episode.7 “数字持ち”


チュンチュン…チュチュン…


朝の電線に屯している雀たちの囀りにより目を覚ます。


「昨日は…家に帰って雫が出迎えてくれて…そのまま…」


脳が覚醒する。


(そうだ!俺雫に凭れて寝ちゃったんだ…)


自身のいるこの部屋は魁斗の部屋である。という事は雫が魁斗をこの部屋まで運んだという事になる。


(後でお礼言わないとな…てか良い匂いがする…)


部屋の扉を開けキッチンを見るとそこには料理を作り机へと並べる雫の姿があった。


(ん?幻覚?あのダークマターしか生み出さなかった雫が料理?)


「あ、おはよう」


「お、おはよう…なんで料理?」


もっと他にあるだろ、言葉!っと自分でツッコミたくなるくらいだが驚きに驚き、ボキャブラリーが不足した魁斗に出せた言葉はそれだけなのだ。


「時々結奈さんが様子を見に来てくれるんだけど、その時に教わってた。少しでも助けになりたくて」


「あ、なるほど」


結奈さんが様子を見に来てくれてた事は知っていた。でも料理を教わっているなんて知らなかったな。雫なりに俺の事を手伝おうとしてくれていた事に少し嬉しくなる。


「いただきます」


「ど、どうぞ」


椅子に座り両手を合わせ、並べられた料理を口に入れる。少し形は歪だがしっかりと巻けているだし巻き卵。人の手料理なんてものはここ数年食べていなかった。


「美味しい…」


「良かった」ニコッ


笑った?今、笑った。

怯え、震え、戸惑い、悲しみ。出会った頃とはかけ離れた満遍の笑みだった。

彼女に何があったのか分からない。でも今は彼女の笑顔を絶やさぬよう守ろう、そう思った。




昼休み。影があるが風がよく通る校舎裏。そこでお昼ご飯を食べようとする。


「先輩〜!1人悲しくぼっち飯っスか〜?」


ああ。五月蝿い後輩が来てしまった…


「あれ?それって手作り弁当じゃないっスか!も、もももしかして彼女?」


「それよりも何か用があって来たんじゃないのか、唯?」


こいつは真季波唯(まきなみゆい)。俺の一つ下のウザい後輩だ。よく前髪をピンで止めており、チャラチャラとしたいかにも軽薄そうな見た目の男である。だが、その異能による情報収集能力には頼れるものがある。


「そうっスよ!先輩に依頼っス俺から」


「お前から?」


こいつの能力は他者と自身の『境界』に干渉できる能力。故に俺が特課である事は知られている。それを秘密にするという条件で唯から時々依頼という形で話が来る。


今回俺が驚いたのは唯自身からの依頼だという事。こいつ自身の依頼を持ってきた事は一度も無かった。いつも他者のために奔走するこいつからの依頼。少し興味がある。


「話は聴いてやる」


「さっすが先輩っスね!そうこなくっちゃ!」


そう言い、彼は話し出す。


俺のクラスに基本無口の片桐雪喜(かたぎりせっき)て言う奴がいるんス。そいつは『聴覚過敏』?つう耳がめっちゃ良い奴でいつもヘッドホン付けて外界からの音を遮断してるんスけど、昨日そいつが使われてない西棟に居て誰も居ない場所に話しかけてたんスよ!


「怖くないっスか!?」


「怖い話なら他所でやってくれ俺は戻る」


少し期待した俺が馬鹿だったのかもしれない。


「あー!!待ってって先輩!話はまだ終わってないっス!」


教室に戻ろうと立ち上がった俺の腕を掴み引っ張り離そうとしない。長いため息を吐き続けるよう催促する。それを理解してパァと効果音が出るかのように表情が明るくなる。


(犬…)


「ここからが本題っス。誰もいない場所に話しかけてたって事はそこには見えない何かが居たって事になりますよね?」


「ん?待てよ、まさか」


分かったみたいっスね。そう言い唯はニコッと不適な笑みを見せる。


「俺は妖怪、怪異、幽霊、妖魔、普通の人には見えない様な者たちの事が見えるっス。だけど、そこには何も見えなかった。先輩にはそれを調べて貰いたいんス」


「それがお前の今回の依頼って訳だ…」


「そうっス!引き受けてくれるっスか!?」


少し考えていると昼休み終了のチャイムが校内に鳴り響く。


「最後に聞いとく、お前はなんでそいつの事が気にするんだ?」


「クラスメイトが怪しい者に惑わされてるんだったら助けてあげたいじゃないっスか」




放課後、俺は早速使われていない物置と化した西棟へと向かった。長い間使われておらず、掃除も行き届いていない為埃っぽい。窓から差し込む西日が空中に舞う埃を映し出し早くここから出たいという欲が出てくる。


西棟の使われていない物置と化した教室の中に入り、彼が来るのを待つ。数分後、足音共に彼が西棟へとやってくる。


何かを気にしているのか辺りをキョロキョロと見回した後口を開く。


「おい、出てこいよ」


彼が言葉を口にすると同時にそいつは姿を現す。白い服、黒く長い髪、見た目が強く主張している。幽霊であると。


「あ、あの、もう学校はいいの?」


「ああ、どうせ意味なんてない。うるせぇだけだ」


「そ、そう?楽しそうだけど」


「お前とはな、何も聞こえないのが良い。チョークを擦る音、ノートに書き写す音、足音、心音、息遣い、それら全てが不快でしかない」


「あ、そっか。私幽霊だから音がしないのか」


「フハッ、今頃気づくのかよ」


笑う。彼の笑い声と幽霊の彼女の「笑わないでよ」と言う声だけが西棟に響く。


(あいつへは何も無かったって答えとこう)


彼と彼女の“幸せ”のひと時を邪魔する訳にはいかない。多分、あの2人は似た者同時なのだろう。だから惹かれ合う。


俺は早々に去ろうと立ち上がった。が妙な気配に気づき気配を消し再び扉に張り付く。


「お前さん、珍しい能力を持ってるな?」


「お前…誰だよ」


甲冑を身に纏い日本刀を手に持つ彼は人間の音をしていない事を雪喜は理解していた。それ故の一言。


(さっきの言葉通りなら狙いは恐らく幽霊(こいつ)。なら時間を稼いで逃げさせないと)


「名は兜(カブト)。No.(ナンバー)の数字を身に宿す“数字持ち”だ。俺がもっと高みへと行く為だ。そいつの能力を貰うぞ?」


そう言い斬りかかる。扉を蹴破りその刀を魁斗は自身の刀で受け止める。


ガキンッ…


「んっ!?」耳を抑える


「きゃ!」


「くっ…」


「ほう…お前さん良い太刀筋だ」


「さっきの話本当なんだろうな?」


「あ?」


「お前が“数字持ち”って事だ」


刀を払い除け後ろへと後退する。


「あぁ、本当だよ」


甲冑の隙間、首筋に数字の1が刻まれていた。どうやら本当の事のようだ。


「お前には聞かなきゃならない事が多いな…」


「なら聞いてみろよ、答えるかは別だがな」


交わる刃、無知を払拭する為。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る