コーラ」

「と、レギュラーバーガーセットで」


「袋別よね?」

「ですね、はい」


《OK!現金ね、はい、ちょうど。このレシートを持って横で待ってて、直ぐカップを持って来るから!》

「はーい」


 おしゃべりしていた定員が一気にテキパキと動き出した、メリハリが凄い。


 日本では見ない特大カップを1つ受け取り、満タンにコーラを注いで飲んでいると、アッと言う間に品物が揃った。


《おまたせ!また来てね!》

「ありがとう、バイバーイ」


 ジュースをしまい、次は隣の地区のタコス屋さんでソフトタコスにケサディーヤ、ブリトーとほぼ全種類を頼んだら、サービスにカップを3つ貰ってしまった


 謎ジュースと謎炭酸、フルーツアイスティーを注いだ。

 サービス良いなぁ。


「もう、コレだけでも楽しくなっちゃいそうですね」

「ねー、買い物だけでもう楽しい」

「まだまだ楽しい所はありますよ。ちょっと待って下さいね……はい」


 空間を裂いて虚栄心用の紙袋を突っ込むと、さっさと空間を閉じてしまった。

 初めて雑な魔王を見た気がした、新鮮。


「雑」

「良いんですよ、お互いこんな感じですから。さ、少しお散歩しましょう」


 少し歩いただけで、海外ドラマで良く見た光景が広がる。


 パントマイムは勿論の事、そっくりさんが路上でパフォーマンスをし、ホテルからショーの音楽が流れて来ている。


「きらびやかやぁ」

「ですねー、華やかですねー」

「花火やショーも凄いですよー」


「ショナ君や、息抜きしても良いんだよ?」


「あぁ、色欲のお店を紹介しましょうか?定番はやはりストリップバーだそうで」

「いえ、興味無いんで大丈夫です」

「えー、ワシは行きたい」


「え」

「男性用、女性用、両性。混合のバーもありますよ」

「絶対に行きたい」


「ちょっ、桜木さんに変な事を教え」

「お、ジャーキーだ、買う」

「折角なら全種類どうです?ヤキトリ味が特に人気ですよ」


「全部買う」

「鮭の燻製もありますよ、コンポートにジャムも」


「ん、買う」


「あの、食品以外でも、ご自分のを買って頂いても大丈夫ですからね?」

「まぁまぁ、きっとヤマト撫子なんですよ、はなちゃんは」

「それは無いな、食い意地張り子、花より団子」


「良いじゃないですか。成長期は良く食べ、良く眠るそうですから」

「人間としての成長期は終わってる、筈よねショナ君」

「あ、はい、通常なら。ただ、桜木さんの場合は」


 こんな雑談の中、シンプルなドリームキャッチャーに少し目を留めただけですら、ショナに買われてしまった。


 早い、目ざとい。


 そうして程々に周囲を回り、虚栄心のお店へ戻る道すがら、何処からか良い匂いがしてきた。

 バジルやチーズ、小麦粉の焼ける良い匂い。


「良い匂いに空腹を感じました」


「あそこお店からですかね」

「あぁ、店構えが美味しそう」

「では私はお店に様子を見に行って来ますから、食べて待ってて下さい」


「ん、お言葉に甘えて、いってらっしゃい」




 店内はカジュアルなイタリアンのお店の様で、白いレンガと落ち着いた色合いの家具で揃っている。

 窓は大きく景色も良い、暖かそうなテラス席もあったので、そこへ座った。


「ホットサンドって種類あるんですねー、空いてますし何個か頼んじゃいますか?」

「良いね、そうしよう」


 白に統一されたテラス席で大型のヒーターに当りながら、ミルクたっぷりのコーヒーを飲んでいると、目の前に何発かの花火が上がった。


「わー、何かのイベントですかね?」

「おー、ねー」


「寒いのに花火って不思議ですねー」

「ねー、花火は夏だもんねー」


《“お待たせ、サーモンとアスパラチーズ、マルゲリータのマッシュルーム入りね”》


「さんきゅー、半分こしませんか」

「はい、いただきます」


「いただきます。ん、うまい」

「サーモンふわふわで美味しいですね、桜木さん、アスパラの匂いは大丈夫なんですか?」


「それは大丈夫、少しなら。穂先?が好き」


「ホワイトアスパラは」

「食べたことない」


「ゴーヤ」

「まぢむり」


『“やぁ!デートを楽しんでるかい!”』

「“あー違うけどー、楽しいよー”」


『あはは、違ったならすまないね、友人かい?』

「うん、そんな感じ、おじさんはココの人?」


『そうだよ、そんな感じ。ココのホットサンドはどうだい?マルゲリータがオススメだよ』

「コレ?美味しい、マッシュルームいれた」


『ナイスチョイスだ!ハムチーズにはホウレンソウがベストマッチだよね!』

「分かるー、頼んでる最中」


『いいね!気が合いそうだ、所で君、街はどうだい?嫌な思いはしてないかい?』


「今のとこ大丈夫、皆イイ人だよ、素敵な所だと思う」


『そうか、楽しめてるかい?』

「うん、楽しい、美味しい。ストリップバー行きたい」


『はははは!ならオススメはアスモデウスだ!じゃ、ベガスを楽しんでって!』

「うん、ありがとー」


「今の方は?」

「ん?聞き取れなかった?」


「はい、翻訳機の不具合なのか…」

「楽しんでーってさ」


「そんな短文でした?それにストリップバーって単語が……あれ、桜木さん、これって忘れ物でしょうか?」


 テラスの柵の上、おじさんが腕を置いていた場所に、細長い煙草用のパイプが置いてあった。

 先端は赤く胴体は銀色、4枚の羽根とクマを模った石のお守りが付いている。


 使用感無しの新品ぽいけども、触って大丈夫か。

 大丈夫か、従者居るし。


「落とし物かな、あ、魔王お帰り」

「ただいま、次は交代でショナ君だそうですよ」

「僕ですか?」


「長く付き添うなら仕立てるべき、だそうです」

「一理ありそう」


「……はい」

「楽しみだねショナ君や」


「はい…行ってきます」


 以降のシンプルなハムチーズとホウレン草、ベーコンエッグチーズ、シュリンプタルタル、生ハムルッコラ、ツナチェダーチーズは持ち帰りに。


 花火も直ぐに終わったし、初いショナが少し心配になったので戻る事に。




「ナイスタイミングねぇ、ハナちゃん、さ!行きましょうね」

「ひぇぃ」


 ショナの採寸は早々に終わっていたらしく、両肩をガッチリ掴まれズルズルと奥のカーテンへ押し込まれた。


「はいはい、さ、服は全部脱いで。髪は上げて頂戴」

「はいはいよ」


「はい、良いわ。次は大の字ね」

「ういーっす」


 スルスルと滑らかに手早くサイズが図られていく、手首や首周り、アンダーやウエスト等々。

 細かく丁寧に、メモも取らずに図っていく。


「ねぇ、こっちの子達はどう?良い子は居た?」

「良い人ばっかっすね」


「あら、じゃあアッチに居るのかしら?」

「それは居ません」


「なら、コッチで良い子ゲットしないとね☆」

「いやー、考える余裕がねぇです」


「もう、イケずね。魔王はどう?」

「うん、良い顔と良いフェロモンを出してますよね」


「憤怒ちゃんは?」

「無理ー」


「ほら、やっぱり召喚者じゃないの」


「勇者では無いっすよ」

「似た様なもんよ」


「そうなんですかね」


「私なんかどう?」

「素敵ですよ、魔王の次に」


「ショナより?」

「はい」


「ふふ、嘘でも嬉しいわ。でも心配ね、魔にばかり惹かれてるじゃない」


「おう?」


「勇者ってのはね、普通ショナやカールラに惹かれるもんよ」

「へー、神々しすぎて無理ぽ」


「善悪のバランス感覚を大事にね、憤怒みたいになっちゃうから」

「うん?」


「何にも聞いて無いのねぇ、まぁ本人から今度聞けばいいわ」

「ふぇい」


「それと、自信と自覚を持ちなさい」

「ほう?」


「あのね、戻るつもりがないならアッチの評価なんか忘れるの。基準が違うんだから…それでも自分の姿が気に入らないなら言いなさいね、相談に乗るわ」


「ぅん…あざます」


「さ、終わり。行きましょ!」


「うん、ありがとうございました」


 スッとカーテンを開けて出ていく虚栄心は、男とも女とも付かない美しいさ。


 どっちでも良いけど、本当にどっちなんだ?両方?


「で、デザインだけど希望はある?」

「うん、派手じゃないのであれば何でも。あと、コレ拾ったんですけど何処に届けたら?」


「あらー、それは大事に持ってなさい。さ、さっさと泊まる場所を探してらっしゃいな、私は工房に籠るから。じゃね」


 大きく美しい手をヒラヒラさせて、巻き毛の人は颯爽と奥の階段に消えて行った。




 途端に静かになった店の中、魔王の提案でカールラとクーロンにリサルカのお下がりを着せ、店を出た。


 アーケードに映し出されるイルミネーションを辿り、華やかなベガスの中心部へと向かう。


『《あのおっきい噴水のとこ行きたいー》』

「いいね、行こー」

「はなちゃん、もう少し行くと座って見れますよ」


「おー…ショー始まったー」

『《キャー!》』


 丁度全体が観られる、少し離れた位置の長椅子に座った。

 大規模な水芸は圧巻。


 テクノロジーなのか魔法なのかミストで虹を出しながら、音楽に合わせて水が踊る。


『ぴゅぴゅぴゅー』

《しゃーーーー》


「桜木さん、紅茶飲みます?」

「ありがと、お、これ美味しい、ショナも飲む?」


「はい、良い香りですね」

《のむー》

『クーロンもー』


「夜にカフェイン子供はダメ、君達はスープ」

「それ、当て嵌るんでしょうかね」

「はいどうぞ、熱いですよ」


『《ありがと》』


「はなちゃん、寒くないですか?何か要りますか?」

「大丈夫、ありがとう、2人が暖かいから大丈夫」


 クライマックスに歓声と拍手が巻き起こる中、虹はまだゆっくりキラキラと輝いているので、少し人が引くまで眺めていた。




 そしてそのまま噴水の奥にあるホテルへ向かう。


 豪奢なホテルへ向かう程に、緑が多くなる。

 砂漠のど真ん中に有るとは思えない程の緑の量。


「ココは評判が良いらしいですよー、福寿さんが褒めてたそうで、美食が自慢話してました」

「へー」

「省庁での下調べでも候補に上がってましたね」


「ほー」


『“やあ、このホテルに泊まるのかい?”』


「“んー、取り敢えず見学してみようかと”」

『では、中を案内してあげよう』


「お?ありがとうございます」


 入るなり従業員達がその紳士に向かって挨拶していく。

 紳士を良く見るとシルバーグレーの長髪に仕立ての良いダブルのスーツ、褐色の肌には年相応のシワがあり、日本人の彫りを深くした様な顔立ち。

 先程のおじさんに少し似ている。

 違いといえば凛々しい立ち振る舞いと、スーツ位だろうか。


『ベガスは初めてかい?』

「はい。あの、ここの偉い人ですか?」


『ははは、かもね、あははは』

「こんな、大丈夫なんですか?」


『これも仕事の内だから大丈夫』


 内装は昨日泊まったホテルより明るい色調、派手だが纏まりも有り品がある。


 天井高い、シャンデリア、デカい。


「でかい、広い」

《キラキラねー》

『ピカピカだー』


『ふふ、広くて迷っちゃうよねぇ。あそこがランドリーね。さ、エレベーターへどうぞ』


「わー、透け透けでちょっと怖い」

『上を見ると良いよ、ほらお月様だ』


「おー」

《きらきら》

『おいしそう』


『さ、こっちだよ、どうぞ』


 大きな窓から噴水をど真ん中で眺められ、高さもチビ達が眺めて丁度良い階層。


 ベッドは3台、ソファーは魔王の定位置なので早速座っていたが、気に入ったようだ。


『《ここしゅごい》』

「うん、しゅごいな」


『《お風呂からも見れる!》』

「それなー、トイレも別れてて良い。でもお高いんでしょう?」

『ははは、ここはそんなに高くないよ、ファミリータイプだからね』


『《ごはん食べ放題ある?》』

『バフェ?勿論!料理も自慢の一つさ。プールもある、見に行くかい?』


『《いくー!》』


 ガラスのドームに包まれた室内は真夏の暑さ、何本かのウォータースライダー、流れるプール。

 地面には白い砂、上を見れば満天の星空。


『《ここがいいー》』

「ここいいねー」


『“ははは、でしょう?食事やサービス料も全て込みでコチラ”』


 紳士がタブレットの電卓を叩き、会計係のショナに見せた。

 ショナが紳士の顔と電卓を2度見、そして。


「ココにします、桜木さんも安心の価格です」


「お、はい、宜しくお願いします…えーと」

『しがない従業員さ、ではこちらが鍵だよ』


「う…ありがとうございます」

『いえいえ、ゆっくり楽しんでいっておくれ!バイバイ!』


『《バイバーイ!》』

「どーもー……」


 名付けの疲労なのか、物凄い眠気に耐えられず、部屋に戻るなりベッドへ倒れ込んだ。






 真っ暗闇の中、炎を囲み踊る赤褐色の肌を持つ人々、コヨーテの遠吠え。


 笛の様な鳥の鳴き声に再び空を見上げる。

 満月には大鳥が黒く舞い、遠くではバッファローの群れ、真っ白な雄が先頭をひた走る。


 真っ黒なコヨーテも走る。


 走る。




「《カチナ ココペリ 精霊》」


 誰かの声に飛び起きる。


 右腕には同じく飛び起きたカールラ、もう片方には眠ったままのクーロンと、直ぐに起き上がったショナが見えた。


 魔王はタブレットを持ちながら不思議そうにコチラを見ている。

 誰の声だ。


 起き上がろうと動かした右手には、鞄に入れていた筈のパイプが握られている。

 全身の鳥肌が一気に立った。


「大丈夫ですか?はなちゃん真っ青ですよ?」

「桜木さん?どうしました?」


「夢見た。マジでちょっと怖かった、嫌な感じじゃないけども」

《悪いの違うから大丈夫、大きい鷲と飛んだのー》


「あー、アレは鷲なのね。にしてもデカい、こわかった」

《大丈夫なのよ、カールラがまもったげるからね》


「ありがとう」

《えへへ》


 水を1杯飲み干し、ショナに夢の詳細を伝えた後、ベッドに入ったが。




 寝れない。

 怖いもんは怖いし、小腹が空いてるし。


「んー、寝れん、小腹が空いた」

「下に少し食べに行きましょうか桜木さん」


「うん、ビュッフェが24時間営業って助かるわ」

「今の桜木さんにはぴったりの場所かも知れませんね」


 食堂に向かうと案内された席の近くに、虚栄心が1人で飲んでいた。


 窓際で物思いに耽る美人さん。


「あら!2人共、コッチいらっしゃい!」


「こんばんは。僕、適当に取って来ますね」

「こんばんは虚栄心、宜しくショナ」


《ドリンクは如何いたしましょう》

「ノンアルコールの、シャンパンぽいのあります?」


《シードルでしたら》

「じゃ、それ2つ」

「私はシャンパンお代わりお願い」


《はい、直ぐにお持ち致します》


「デートすっぽかされた?」

「違うわよー、友人に誘い出されて食事してるだけ。アンタこそデート?」


「違うよー、何でこんな夜中に?」

「それがね、いきなり押し掛けてきて『やぁ!今からウチでメシにしよう!』って、本人は1杯飲んだらどっかに消えたわ」


「それって、ダブルのスーツ着た白髪の人だったり」

「あら、もう知り合ったの?モテモテねぇ」


「マジか…似た年の人が良いなぁ」

「ならあの坊やで良いじゃないの」


「ショナにも選ぶ権」

「お待たせしました、どうしました?」


「いや、ありがとう。コレはノンアルコールのシードルね」


 ミニカップやスプーンに乗った前菜達が運ばれて来た、サラミに生ハム、数種のチーズ、ピンチョスやカナッペが二皿に綺麗に盛られていた。


「あら素敵なチョイスね、やるじゃない坊や、乾杯しましょう」


「「「乾杯!」」」


「うめー」

「これも美味しいわよ」

「シードルも美味しいですね」


「そうだ、これについて詳しく」


「あぁそれね、精霊や神々へのパスポートみたいなモノよ。落とし物じゃなくて、贈り物」


「マジかよ」


「マジよ、この国で動く時は自分で持って歩きなさい」

「ひゃい」


「歓迎の印よ、大丈夫」

「お、おう」


「あ、デザートどうです?ラズベリームースありましたよ?」


「自分で行く」

「じゃあ僕も一緒に、凄い綺麗なのが有ったんですよ」

「ふふ、私にも選んで来て頂戴ね」


「あいよー」


《シャンパンのお代わりは如何ですか?》

「もう良いわ、デカフェの紅茶を頂戴、3人分」


《畏まりました》




 オヤツと歓談を程々に、解散。

 部屋へ戻るとショナが出掛ける準備を始めた。


 日本はまだ20時前とはいえ、一体何処に。


「どっか行くの?」

「ちょっと国防省庁へ行ってきますね」


「何か用事?」

「新しい従者を迎えに行こうかと」


「えー、じゃあ寝れないし一緒に行く」

「え」

『《いくーー》』




「今晩は津井儺君、桜木様もご一緒で」

「今晩は柏木さん、お土産。と、実はですね」


 かくかくしかじかと、キセルと夢の報告をし始めると途端に顔色が曇った。

 不味かったのだろうか。


「次は旧米国の精霊から接触ですか」


「何か、すみません」

「あ、いえ、お気になさらず。問題は各地の精霊からの干渉の早さと、多さです」


「ほう?」

「実は、近々か」

『失礼致します!緊急連絡です。召喚されました!男性1名。中つ国の四川病院で診察中との事です』


「柏木さん、直ぐ行って良いかな?」

「是非、それと新しく選んだ従者もお連れ下さい、直ぐ連れて参ります。それとショナ君、ちょっと」


「はい」


 暫し立ち話と言うか、ちょっと揉めてる雰囲気。

 そして別室へ行き、可愛らしい人を連れて来た。


「お待たせしました桜木さん」

「お待たせしました桜木様、こちらミーシャさんです。と、中つ国への紹介状です、連絡は行き届いてるとは思いますが、念の為お持ち下さい」


「宜しくお願いします、桜木様、ミーシャです」

「ありがとうございます、宜しくミーシャ。じゃ、行ってきます」


「はい、いってらっしゃいませ」


 魔王が居て本当に助かる。

 省庁から出て直ぐ、柏木さんの指定する座標へ向かった。


 この国の病院も結界が掛かってるので、先ずは敷地外に転移。


 受付で院長に会いたいと紹介状を見せると、直ぐに案内してくれた。


 建物に違いが有るものの、中身は概ね前に居た病院と同じ感じ。

 ハイテクが当たり前らしい。


「やぁっ!李 武光だ」


「桜木花子です、従者のショナとミーシャ。神獣のカールラとクーロン。と、無害な魔王」

「宜しく!」


「宜しくどうぞです」


 とても体格が良く、しなやかな筋肉を持つ彼は、机で寝ていて気が付いたら召喚されたらしい。

 元気で雄雄しい。


『特に異常も無い様ですし、早速ですが、国の会議に出て頂けますか?』

「あぁ、問題無い」


『では、桜木様も宜しくお願い致します』

「はい」


 魔王の空間移動で院長と共に宮殿の入り口まで転移。

 門番が驚いたものの、院長の顔を見るなり直ぐに案内してくれた。


 会議室を見渡した李君の顔が、一気に厳しい顔付きへ変わった。


《武光様、桜木様、お越し頂き誠に》

「世辞はいい、簡潔に」


『この世界を救って頂きたいのです』

「ココに居る、魔王は違うのか?」


「はい、彼は今や人の味方。問題の敵は人だけでなく、災害等も想定されております」


「分かった、協力し合おう。な、ハナ!」

「お、おう」


《有り難う御座います。では先ず仙人様に会いに行って頂ければと》




 空に浮かぶ崑崙山は大まかな座標しか無い為、途中からはカールラとクーロンに運んで貰いながら探す。


 残った院長は、宮殿で話し合いと準備の続きのお手伝い。

 魔王は地上でお留守番、中つ国に来た事が無いそうでウキウキしていた。


 地上からは探索が不可能、上空から召喚者にしか見付ける事が出来ないらしい。

 そして素人が探そうとすると目が潰れてしまうと言い伝えられていて、近隣は飛行機も飛ばないそう。


 崑崙山も昔は地上にあったらしいが、過去の争いで浮遊。

 以降は神獣が迎えに来るスタイルになったそうさが、今回は既に別の神獣が居るので向かう形となった。


 水墨画で見たような荘厳な景色を上空から眺める、険しい山々の谷間に曲がりくねった川。


 綺麗だなと鑑賞していると、まるでぽっかりと空いた様に見える、丸い平地の浮島が見えた。


 着陸し、暫く歩くと鬱蒼と繁る竹林へ変わっていく。


 目視での浮島のサイズを越えて歩き進む、とっくに島の端についても良い筈。


「李さん、お腹減ってない?体調は大丈夫?」

「ハナ、同志なんだから、もう少し気軽に呼んでくれないか?」


「李君」

「もっと」


「武光君」

「もう少し」


「…タケちゃん」

「よし!それが良い。心配無い、少し腹は減ったが体調は問題無い」


「そっか、この世界じゃ睡眠と腹減りを我慢すると命取りだから、いつでも言ってね」

「おう、ありがとう」


 竹林の曲がり角を抜けると、多彩な色合いの華やかで豪華な門が見えてきた。

 中華街のより凄い。


「コレかな」

「これだろうな、では名乗りを上げるか。我は李 武光!お力添えをお願いしたく参上した!」


『良き事のみに力を使うか?』

「勿論」


『裏切りは死以上の苦難が待つ、心得よ』

「しかと胸に」


『では授けよう』


 ゆっくりと、光がタケちゃんの手元に落ちてくる。


「有り難う御座います!」

『まだだ』


 その言葉の終わりにタケちゃんに更に多くの光が注がれると、崩れる様に座り込み、眠ってしまった。


 眠るタケちゃんに近寄ろうとすると、赤い門が少し開き、黄金の麒麟が小さな卵を咥えて出て来た。

 タケちゃんの手に卵をソッと置くと、門の中へ消えていってしまった。


 タケちゃんは80キロ以上あると言うのに、全く起きない。

 クーロンに抱えて貰い門を後にしようとすると、さっきとは別の声が聞こえた。


《そこの、待ちなさい、話があります》

「はい、何でしょう」

『あの子が出てくるのは珍しいんです、ですから』

《うぬにも力を貸す、世界を守ってたもれ》


 三者三様の声の後、粉雪の様に光が降ると、掌にスッと染み込み消えて、一気に体が重くなった。

 頭がグラグラして気持ち悪い。


『それから仙薬です…そちらでは万能薬でしたね。それと桃を、お持ちになりなさい』


「有り難う御座います」


 戻ろうと振り向くと長い道は消え、歩き始めた平地に戻っていた。

 目覚めぬタケちゃんをクーロンが咥えながら飛行し、宮殿に戻った。




『わ、あ、申し訳御座いません、こちらも従者を用意出来ていれば…』

「今回も急だったんですよね?無理も無いですよ」


『はい、神託後に伝令を回すので精一杯で』

「じゃあ、預かっても良いですか?」


『はい?!宜しいのですか?!』

「うん、そちらが良いならですが」


『はい、では従者の準備が出来次第、改めて御連絡させて頂きます。それとコチラをお持ち下さい…どうか宜しく、お願い致します』


「はい、とりあえず目を覚ましたら一旦連れてくるんで、じゃまた。魔王、戻ろう」


 緊急用の点滴セットや金銭等を受け取り、早速魔王に空間移動してもらった。


 キモイ、なんも考えられない。


「どうしました桜木さ…あ、顔色が」

「うん、強烈な空腹感」


「はい、急いで食べに行きましょう」

「いや、無理、眠いし万能薬で」


 ホテルの裏口で車椅子を借り、タケちゃんを乗せ移動させ、部屋のベッドへ寝かせた。


 バイタルチェッカーで危険域だったのはタケちゃんでは無く、自分だった。

 貰った桃と仙薬を少し頂いて、直ぐに眠った。

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