episode.25 夜の空

暗く、皆が寝静まった静かな夜。魁斗は1人、中庭で物思いにふけっていた。


(手に付いた血の感触…思い出した)


魁斗は帯人をここへと運んだ時にそれを思い出した。

それは幼い時の記憶。魁斗が思い出さないように己の内側に閉じ込めていた記憶。


(父さん母さん、2人の亡骸と人型の妖魔…)


あいつは何の為に魁斗の両親を殺したのか?そして何故魁斗は生かされたのか?

そんな事を考えていると己の内に封じられている影の住人(オルターエゴ)が話しかけてくる。


〔お前そんなの考えたって無駄だろうが〕


(…確かにな。でも…)


〔今のお前がするべき事は何だよ〕


(俺のするべき事?)


〔強くなるだ。安心しろお前は強くなる。なんたって俺様がついてるんだからな〕


(ありがとう)


多分、オルタなりの励ましの言葉だったんだと思う。なら俺がいつまでも落ち込んでる訳にはいかない。するべき事、今しなくちゃならない事をする。


「あれ?起きてんじゃん。まぁいっか」


音もなく、それは現れた。月夜に照らされ真季波邸の塀の上に立つそれを目視した魁斗は全身の毛が泡立つような寒気に襲われる。それと同時に己の内から湧き上がる憤怒、憎悪、殺意に無意識に身体が動く。その人型の妖魔は…


「お前は!!!」


「俺の名前は千脚(せんきゃく)。起きてるから君に聞くんだけどー」


有無を言わさず魁斗は刀を抜き塀まで駆け上がり斬りつける。


「おっと、危ないじゃないか」


「黙れ、お前と話すことなんて何も無い」


「あれ?君やっぱりどこかで会った事あるっけ?」


「忘れたとは言わせない!10年前、お前が俺の両親を殺した妖魔!!千脚!!!」


〔やめろ!怒りで我を忘れるな!魁斗!〕


内の声であるオルタの声も魁斗には届かず、無我夢中で刀を振り翳す。


「あ〜君があの時の子供か!大きくなったね〜」


その言葉が魁斗の神経を逆撫でた。


「死ね」


一心流・居合


“怨恨(えんこん)”


「ん」


その居合を千脚は片足で受け止める。


「…っ!?」


驚くのは無理もない。怨恨。魁斗が放った技の中では最も相手を殺す事に執着した技だからだ。無論威力は波の妖魔程度なら瞬殺である。それも居合で剣速を底上げしているにも関わらずだ。


〔嘘だろ!?数字持ちでもない妖魔に!しかも片足…!〕


「“円脚”」


見えなかった。彼の目には映らなかった。その技を受け、魁斗は真季波邸の障子、扉や壁、ガラスを突き破りながら吹き飛んだ。


「ありゃ、ちょっとやり過ぎたかな?」


「なんの音だ!?」


「魁斗!?」


「まあ、これだけ派手にやったら人も来るか…」


騒ぎを聞きつけ麗央、紘、凪、唯、静恵、結奈が中庭へと集まる。


「おかしい、結界が消えてる…」


凪は屋敷全体を結界で囲っていた。それは妖魔がこの家に侵入しないようにするもの。無許可で立ち寄れば祓われてしまう。特別製の札を用いてい成り立っている。


札のあった位置に目を向けるとその札は焼き切れて使えなくなっていた。


「妖魔!?」


「お前は確か〜ん〜麗央だったっけか?そっちにいるヒョロガリは紘だっけ?そんで、真季波凪ね…警戒戦力に居たな〜分が悪いね」


そう言い、逃げる構えを取るが麗央はその動作に追いつく。


「逃さねぇよ」


「無事に帰れるなんて思わない事だよ」


千脚の前に麗央、後ろに紘が転移し、2人で取り囲む。千脚に逃げ場はない。


「いや、逃げさせてもらうよ」


この状況でも千脚は態度を変える事はない。それは余裕?いや、何かを待っているのかも…


「そうそう、千脚は逃がさせてもらうよ」


麗央の目に映ったのは紘の背後に周り腕で首を絞める守人の姿。


「守人!?」


「守人お前…」グッ


「遅いじゃ〜ん。裏切ったのかと思ったよ」


「俺まだ疑われてたの?何気にショックなんだけど」


「どう言うつもり!守人!」


「守人さん…?」


静恵、結奈の問いに守人は淡々と答える。


「いやーね、俺は特課抜ける事にするわ。今までありがとな?」


紘は今の状況を不味いと感じ転移をしようとする。だが…


「転移しようとしても無駄だよ?ここは異能やその他の能力を封じる結界を展開しているからね」ボソッ


(それって…)


紘はその能力について知っていた。それはNo.3の妖魔音波の限定解放・無了音域(むりょうおんいき)。


(あのババア生きてやがった!)


「それとお前には伝えておかなきゃならない事がある…」ボソッ


その言葉を聞き紘は目を見開く。その直後…


バンッ…


辺りに銃声が響く。周りにいるものたちは驚愕した。


麗央の目に映るのは頭から血を流しながら地面へと落ちる紘の姿だった。

守人の腕は拳銃へと変わっていたが紘を撃つと元の人間の手へと戻った。


「紘…?」


「きゃぁぁぁぁ!!!」


静恵は落下した紘の元へ走り抱き起こす。


「守人ッ!!!」


麗央は守人へと向かうが忘れてはいけない。守人の前には千脚がいると言う事を…


「“扇脚”」


千脚は麗央の腹を蹴り放つ。麗央が守人の元へと向かう力、それも千脚は蹴りつける力へと変える。扇脚は跳ね返す事に特化した技である。


麗央はその一撃を受け周辺の家々を巻き込みながら吹き飛んだ。


「守人、あいつ異能使えなかった…てか使わなかったよな?」


「ああ」


それを聞き千脚は自身がレオを蹴り放った足を見せる。


「!?」


千脚の足は砕け散り膝から下の部位は跡形も無くなっていた。


「貞島麗央ね…大した奴だよ」


「待てよ…」


真季波邸の瓦礫から魁斗は声を上げる。瓦礫に下半身を取られ身動きも取れない状態でも。


「お前は…殺す…絶対に」


「聞きたいことがあったけどまぁ知らないようだし…また近いうちに、ね?」


「守人!もう一度聞かせて、どうして?」


静恵は守人へと声を投げかける。だが、守人の答えは変わらない。


「じゃあね、静恵」


そう言い彼らは去る。瓦礫に囚われる少年は夜の空に吠える。

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