幕間 1月19日

 聞き覚えの無い声に振り向くと、緑色のドリアードと名乗る人型が、桜木さんの頬にキスをした。

 ドリアードの口と桜木さんの頬の間が煌めき、何か言おうとした桜木さんの全身が発光。

 そして脱力した桜木さんは、そのまま膝から崩れ落ちた。


「桜木さん!」

「どうした!」

「はなちゃん!」


 憤怒さんがドリアードから奪う様に、桜木さんを優しく抱き抱えた。


「ショナ君、何か見たか」

「緑色の人型と接触、発光し、倒れてしまって」


 バイタルチェッカーを着けようと肌に触れると少し冷たい。

 呼吸は浅く、ゆっくり。


 宛てがったバイタルチェッカーが次々と警告音と点滅を繰り返す。


「おい緑色、貴様、何をした」

《“違うんじゃ、我は”》

「憤怒、落ち着いて。先ずは、はなちゃんの状況を確認しましょう」


「魔力が」

『《魔力ない、ご主人、なんで》』


 狼狽える2匹に影響されたのか、遠巻きに見ていた竜種達が異変に気付き咆哮を上げ始めた。


《すまぬ、回復に世界樹へ来ては》


「おい、緑色、何をしたか言え」

《違う違う、違うんじゃ。世界樹で治させて欲しい、坊主や、頼む》

「治すって、それは本当ですか」


《聞こえるのか坊主!本当じゃ!頼む、チャンスをくれ、急がねば》

『ぼく何も聞こえない』

《私きこえる!ショナ、いこ!》


《頼む!来てくれ、罰は後で受ける…頼む……》


 預かっていた仙薬を飲まそうにも嚥下できる状態じゃない。

 点滴ですら、遅効性なのだし。

 ましてや病院に運び入れても、魔力の補填が間に合うかどうか。


「分かりました、世界樹に一緒に行きます」

「ショナ君、そこの緑は。桜木君は」


「ドリアードが世界樹で治す、後で罰は受ける、と」

《こう、膜が破れているとは。すまぬ、救わせてたもう》


 ドリアードが指差す先を見ると、さっきまで無かった筈の世界樹と呼ばれる巨大な浮き島が、雲間から現れた。


 桜木さんが鳥類と呼んでいた神獣が本来の巨鳥の姿に変身し、優しく桜木さんと僕を咥え飛び立った。


 島の端に辿り着くと、ドリアードが指す方へ。

 巨鳥が木を薙ぎ倒しながら森を走り抜け。


 泉へ辿り着いた。


《で》

《泉へ入れるのじゃ、じゃがこれは応急措置で》

「何故、攻撃を」


《違うんじゃ、こう成る筈では》

「じゃあ、なんでこんな」


『すまん。だが落ち着いてくれ坊主、祝福で魔力の回復を促したかっただけだ、敵意は無い。祝福には俺らも同意した、悪かった』

《迂闊でした、本当に申し訳ございません。私達も同罪です》


「あなた達は」

『味方だ、回復させるにはもう1つ種を植えるしか方法が無いんだが』

《次は失敗は有りません、必ず回復させます》

《そうじゃ、頼む、頼む》


「失敗したら滅ぼしますよ」

《うん、私もてつだう》


《はい、覚悟しております》


 杖と羽根を持った女性がそう言うと、ドリアードが桜木さんの額に口づける。


 うっすらと紋様の様なものが明滅しながら広がり、内側の光りと混ざり合うと、点滅が収まった。


《ふぅ、もう大丈夫、成功じゃ。すまんかった坊主》


 バイタルチェッカーを再び繋ぎ直し、測定する。


 まだまだ容量は低いものの、体温も脈拍も戻った。

 顔色も戻り、頬には温かみも。


 顔に掛かった髪を退けると、眉をひそめ頬を掻いた。

 かと思うと何事も無かったかの様に正常な寝息に。


 片腕を上げ、少し口を開けて右に顔を傾ける、いつも通りの寝相と寝顔。


《本当に、申し訳ございませんでした》

「謝るなら、起きた桜木さんに謝って下さい」


《はい、勿論です》


《よかったぁ、木、食べるのあんまり好きじゃない》

《お主、本当に》

《まぁまぁ、今回は完全に私達が悪いのですから、甘んじて罰を受けましょう》

『はぁー。にしても膜が破れてるって何で気付かなかったよ、バカミドリ』


《魔力を注いで初めて気付いたんじゃ!ただ薄く、魔力容量が少ないだけじゃと……》


『まぁ今も漏れてるからな、泉の効果も半減だ。悪かったな坊主、膜は破れたままだ』

「あの、その膜を治す方法は」

《我々では無理ですが、医神であれば治せる可能性があるかと》

『伝手はあるのか坊主や》


「今の所は1神だけですが」

『そうか、ソイツが求めれば神も答えるだろう』

《そうですね。貴方、お名前は?》


「あ、ショナです、桜木さんの従者で」

《あの憤怒の下っ端では無いんじゃな?》

《違うの、ショナはご主人のなの》


《あら》

『それでか』

「あ、違いますって!」


《あら、そうなの?》

『なんだ、てっきり』

「そういうのじゃないです!本当」


《ショナはご主人好きじゃないの?》

「いや、そうじゃなくて」


《なになの?》

「それは、後でで良いですかね。桜木さんはいつ起きるんでしょうか」

《直ぐじゃが、コヤツはどんな奴なんじゃろうか?》


《ご主人はねぇ、優しくてこわいの。憤怒みたいで、魔王みたいなの》

「え?凄い優しい方ですよ、我々従者にも優しくて」


《優しいよ、甘いのが深くて濃くて。でもこわいの、だからかくしてる、だから優しいの》

『確実に怒らせてはいかん相手になんて事を、すまん』

《謝り方を考えねばなりませんね》

《じゃの》


《ご主人、ちゃんと謝ればゆるしてくれる。たぶん》

「ですね、頭を下げて、素直に普通に謝るのが1番かと」

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