第33話

「……せやから俺は思うんや。ちゃんと死体に向き合うて、犯人を見つけて、亡くなったもんが浮かべるようにせんとなて。それが俺のできる供養なんやないかて」


 話を聞いたレンは富次郎の隣にしゃがみ込むと、富次郎がしていたのと同じように死体に向かって手を合わせた。


「おおきにな。この子も浮かばれる」


 富次郎はそっと筵を上げた。

 その下にはレンの知っている顔があった。


 店で初めて見た時よりも幼く愛らしい。

 眠るような死に顔だったことが不幸中の幸いだろう。


「どうや? 知っとる顔か?」

「店に来た客だ。名前は茜、母を亡くして父はいないと言っていた」

「そうか……ん、なんや、この傷?」


 富次郎が驚いたのは着崩れた着物からのぞいた腹の傷だ。


「ちょっとごめんやで、堪忍な」


 富次郎が少しだけ着物をゆるめ、腹にある傷を見ると、その傷はへその少し上あたりから脇腹にかけて走っていた。


(どうしてこの子供が、俺と同じ傷を持っている……?)


 レンにその傷があることは理解できるが、この子供に傷がある意味がわからない。璃兵衛の言葉を借りれば、その傷をつくる理由がないのだ。


「傷は脇腹の他に、腹部に数か所……死ぬ原因になったんは頭の傷か……」


 そっと富次郎が子供の頭を起こしてみると、後頭部あたりには何かで殴られた傷があった。


「ひどいな……」

「あぁ。せやけど、お前大丈夫なんか? ふつうは死体見て、そんな平然としとらんで」

「俺の場合は慣れていると言うか…ある意味、身近なものだからな」

「さすがあいつのとこにおるだけはあるな。肝っ玉がでかい言うか、器がでかい言うか。でかいんは身体だけやないってことやな」


「肝、器……でかい……」


 そこでレンはあることに気づいた。


 なぜ死体は空だったのか。

 いや、空でなければならなかったのか。


 ひとつの答えにたどり着いたレンに鳥の声が届いた。

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