三題噺「グングニル」「シャンパンタワー」「裸のトリ」(約2,600文字)

 ガンダムが死んでいた。

 異変に気づいたのは仕事から帰宅してすぐ、玄関のロックをかけた瞬間のこと。備え付けのシューズボックス、その上にずっと飾ってあったプラモデルが、見るも無残な姿に変わり果てていた。本当に無残だ。もがれた手足と胴体と頭を、ひとまとめに串刺しにするみたいに、何か槍みたいなもので貫かれている。

 ——いいけど。別に、私のガンダムじゃないから。

 犯人はわかっていた。。私と同性で同郷、しかも同い年のこの同居人は、何かあるたびにこうして物に当たる。と言ってもそこは二十代半ばのいい大人のやること、私の持ち物には決して手を出さないし、また一時の感情に任せてめちゃくちゃやるようなこともないけど、その代わりにひどく手の込んだやり方で惨たらしく殺す。

 見せしめ。あるいは、無言の抗議。

 何に対してかは、一応、心当たりがあった。

「だからごめんって。機嫌直してよお。これでも反省してるんだから」

 リビングの隅のソファの上。昨夜とまったく同じ場所に、これまた同じふくれっ面をしたままの瑠奈。ルームシェアをするようになって一年、これまでにも度々あったことで、発端はいつも私のデリカシー不足だ。

 瑠奈に曰く、「ゆきちゃんは言葉の選択センスが終わってると思う」とのこと。そう言われたってそういう性分なんだからしょうがないじゃーんと、いつもならそう思うし言い訳するのだけれど、でも昨日の一件ばかりは本当に私が悪い。

 瑠奈はこう見えて賢く物知りで、少なくとも私よりは常識があるけど、それでも人間誰だって覚え違いというものはある。

 例えばフランスの謎の大富豪、シャンパン氏の所有する超高層の摩天楼。そんなものはこの世のどこにも存在しない、そういうんじゃないのよ〝シャンパンタワー〟って——と、ただひとことそう言えば済んだはずのところを、

「いないよ。そこには人間なんて誰もいないよ」

 とか言っちゃうからこういうことになるのだ。馬鹿だと思う。我ながら、本当に、今にして思えば。そのときはあくまで真剣だったというか、できるだけオブラートに包んで伝えなきゃダメだと、心の底からそう思っていた。笑っちゃったから。それも、結構な声量で。ギャハハって。

 へそを曲げて当然だと思う。私でも曲げる。曲げると思うけど、でも。

「だからって、あんなひどい殺し方。まして何の罪もないガンダムを」

 完全にマフィアのやり口だよそれ、という私の言葉に、でも瑠奈は目線も合わせないままに「ガンダムじゃない、れい式」とか言う。これだ。私のようなデリカシー零式がバグを起こすのはこういうときで、後々思えば「別に零式でもいいけど」でよかったとわかるのに、

「別に、何式のガンダムでもいいけど」

 とか言っちゃってわざわざ不興を買った挙げ句、どうにか失地回復しようと「でも百式ガンダムはいたよね? 金色の」なんてダメ押しまでするから地獄みたいな空気になるのだ。どうやら私に必要なのは反省よりもまず学習らしい、と、そんなことはハナからわかりきっているのだけれど、でもできない。無理だ。もとよりそういう星の下に生まれた命であれば。

「それにしたってさあ、こんな死に方——じゃなくって、壊され方。なんか、戦うロボだよね? それをまさか、こんな、ロンギヌ——いや、グングニ——いやわかった、あれだ、レーヴァテイン!」

蜻蛉とんぼきり

 そうそうそれ、トンヴォキリー。そういうので刺し殺すばかりか体の各部を串団子みたいにデコレートして、戦闘兵器の最期としてはあまりにも猟奇的すぎるっていうか、

「ねえ瑠奈。もしかして、おはん、焼き鳥がよかった……とか?」

 その私の感想に、目に見えて青ざめるばかりか普通に「ごめんそれは引く」とか言うのだからもう本当にひどい。

 瑠奈はこう見えて相当な偏食で、私の作るごはんはなんでも「美味しい」って言ってくれるけれど、でも鶏皮だけは死んでも食べない。そのくせなんか変なサラダチキンみたいなのだと喜んで食べる。そういえばこの「サラダチキン」というのも瑠奈に叱られて覚えた。

 前に「どこがいいの、そんな裸のトリ」って言っちゃって、いや確かに人が好きこのんで食べてるものに「どこがいいの」は最低だったなあ、と我ながら思うのだけれど、でも瑠奈が怪訝な顔でたしなめたのはその後の方だった。

 裸のトリ。一応断っておくけどまず前提として「鶏皮が苦手」って流れを受けての表現で、つまり皮を剥いだ鶏なんだからそれは全裸中年鳥類じゃないかと、そこは今もってなおそう思うのだけれど。

「ゆきちゃん。やっぱり、壊れてると思う。言語感覚の治安が完全に」

 それで大丈夫なの、仕事とか——なんて。プラモデルで惨殺死体を作る人間に言われたくないとも思うけれど、でも瑠奈はこう見えてそのへん私よりもまともだ。大人で、しっかりしていて周囲への気配りもできて、でもそれが祟っていま休職して日がな一日プラモばっか作ってるんだから良し悪しだなあと思うのだけれど、でもそれもまた性分だ。瑠奈の。私と彼女、それぞれが持って生まれた業。どのみちどうにもならない根っこの部分であれば、そのまま抱えて生きるより他にない。

「大丈夫。なんか思いのほかみんな我慢強くて、だから擦り切れて爆発するまでまだ余裕あると思う」

 私の言葉に、でも瑠奈は「だから、そういう」と言いかけてため息をつく。完全に諦め切った表情。仕方がないのでピースサインで返す。ジェスチャーと笑顔はときに言葉よりも雄弁で、特に舌禍が茶飯事の私にはなおのことで、だから私は心の中、言葉にできない分まで彼女に謝る。

 ——ごめんね、瑠奈。私こんなだけど、あなたと暮らせてる今が最高に楽しい。

 あと本当のこと言うとシャンパンタワー、どっちかというと瑠奈の方が正しいと私も思う。現シャンパンタワーはむしろ「グラスピラミッド」とかに改名すべきで、だから私たちだけのシャンパンタワーはどこか遠く、誰も知らない海の真ん中とかに建てたい。誰もいない。そこにはきっと、人間なんて。いるのは裸の鳥の群れ、それと零式の惨殺死体と、あと私のふくれっ面の同居人。

 ——私のこの、ヨハネスブルグ産の辞書ではうまく言えそうもないけど。

 他は、いらない。

 それだけが私の帰りを待っていてくれたら、今の私にはそれでいいのだ。




〈三題噺「グングニル」「シャンパンタワー」「裸のトリ」 了〉

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