三題噺「ブス」「背骨」「梅雨」(約1,600文字)
ブス判定士の女が背骨を抜かれて殺害される事件が起きた。
あまりにも残虐かつ猟奇的な手口。その異常性を鑑み、あくまで非公式とはいえこの私、探偵・
「待って。もう『ブス判定士』がわからない。何?」
私の当然の疑問に、でも鮫島刑事はきょとんとした表情で答える。「何、って……名前の通り、ただブスを判定する者ってだけだが?」と。
なるほどわかった。聞くだけ無駄だ。どうやらこの暑さと湿気で脳がやられてしまったのか、それともこの世界そのものが狂っているのか、とにかく私は「ごめん、忘れて」と質問を撤回する。
私は探偵だ。事件解決を期待されて殺害現場に呼ばれた身だ。そんな私に、しかし知らないことがあるなどと、そういうのは外聞がよろしくない。知ってる
殺害方法は、生きたまま背骨を抜かれたことによる——なんだろう。何死? 失血死とかショック死とか、あるいは刺殺とか撲殺とかでもいいけど、そういう言い方をするとしたらこれは何。
「背骨抜死ですね」
「背骨抜死?!」
また知らない単語が出てきた。さっきのブス判定士といい、聞き覚えがないのは明らかなのだけれど、でもなんとなく意味が通ってしまうのが逆に困る。とまれ、殺害方法は見れば明らかで、だから私の考えるべき謎は「誰が」と「どうして」だ。
この事件の犯人。考えうる可能性は——まあ、ひとつ。
「そんなの、ブスじゃないの。犯人はブス。動機は、急なブス呼ばわりにカッとなって」
判定士だかなんだか知らないけど、もし私が見知らぬ誰かにブスとか認定されたら、たぶん殺意くらいは抱くと思う。だからと言って即実行に移すものでもないけど、でもそれはあくまでちゃんと理性が保てていればの話だ。
蒸し暑い六月のこと。梅雨真っ只中、なのにここ最近は真夏並みの気温が続いて、何もしていなくても不快感がひどい。この高ストレス状況下に突然のブス呼ばわり、ましてただの言いがかりならまだしも自他共に認める事実であれば、そんなの殺し合い以外にないだろう。被害者とてプロ、ブスでないものを軽率にブス呼ばわりはすまい。
「なにより、この殺害方法が決定打。背骨抜死なんて、誰にでもできる芸当じゃない」
生きたまま背骨を引っこ抜く。それも、どうやら素手でだ。人間業じゃない。相当な筋肉がなければまず不可能で、となれば畢竟、普通は見た目にもそれが影響すると予想できる。ムキムキの筋肉団子、あるいは巨大なヒグマか何かの如き容姿。世間一般の美的感覚において、それをブスかそうでないか判定するとしたら、悲しいけど前者に該当すると思う。
「なるほど。ええと、つまり薫子さんの推理では、犯人は、やたらガタイの良いムキムキのブス……っと、いうことは」
確保ーッ、の声とともに、鮫島のが私の手に手錠をかける。やると思った。話聞いてんのかこのばかたれ、私は少し背が高いくらいで普通に美人でしょうが——と、力任せにその冷たい鉄の輪を引きちぎる。縄抜けは探偵の十八番、手錠くらいはちょっと力を込めれば簡単に外せる——というか。
「鮫島さん。だいたいあなただって、それがあるから私をこんな現場まで呼ん——っと」
その瞬間。
ずしん、と、周囲の地面が揺れる音。
加えて、悲鳴。それに、立て続けの発砲音も。
——ビンゴ。
「ほらね、セオリー通り。犯人は、犯行現場に戻ってくる。そのとき、あなたたち警察だけでは、あんな怪物には到底太刀打ちできない。下がってて。ああ、それと——傘の用意を」
申し訳ないけど、手加減はできない。できるような相手でない、というのもあるけど、そも探偵は警察官とは違うのだ。
犯人を生きたまま捕らえるなどと、そんな必要もなければ興味もない。
殺す。
降らせる。この街に、
私は、探偵。目の前の謎をただ解くだけの悲しきモンスター。
すでに解けてしまった謎を相手に、もはや何らの執着もありはしないのだ。
〈三題噺「ブス」「背骨」「梅雨」 了〉
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