上陸
ジョアンヌ王女の命により【はじまりの島】上陸隊の要員が編成された。
メンバーは次のとおり。
ジョアンヌ、キース、ピート、セフィール、ルフィール、それと兵士二名の合計七名だ。
未知の島なので、用心のためにキース、ピートおよび兵士は銃器を携行した。
キースとピートは拳銃、兵士は自動小銃だ。
ルフィールも銃を持ちたがったが、危なっかしいので却下した。
トライトンの左舷にゴムボートが降ろされる。
そこへ甲板から
先ずは大きなバックパックを背負った兵士が難なく降り、降りてくる者をサポートした。
「おわっ! 揺れる! 揺れるよ! あ〜あ〜!」
半ば降りたところで、セフィールが縄にしがみついた。
「おい! セフィール、大丈夫だから、さっさと降りてこいよ。もたもたしてると海に落ちてワニザメに食われるぞ!」
キースが頭上で揺れるセフィールを見上げ、注意した。
「えっ! ワニザメがいるの? どこどこ?」
セフィールはキョロキョロと落ち着きなく海面を見たかと思うと、蜘蛛のように素早く降りてきた。
下で待ち構えていた兵士がセフィールのズボンに手を掛ける。
すると、そのズボンがするりと落ち、セフィールの小さなお尻が晒された。
「あっ、脱げちゃった!」とセフィールが振り返る。
キースが落ちてきたズボンを受け止めてつぶやく。
「これじゃベルトがまだ緩いみたいだな」
胸のポケットから携帯ナイフを取り出し、ベルトに切り込みを入れて新しい穴を作った。
兵士はバツが悪そうに謝っているが、セフィールは気にする風もなく、ボートの中央にしゃがみ込んだ。
「ワニザメがいるなら、降りる前に言ってよね!」とズボンを渡すキースに怒るセフィール。
先に乗船して
「ふふふ、ワニザメは淡水性の生物なので、海にはいませんよ。セフィール」
「えっ、そうなの? キース、あなた、私に嘘を言ったわね!」
セフィールがキースに襲いかかり、ボートが揺れる。
「セフィール、ワニザメはいないけどよ、未知の海域だしなにがいるかわからないぜ。もっと恐いのがいるかもよ」
キースの言葉にセフィールの動きがピタリと止まり、またボートの中央にペタンと座り込んだ。
「では、次のボートが降りるので、離れます。揺れますから、姿勢を低くしてください」
船外機を操作しながら兵士が指示を出す。
セフィールたち四人をのせたボートは高速艇から少し離れ、次のゴムボートが降ろされた。
兵士とピートは難なく降り、ルフィールがたどたどしく縄梯子を降りてくる。
「ルフィール様、ズボンを落とさないように気をつけてくださいね!」
ピートがルフィールを見上げ、声を掛ける。
「お姉様みたいなハレンチな真似をするもんですか! あんな生き恥を晒すくらいならワニザメに食われたほうがマシですわ!」
威勢はいいが、不慣れな物腰のルフィールはかなりの時間を要してボートに降り立った。
すぐにピートに向き直り、彼の顔を指さす。
「ピート! 私のズボンの心配より、私の怪我の心配を先にしなさいよね!」
「はいはい、ルフィール様」
ピートはニコニコして、怒る彼女を相手にもしない。
とにかく全員ボートに乗り込んだところで、一行は島を目指した。
段々と高速艇が小さくなるに連れ、島の姿が大きくなる。
波は穏やかで、海水は透明度が高く、沢山の色鮮やかな魚が泳いでいるのが見える。
「ほら、セフィール、見てみろよ。ニジイロタカアシガニがいるぞ」
キースが海の底を指さす。
「もうニジイロタカアシガニは当分見たくないよ……」
「あらあら、セフィール。あなた、どうしたの? あんなにカニが好きそうだったのに」
ジョアンヌが心配そうに、セフィールをのぞき込む。
「もうカニの話はしないで……。吐きそう……」
セフィールの顔が徐々に青くなってきた。
「ああ〜、悪かった! 悪かった! カニの話はもうよそう。もうよそうな」と平謝りするキース。
黙り込んでしまったセフィールをのせたボートは、しばらくすると波打ち際の岩にぶつかった。
セフィールが見ると、乳白色の平らな小さな岩が重なるようにずっと先まで続いている。
「みなさん、とうとう着きましたよ! はじまりの島に!」
意気揚々とジョアンヌが立ち上がった。
先行したセフィールたち四人が岩肌を登る。少し遅れて、ルフィールたちも登ってきた。
兵士はゴムボートが流されないように、岩の上に引き揚げ、アンカーと縄で固定した。
岩の海岸は、左右見渡す限りずっと続いている。
前を見ても、島へ行くにはこの岩の上を進んでいくしかない。
その先はジャングルで、椰子のような広い葉をした木が密生している。
「ここに王女殿下の兄君が本当にいるのですか?」
キースがひょこひょこと歩くジョアンヌに並び、訊く。
「ええ、私はそう信じてます」
王女は一刻も早く先に進みたいのか、キースのほうを見向きもしない。
「なるほど、キース。そういう理由だったのですね……」
後ろでピートが大きくうなずいている。
王宮でルフィールに叩かれて昏倒していた彼は、ようやくこの島に来る理由を知ったのだ。
「それにしても歩き辛いですわ。おっと! ズボンがずり落ちそう。危ない、危ない……」
ルフィールが岩と岩を
「ルフィールのズボンなんか脱げても、誰も気にしないよ」
横で同じように岩歩きに苦戦するセフィールが、妹を見て笑う。
「恥知らずのお姉様は誰も気にしなくても、私はセクシーなレディーですから、殿方は放っておきませんことよ」
「この島、ちょっと暑いし、ズボンなんか脱いじゃったほうが歩きやすいかもよ!」
セフィールが妹のズボンに手を伸ばす。
その魔の手から大慌てで、ルフィールが逃げる。
それを繰り返している間に、二人でキャーキャーと鬼ごっこが始まっていた。
「おいおい、この先どれだけあるかわからないんだ。二人とも疲れちゃうからやめとけよ!」
既に密林の前まで辿り着いたキースが大声で二人をたしなめる。
鬼ごっこのおかげで、早く岩の海岸を抜け出した二人は肩で息をしている。
二人の兵士は双眼鏡で、密林の向こうにそびえる山を見ている。
山の頂上付近はきれいな三角形で、
「この密林の向こうは開けてるのかな?」
キースが林の中をのぞく。
ジョアンヌも興味深そうに薄暗い林の奥をのぞいている。
いつの間にか横に来ていたセフィールが不安そうにキースの袖を引く。
「本当にこの中に入っていくの? 恐い動物とかいるんじゃない?」
「そりゃあ、なんかいるだろうな。けど、右も左もずっと密林だし、ここから入るしかないだろ」
「セフィール、大丈夫ですよ。兵士もいますし、銃もありますから」
ジョアンヌがセフィールに微笑みかける。
兄を探す王女はまったく気にしていないようだ。
「ピートは射的が得意なのよね。猛獣が出てきても安心ですわ」
ルフィールが得意げな顔で、ピートを見上げる。
「そうですけど、この拳銃で倒せないような獣だったらどうしましょう……?」
ピートが拳銃を出して、それに視線を落とす。
「ねえ、ピート。それ、私に貸してくださらない? ちょっと撃ってみたいわ」
ピートが油断している隙に、ルフィールが彼の手から拳銃を奪い取った。
そして、彼女は手慣れた手つきで安全装置をはずした。
慌ててそれを取り返そうとするピートから、素早く離れると、腕を伸ばして銃を真上に向け発砲した。
海辺に、耳をつんざく乾いた音が鳴り響く。
大きな音に呆然と立ち尽くしているルフィールから、ピートは拳銃をもぎ取った。
「こら、ルフィール! やっていいことと悪いことがあります。あなた、わかりますか?」
珍しくピートが怒っている。
ルフィールは彼の前で小さくなり、無言で頭を下げる。
ピートがもう一言、彼女になにかを言おうとした時、異変が起きた。
先ず、巨人がうなり声でも上げるような轟音が鳴り響いた。
ビリビリと鼓膜を震わす、その異様な振動に皆が表情を強ばらせた。
その直後、島が揺れ始めた。
密林の木の葉がバサバサと音を立て、極彩色の鳥たちがあちこちから飛び立っていく。
突然の出来事に浮き足だった一行は、四方に散らばり、それぞれが周囲を見回した。
「なんですか! なんですか、これは!」
のんきそうにしていたジョアンヌも血相を変えて、鳥が飛んでいく空を仰いでいる。
「おいおい……、地震か? 火山の爆発か?」
キースの声に二人の兵士が青ざめた顔で山を見上げた。
「山は特に変わりはないようです!」
兵士の一人が王女に報告する。
しばらく続いた振動は、徐々に小さくなっていく。
「なんだったんだろう……、今のは……?」
声を震わせつぶやくセフィールとルフィールが顔を見合わせる。
「おそらく地震でしょうね。こんな所でも起きるものなのですね」
そう言い、ピートは胸の前で十字を切った。
「おお……、恐い! これが地震ですか……。サザンテラルではこんな大きな揺れは経験したことがありません。東のイーステラル国では地震は多いと聞きますけど」
ジョアンヌも肝を冷やしたようで、陽気だった表情が消え失せている。
「いずれにしても先に進みましょう。人が歩けないってわけでもなさそうですし、いずれ日も傾きます」
「そうですね。先に進みましょう」
キースにうなずく王女。
二人が先を歩いていく。それに他のみんなが続いた。
薄暗い林の中は気温がちょうどよく、汗もかかずに快適だった。
「なーんだ。猛獣なんか出てこないし、暑くないし、楽勝じゃん!」
セフィールが折った枝を、胸の前で振り回す。
頭上には見たことがない、赤や黄色の大きな果実がたわわに実っている。
ピートがそれを物珍しそうに見上げる
「食べ物と水分も、いざという時はなんとかなりそうですね」
「兵士さんたちはなにを背負っているのですか?」
ルフィールが最後尾を歩く兵士二人に声を掛けた。
「ああ、お嬢ちゃん。これはテントや食糧だよ」
「重たそうですわ。ご苦労様。ところでお二人のお名前は?」
「俺はウォーターズだ。よろしくな!」と熊のような大柄な体格の兵士が答える。
「私はバンクスです。どうぞよろしく」と馬のように背の高い兵士が答える。
「私はトライ・ラテラル国のルフィールです。よろしく」
ルフィールが上品にお辞儀をすると、兵士二人は目を丸めた。
「難民って聞いてたけど、うちの王女殿下よりよっぽど上品かもな」
二人は顔を見合わせ、笑い始めた。
その声は前を行くジョアンヌにも聞こえていた。
肩を震わす王女に、並んで歩くキースがニヤニヤしながら話し掛けてくる。
「後ろの連中がなにか言ってますね。王女殿下」
「キースさん。いいのですよ……。私は国民に愛される王室を目指していますから……」
そうは口で言うが、声も震え気味の王女だった。
そのあと、半刻ほど歩いたころ、藪の向こうで葉擦れの音がした。
「しっ!」
人差し指を唇にあてがい姿勢を低くするキースに、みんなが
「獣かな……?」
不安そうな瞳で、セフィールがキースを見つめる。
「そうだろうな。だが、一匹だけのようだ」
キースは腰に下げた拳銃に手を掛けている。
藪の向こうでガサガサ動いていたなにかが遠ざかる気配がして、また静かになった。
「ふう〜。行ったようですね、キース」
信心深いピートはまた十字を切って、神に感謝をしている。
一行は先ほどよりゆっくりと周囲を警戒しながら、再び歩き始めた。
また半刻ほど歩いた時、セフィールがそわそわし始めた。
「おい、セフィール。どうした?」
「キース、トイレ!」
「まったく、仕方ねえな。うーん……」
見回すが、辺りは藪だらけで、身を隠すなら困らない。
「見張っててやるから、そこの藪の向こうですませよ」
それにうなずき、セフィールは小走りで藪の向こうに消えた。
「よいしょ」
セフィールが腰を下ろす。
そして、視線を上げた先に、妙な物を見た。
それは四つ足で、体は豹に近いが、根本的にどこかが違う。
そいつは身をかがめ、四角い一つ目でセフィールをじっと見ている。
今にも飛びかかってきそうだ。
セフィールは驚きのあまり、声も出せなかった。
恐怖で漏らしそうだったが、まさにその最中だったのでまったく問題なかった。
得体の知れない獣が身を低くしたまま、一歩一歩近づいてくる。
そのたびにかすかだが、聞き慣れない異音がした。
獣の四角い一つ目を凝視していたセフィールの呪縛がとけ、大声で叫ぶ。
「キ────ス! 助けて────ッ!」
セフィールの叫びに、キースが振り向きざまに藪に飛び込む。
彼が見たのは、セフィールを
拳銃を抜き、威嚇で発砲した。それを獣は物ともせず、すぐに林の奥に消えた。
キースは慌ててそれを追ったが、どこにも姿が見えない。
「ちっ! どこに行きやがった!」
ブーツで土を蹴り上げる。
「セフィ────ル!」
薄暗い林にキースの悲壮な叫び声が響いた。
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