episode.34 月下美人

空蔵が妖魔の進行を抑えている間、魁斗たちは一旦真季波邸、屋敷へと戻る。屋敷では手当てを施されていた麗央は魁斗を見つけると立ち上がりかけよろうとする。


「お、魁斗!無事だったか!」


立ち上がる麗央を静止させる琥珀と静江。


「まだ傷の手当終わってないんですから、動かないでください」


「大人しくしていなさい!」


屋敷で姿が見えるのは麗央、静江、神夜、琥珀。


「守人さんは?」


「重症だったから麗央を後回しにして、先に手当したから今は別室で安静にしてる」


「紘さんは?」


「紘は“空間転移”で爆発地点に行ってる。あそこは蜜璃と結奈、凪さんが居た所だから…」


凪の名前が出たことで琥珀の表情が曇る。が、それは一瞬のことですぐに明るく振舞いだす。


「魁斗君はけが大丈夫?応急処置程度しかできないけど」


「大丈夫です。少し休んだら…」


「無理しちゃだめよ?貴方、さっきまで歩けないほど体力消耗してたんだから…」


体を支えてくれていた黒絵は魁斗を座らせる。その後、目にも止まらぬ速さでゲームをしながらくつろいでいる神夜の背後に回り襟首を掴み引きずる。


「ぐわあ!?ちょ、ちょっと黒絵さん!!今いいとこ!てか、首しまってる!!」


「ごめんなさいね、お邪魔虫連れて私は戦場に戻るわ♪まだ逃げ遅れた住民がいるかもだからね」


そう言い、部屋から出て廊下へと消える。勿論、神夜を引きずりながら…

途中「女の子にする扱いじゃないよ!!」などと聞こえていたが、黒絵の「女の子扱いしてほしかったら家事スキルを身に着けることね♡」によって一蹴されてしまう。


「相変わらず騒がしい連中だな」ニカッ


「それにしても驚きました。黒絵さん、神夜さん、空蔵さんが、尸楼だったなんて」


「確かに詳しく話してなかったな。ショックだったか?」


「人には一つや二つくらい秘密はあります。でもそれも一つの魅力なんだと思います」


「受け売りですけど」最後にそう言うと麗央は笑いながら「それ言ったの黒絵だろ!」と確信を突く。魁斗も連れて笑う。

つかの間の休息を得る。



魁斗たちの通っている高校。今は使われていない物置と化した西棟。そこでも戦闘は行われていた。


「“雪蔵(かまくら)”」


片桐雪喜は西棟へと侵入してくる妖魔たちを抑え込んでいた。


「ッ…」ハァハァ


「雪喜大丈夫?」


「だい、丈夫」


片桐雪喜

異能力「“雹雪”」

冷気を操ることができ、空気中の水分を使い瞬時に雪、氷を生み出すことができる。


自身の異能力により、体温を奪われる雪喜。雪喜自身もこの能力のことをちゃんと理解していなかったし、使ってもいなかった。

異能力とは使うたびに成長し、その効果も分かってくる。がそれをしてこなかった雪喜は後悔していた。


(くそ、こんなことになるなら母さんにちゃんと能力のこと聞いとくんだった)


片桐雪喜の母親は雪女であり、雪喜は雪女と人間の子供である。本来、寒さに強い耐性のある雪女。だが雪喜は半妖の人間。体全てが混じりっ気の無い雪女の物であるならばこうはならなかった。半妖の雪喜にとって能力の過度な使用はNGな行為であった。


雪喜の作った雪蔵は妖魔たちの勢いに耐えられづ崩壊した。


「くそ!」


雪喜は幽霊を抱きかかえ、西棟の窓から外へと飛び出す。外には妖魔が至る所におり、雪喜が外に出たことで一斉に注意が向く。


「“吹雪(ブリザード)”」


自身を中心に猛吹雪を発生させ、周りにいた妖魔たちは一瞬のうちに体温を奪われ、氷漬けとなる。


「ッ…ハァハァハァ…」


幽霊を降ろし、唾液を呑み込み、息を整える。


(大丈夫、まだ)


その直後、自身が陰に隠れる。それは何者か、自身よりも大きな巨体を持つものが、背後に立ったことを意味していた。


「しまっ」


ガンッ!!


鈍い音があたりにこだます。宙を舞い、地に落ちる肉体。叫ぶ幽霊。


「雪喜!!!」


「ははは、やっぱ人間は良く跳ねる」


「…」ガハッ


倒れ頭から血を流しながらもその影の正体へと向き直る。

首筋に1の数字を刻み、赤い鬼の姿、右手には巨大な棍棒を持っていた。雪喜が前に見た妖魔と同じ数字だが、別の個体のようだ。


数字持ちNo.1『炊気(カシキ)』

兜がいなくなったことで後釜としてNo.1の数字を受け継いだ。兜と違いその強靭な肉体を持ち、他者を見下した態度が他の妖魔たちとの間に大きな軋轢を生んでいる。


「あん?まだ生きてるのか。しぶとい人間だな。だが、俺の目的はあくまでこの幽霊だ」


幽霊に近づこうとする妖魔に雪喜は叫ぶ。


「そいつに触れんじゃねえ!!」


「あ?誰に向かって言ってんだ?」


“粉棍”


ただ棍棒を雪喜に向かって振りかぶり、振り下ろす。技とは言えないほどの猛ラッシュ。雪喜は雪でガードしようとするが、それも虚しく、叩きのめされる。


「雪喜!!」


「…」カハッ


「もうやめて!私が目的なんでしょ!私はどうなってもいいから雪喜は見逃して!!」


その言葉を聞き、妖魔は動きを止める。


「随分な愛情だこって、まあ、もう死んでるかもしれねえがこれ以上はやらないでおいてやるよ」


「おい、冗談、じゃ、ねえぞ…」


「雪喜…私ね、本当は幽霊じゃないの」


その言葉に雪喜は耳を疑う。だが、自身の耳の良さだけは自身が一番よく分かっていた。


「私、学校でいじめられてて人生がもう嫌ってなったときにこの能力に目覚めたの」


「異能力“存在否定”。自身の存在を否定し、自身が居ないものと周りに認識させる異能。知覚不可、匂い、音、空気抵抗、全てを無くせる異能。俺たちはその能力が欲しいんだ」


「私が人に存在を認知されなくなったとき、あなたに出会った」


あの時、あの場所で、人生が嫌になった私が異能力で孤独を体感していた時、貴方が私を見つけてくれた。何気ない会話が心地よくって、貴方の笑った笑顔に胸が苦しくなって。


「私の名前、瑞奈雪(みずなゆき)って言うの!また会えたら今度は名前で呼んでほしいな」


(違う、本心じゃない!私は生きたいよ。あれだけ人生に絶望したのに、今目の前にある死が怖い。違う。死が怖いんじゃない。彼と雪喜と二度と会えないことが怖いんだ)


「感動の別れは済んだかい?じゃ、いただきます」


妖魔は、左手で雪を掴み口へと運ぶ。


「…」ボソッ


彼には、雪喜には聞こえた。耳の良かった彼には聞き取れた。「死にたくない」彼女はまだ生きたいと思っている。なら俺がすることはただ一つ。この身が限界を迎えようとも、彼女を守る!


雪喜は右手を妖魔に向け、その右手に力を集中させる。


“冷気領域(フリージングフィールド)”


冷気を極限まで圧縮し、解き放つ。それは妖魔の足元を氷で覆い、足から妖魔を凍り付かせる。


“絶対零度(アブソリュート・ゼロ)”


万物が凍る極限の冷気。妖魔の手は凍てはおらず、雪は脱出に成功する。雪喜は力を使い果たしたこと、体温を奪われ過ぎたこと、最初のラッシュで重傷の傷を受けたことで地面にうつ伏せに倒れる。


「雪喜!!」


雪は倒れた雪喜に駆け寄る。雪喜はまだ辛うじて意識があり、雪に抱かれる。


「雪、大好きだ」


「もう、バカ。こんなに冷たく…私を助けるために、ありがとう」


雪喜の頬に流れるのは雪の涙。抱き合う彼女たちを他所に氷は音を立てて崩れ去る。


「はあ~あ、冷てえじゃねえか。仲良くピンチを切り抜けたと思ったか?残念だったな。俺は“数字持ち”の妖魔だぜ?」


妖魔の中で上位の存在。異能を使いこなせていない素人の雪喜が勝てる相手では無かった。


「これで終わりにしてやるよ!二人ともあの世で末永くなぁ!!!」


“炎狐”


「熱い!!この炎は!?」


「悪いが妾は人の恋路の邪魔をする下種に容赦はしないのじゃ」


月夜に降り立つ九本の尾を持つ魅惑の美女。九尾参戦!!

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