第14話


 無石むせき家はいつも静かだ。妹ルームは防音設備もしっかり整えてあるので、たとえおもらししてギャン泣きしても外には届かない。そういった場合は、能砥のうとにメールが届く。

 だのに、非常事態確実であるのに、能砥の携帯にはメールが届いていないのだ。いつもであれば、ぐったりしている絵文字スタンプと「緊急」の二文字が添えられた文書が届いているというのに。


ッ、ツ、ィッ‼︎」


 靴底にエアロを仕込んで二階の窓ガラスへ。非常時に指紋認証をつけてあるので、手をかざせば二階からでも自室へ帰宅可能————

 たちまちひらいた強化ガラス、その中へ躍り出るや否や、


「え————————?」


 能砥は、愕然がくぜんと隣部屋の扉を見た。

 


「能曽実……? 誘、拐————————っ、いや外出……じゃあないよな、窓ガラスから飛び降りて外出なんてアクロバティック、能曽実はしない、ハズだ」


 焦燥しょうそうがかけめぐる。嫌な予感と悪寒が背筋をひやす。

 能砥は、開きっぱなしの扉にノックをしてから、暗い妹の部屋に立ち入った。


「(能曽実の部屋に入るだなんて……。入るのはもう、数年単位だな……)」


 遮光カーテンに閉ざされた一室。

 洗濯してすぐにポイした服のたば、書棚から炙れたらしい画集やら小説がうずたかく積まれ、でたらめに絡まったコード類が投げやり気味にちらばっている。

 いで家具。ドレッサーが四つあり、そのいずれも南京錠でロック済み。書棚はつっぱり式のもので、気分次第でスライド可能。ベッド下収納は着用率のたかい服をしまっているらしい。クローゼットはナンバーじょうつきだ。


 プライバシーにこだわっている。意識するトラウマがあったかのよう。否、あったのだ。


「————————」


 能砥はひとり、錠前じょうまえの多い妹ルームで押し黙る。

 今すぐにでも妹を探すべきなのだ。移動した時間が浅ければ、〝炎〟の術式を逆手さかてにあやつって熱源を探れる。なんなら〝風〟をそよがせて、ほこりが舞わなかった部分が妹の通った道だと仮定もできる。


 だが、昼行灯ひるあんどんのように立ちつくす能砥。

 果たして、能曽実はなにを思って家を出たのかを考えてしまう。


「(家出だってありえる、もう戻りたくないと考えたかもしれない……っ!)」


 探してもらいたくて抜け出した?

 たまさか能砥が、能曽実のいない時間に戻ってきた?


 そう捉えてもいいものか。どちらも都合のイイ解釈かいしゃくだ。


「……。……?」


 そんなおりに触れて、昇降デスクに飾られたフォトフレームが目に触れた。ゲーム機材と配線にまみれた机にそれは、えらく目立つ。木製だからだ。

 能曽実と能砥のツーショット。お互いに小学生。ランドセルがなつかしい。


「小学校入学の、……なんで目につくところに」


 おもわずそっと持ち上げて、記憶通りの能曽実の顔に目をめる。兄らしからぬものだ。記憶通りなどと体のいい。記憶にある能曽実の顔はそれしかない。

 能砥はしょせん、今の能曽実を知らないのだ。


 学校に行かず自分の部屋で何かにはげむ————ぐらいしか、能砥にはわからない。今だって分からないオンパレード。イザ部屋に入ったというのに、能曽実が普段、どう生活しているかのヴィジョンも浮かばなかった。

 せいぜい目先の風呂・トイレ・洗面台を、まいにち使っていることしか。


「ちく、しょう……ッ」


 我が身を憎む。己が過ちに怒りをおぼえる。

 ああしかし、戻そうとした写真立てのおくまったところに、またもや写真を見つけた。


「……? 写真の趣味ができたのか……?」


 すっと目をすがめ、薄闇のなか見えたフォト。


 。————演情においてバックコーラスや歌唱隊が重要視されるとき、かならずや名前ががる著名人だ。その声はいっそ魔の討滅すらできるだろうと噂高い。

 むろん、能砥の見聞にもある。ステレオ越しでも、実際に足を運んでも、彼女の歌声はこちらの心臓を掴んでくる魔性ましょうさがあった。USBメモリに保存したいほど。


 そんな怪物魔法少女と、能曽実(?)が、笑顔でトリプルピースを決めている。


「なんっ、なんで……ッ、いやこれは能曽実————能曽実、のハズだ。そうだ、このなだらかな印象を思わせるくりくりお目々めめと、笑えばいじらしい八重歯が覗くこの顔立ちはああそうか、能曽実はこうも成長して————————じゃあないッ」


 能曽実と思わしき人物に思いを馳せかけ、自省じせい


 この子がかりに能曽実だとして、もしも能曽実ではないとして。

 はなはだ疑問が残る写真だ。どうして魔法少女ヨハネとのショットを持っているのか。


 魔法少女に余念をゆるさない能砥なのだから、もちろんヨハネにしたって情報はかき集めている。記憶には、こんなツーショットのグッズがあった試しはない。あったならば能砥自身、手に入れる。

 ともすれば、疑いがひとつ生まれた。


「まさかッ、能曽実は……魔法少女ヨハネの、ファン……っ⁉︎」


 能砥はこう解釈した。ファンとして、能曽実はツーショットをお願いしたのだと。

 すると、たちまちつながる物事の横線。


「……今日は、バックコーラスふくめ素晴らしい劇伴げきばんのステージがある。ヨハネもまた、歌唱隊の花形として参加する日だ……ッ‼︎」


 この推理をもって、能砥は窓枠にのりだす。

 だが劇場は県境も同然の場所だ。いつものように魔術を使っての高速移動、とするにはいささか距離が遠すぎる。道半ばで魔力が枯渇こかつするおそれもあろう。


 ————その矢先。目下、住宅地に似合わない怪物マシンをみつけた。


「バイク……っ、けどヒッチハイク……っ? いいやっ、なりふり構ってられるか……!」


 目つきを鋭く。窓枠に足を引っかけた能砥は、

 ふりふり衣装を風にはためかせながら急降下を果たす。————落下場所は、申し訳ていどにつけられたタンデム。乗り心地最悪な安物やすものクッション材だ。


「ッづァ————あァン? 何だッてンだ治安の悪ィ————」

「頼むッ、俺を横浜よこはま臨海劇場まで乗せて行ってくれッッッ‼︎」

「アァ? ッつーかよォ、…………」


 黒いフルフェイスヘルメットをかぶった、ライダースーツの男。男はきっかりブレーキをかせてから、じっとノートを見つめる。


「な、なんだ……? 図々しいと思うけれど、だけどお願いだ! このとおり!」


 ドライバーが困惑していると思い、ノートはちいさくなった頭を極限まで下げる。

 ————一方で、


 警察か。と冷や汗をかき、ノートは下唇を噛みしめ、


、お前」

「へ? 依頼主……」

「なンでもねェよ、ただの問答型のひとりごとだ。それによォ、行き先としちャこッちも同じ方角でな。構わねェ」


 こころよい返事。けれど、ヘルメットの奥で、射殺すようなキツイ眼差し。


「た、助かるよ! だけど、時間がぜんぜん無くて……公演時間までもうすぐで」

「ンなモン公道走るからだろォが。乗り物のリミッターを計算の内にすンな。……絶対にしてェと思ッたことは、なにをブッ壊そうが手を抜く必要ォねェ」

「? リミッターっていうのは……?」

「こォいうのをす」


 イグニッションキーの隣に、突如とつじょ、あらわれたツマミ。黒塗りなのでいかにも危なげ。自爆装置と言われても頷ける。

 それを、男は破壊する勢いで一旋いっせんし、ねじり込んだ。


 リミッター解除。、エンジンの助長をする。もう風抵抗も車体安定も重力計算もできないだろうが、代わりに、爆発的なスピードだけ獲得。

 さて、一分たらずで跡形あとかたもなくバイクが爆発するのだけれど。


「あの。お尻の方がとんでもなく熱いというか発火しそうな勢いで、」

「うるせェしがみついてろどッかのパーツに。まァ————そのパーツから余分判定されてふり落とされても知らねェがよォ」

「どぅ、うぎゃああぁあぁぁぁぁあっっっ⁉︎」


 ウィリーの姿勢から、ロケットのように打ち上がるモンスターバイク。アスファルトからすぐに車輪が離れて、浮遊の感覚が襲う。……のみならず、ひたすら前に進もうとする推進力が重力にあらがおうとし始めた。

 立体方向への飛翔。


 ノートは悲鳴をあげて、感じたこともない超速度で大空を走っている。


「大金と引き換えに鳥気分とはなァ⁉︎ 金持ちの遊びもバカにできたもンじャねェ‼︎」

「し、知るかぁあああぁあ⁉︎ うぐぅ三半規管……!」

「そォかよタワーマンションから飛び降りるッつーのもこォいう感覚かよ‼︎」


 気がつけば。

 第三者視点から見るY軸は頂点をすぎたらしい。あとはもう、ほとんどハンドルぐらいしか機能していないズタボロフレームをエンジンの残りかすで進ませるのみ。


 急激にえがかれる右肩下がりの放物線。もう炎すらまとい出して、バイクは炎上する。


「ヒャハハハアアアァアアアッハハハハハハ‼︎」

「嘘だ、ろぉー! 嘘だろ嘘うそウソぉおぉおおおっ⁉︎」


 ノートの視界は、もはやブラックアウトしていないのが不思議なぐらいだ。いや、それこそ魔法少女の耐久力というもの。人間であれば身体的なデメリットがあるからこそ出来ないことが、可能となる。

 だから、このまま不時着してもノートは大事だいじに至らない。


 しかしながら、なによりも能曽実を探すという目的がある。このまま仲良しこよしで大怪我するのは目的ではない。断じて。


「ぐぅっ一抜いちぬけぴっぴ!」

「ッづァお前、最高の瞬間を味わわねェとか、」


 ドゴォっ、ズガン、ぼちゃん、と。


 横浜港の海の中へ、男は爆発四散しつつ燃えるバイクフレームともども沈んだ。


「空を飛べてよかった……。そしてごめんなさいだぞ。うぅう……ご冥福」


 咄嗟とっさに〝風〟の術式を編みあげて、突風をつかんで滞空。両手をあわせる。

 だがあの危険思想は、いずれこうなる運命さだめだったのかもしれない。

 複雑な顔をして、ノートはそのまま潮風の匂いがする空を泳ぐように飛んでいった。


 ————それを黙って目送もくそうし、水面に浮かぶ男。


「そのまま送ッてやれだとかよォ。矛盾が多すぎンだろォがクライアントは」


 燃え滓のように漂う元バイク。それを名残惜しそうに眺めて、男はため息をこぼす。

 すると、海にただよう男に喫驚きっきょうの声をあげる人たち。


「うぉおおっ⁉︎ こいつぁたまげたな、なんだって海に⁉︎」

「沖に戻れなくなったクチか? しょうがねぇ、今はこちとら上気分。救ってやる、オイ」


 たくみな舵きりでゆったり迅速に近づき、漁師らしき人たちは人命救助をこころみる。たも網のように投げられた命綱は、狙いあやまたず男の手元にたどりついた。

 もちろん、男はそれを掴み————


「よしィッ、づぅっおぉおお⁉︎」

「な、何すんだボンズ! ひっぱったら何の意味も、」

「あァ悪ィな、言いそびれてよォ————」


 力任せに縄を引っ張り返し、やおらボートごと引きずる男。人間の力じゃあない。

 その顔は、悪辣あくらつな笑顔をしていた。


「お前らぜンぶ悪党なンだよ」


 一挙、一本釣りのように複数人が宙空になげだされる。

 これを待ちうけるのは、毒手。いいや、いつのまにか船頭せんどうから引き抜いていた捕鯨用のランス。鯨のいない横浜漁港では危ないだけなので禁止されている凶器。


 人間からしてみれば必殺の穂先ほさきを前にして、絶叫があがる。横浜の海のちいさな領域に、ずいぶんな血潮がながれた。

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魔法少女は全ステかつ最前でご覧くださいっ! フー @steeleismybody

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