第39話

「せっかくだ。昔話をしましょうか。ある時、私は廃寺に暮らす盗人に出会いました。私は慈悲の心から彼を番所に突き出すことはしませんでした。彼はお礼に色々なことを教えてくれました。盗みを依頼する方法や盗品の売買、患者のふりをして医師から阿片を盗んだこと……」


 説法をするかのように語る安楽の表情こそ変わりはないが、そこに菩薩のようと言われている安楽の姿はない。


 そこにあるのは、金に狂い、欲にまみれたひとりの男だ。


「そこから今回の計画を思いついたか。生臭さ坊主は何度も見たことがあるが、クズは初めてだな」

「心外ですね。私は修行をおこなう中で気づいたのです。寺に入った金が人々のために使われることはない、酒や女に変わるだけだと……そうしたことに嫌気がさして、寺をあとにした私はようやく理想を見つけたのです」

「それがこの地下牢か?」

「ここを知る者は私以外にいません。誰も足元など、己にとって都合の悪い場所など見ようともしない」


 安楽は手を上にかざしてみせた。


「浄土とは常に天にあり、見上げるためにあるものです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る