第14話
だのに、非常事態確実であるのに、能砥の携帯にはメールが届いていないのだ。いつもであれば、ぐったりしている絵文字スタンプと「緊急」の二文字が添えられた文書が届いているというのに。
「
靴底にエアロを仕込んで二階の窓ガラスへ。非常時に指紋認証をつけてあるので、手をかざせば二階からでも自室へ帰宅可能————
たちまち
「え————————?」
能砥は、
扉が開いている。部屋の窓がきっちり開いている。
「能曽実……? 誘、拐————————っ、いや外出……じゃあないよな、窓ガラスから飛び降りて外出なんてアクロバティック、能曽実はしない、ハズだ」
能砥は、開きっぱなしの扉にノックをしてから、暗い妹の部屋に立ち入った。
「(能曽実の部屋に入るだなんて……。入るのはもう、数年単位だな……)」
遮光カーテンに閉ざされた一室。
洗濯してすぐにポイした服の
プライバシーにこだわっている。意識するトラウマがあったかのよう。否、あったのだ。
「————————」
能砥はひとり、
今すぐにでも妹を探すべきなのだ。移動した時間が浅ければ、〝炎〟の術式を
だが、
果たして、能曽実はなにを思って家を出たのかを考えてしまう。
「(家出だってありえる、もう戻りたくないと考えたかもしれない……っ!)」
探してもらいたくて抜け出した?
たまさか能砥が、能曽実のいない時間に戻ってきた?
そう捉えてもいいものか。どちらも都合のイイ
「……。……?」
そんな
能曽実と能砥のツーショット。お互いに小学生。ランドセルが
「小学校入学の、……なんで目につくところに」
おもわずそっと持ち上げて、記憶通りの能曽実の顔に目を
能砥はしょせん、今の能曽実を知らないのだ。
学校に行かず自分の部屋で何かに
せいぜい目先の風呂・トイレ・洗面台を、まいにち使っていることしか。
「ちく、しょう……ッ」
我が身を憎む。己が過ちに怒りをおぼえる。
ああしかし、戻そうとした写真立ての
「……? 写真の趣味ができたのか……?」
すっと目を
魔法少女ヨハネ。————演情においてバックコーラスや歌唱隊が重要視されるとき、かならずや名前が
むろん、能砥の見聞にもある。ステレオ越しでも、実際に足を運んでも、彼女の歌声はこちらの心臓を掴んでくる
そんな怪物魔法少女と、能曽実(?)が、笑顔でトリプルピースを決めている。
「なんっ、なんで……ッ、いやこれは能曽実————能曽実、のハズだ。そうだ、このなだらかな印象を思わせるくりくりお
能曽実と思わしき人物に思いを馳せかけ、
この子が
はなはだ疑問が残る写真だ。どうして魔法少女ヨハネとのショットを持っているのか。
魔法少女に余念をゆるさない能砥なのだから、もちろんヨハネにしたって情報はかき集めている。記憶には、こんなツーショットのグッズがあった試しはない。あったならば能砥自身、手に入れる。
ともすれば、疑いがひとつ生まれた。
「まさかッ、能曽実は……魔法少女ヨハネの、ファン……っ⁉︎」
能砥はこう解釈した。ファンとして、能曽実はツーショットをお願いしたのだと。
すると、たちまち
「……今日は、バックコーラスふくめ素晴らしい
この推理を
だが劇場は県境も同然の場所だ。いつものように魔術を使っての高速移動、とするにはいささか距離が遠すぎる。道半ばで魔力が
————その矢先。目下、住宅地に似合わない怪物マシンをみつけた。
「バイク……っ、けどヒッチハイク……っ? いいやっ、なりふり構ってられるか……!」
目つきを鋭く。窓枠に足を引っかけた能砥は、いやノートは。
ふりふり衣装を風にはためかせながら急降下を果たす。————落下場所は、申し訳ていどにつけられたタンデム。乗り心地最悪な
「ッづァ————あァン? 何だッてンだ治安の悪ィ————」
「頼むッ、俺を
「アァ? ッつーかよォ、…………」
黒いフルフェイスヘルメットをかぶった、ライダースーツの男。男はきっかりブレーキを
「な、なんだ……? 図々しいと思うけれど、だけどお願いだ! このとおり!」
ドライバーが困惑していると思い、ノートはちいさくなった頭を極限まで下げる。
————一方で、バイクの所有者は紡錘型の通信端末に呼びかけているらしい。
警察か。と冷や汗をかき、ノートは下唇を噛みしめ、
「依頼主が物好きやろォでよかッたなァ、お前」
「へ? 依頼主……」
「なンでもねェよ、ただの問答型のひとりごとだ。それによォ、行き先としちャこッちも同じ方角でな。構わねェ」
「た、助かるよ! だけど、時間がぜんぜん無くて……公演時間までもうすぐで」
「ンなモン公道走るからだろォが。乗り物のリミッターを計算の内にすンな。……絶対にしてェと思ッたことは、なにをブッ壊そうが手を抜く必要ォねェ」
「? リミッターっていうのは……?」
「こォいうのを
イグニッションキーの隣に、
それを、男は破壊する勢いで
リミッター解除。内部構造の秒刻み燃焼を以て、エンジンの助長をする。もう風抵抗も車体安定も重力計算もできないだろうが、代わりに、爆発的なスピードだけ獲得。
さて、一分たらずで
「あの。お尻の方がとんでもなく熱いというか発火しそうな勢いで、」
「うるせェしがみついてろどッかのパーツに。まァ————そのパーツから余分判定されてふり落とされても知らねェがよォ」
「どぅ、うぎゃああぁあぁぁぁぁあっっっ⁉︎」
ウィリーの姿勢から、ロケットのように打ち上がるモンスターバイク。アスファルトからすぐに車輪が離れて、浮遊の感覚が襲う。……のみならず、ひたすら前に進もうとする推進力が重力に
立体方向への飛翔。
ノートは悲鳴をあげて、感じたこともない超速度で大空を走っている。
「大金と引き換えに鳥気分とはなァ⁉︎ 金持ちの遊びもバカにできたもンじャねェ‼︎」
「し、知るかぁあああぁあ⁉︎ うぐぅ三半規管……!」
「そォかよタワーマンションから飛び降りるッつーのもこォいう感覚かよ‼︎」
気がつけば。
第三者視点から見るY軸は頂点をすぎたらしい。あとはもう、ほとんどハンドルぐらいしか機能していないズタボロフレームをエンジンの残り
急激にえがかれる右肩下がりの放物線。もう炎すらまとい出して、バイクは炎上する。
「ヒャハハハアアアァアアアッハハハハハハ‼︎」
「嘘だ、ろぉー! 嘘だろ嘘うそウソぉおぉおおおっ⁉︎」
ノートの視界は、もはやブラックアウトしていないのが不思議なぐらいだ。いや、それこそ魔法少女の耐久力というもの。人間であれば身体的なデメリットがあるからこそ出来ないことが、可能となる。
だから、このまま不時着してもノートは
しかしながら、なによりも能曽実を探すという目的がある。このまま仲良しこよしで大怪我するのは目的ではない。断じて。
「ぐぅっ
「ッづァお前、最高の瞬間を味わわねェとか、」
ドゴォっ、ズガン、ぼちゃん、と。
横浜港の海の中へ、男は爆発四散しつつ燃えるバイクフレームともども沈んだ。
「空を飛べてよかった……。そしてごめんなさいだぞ。うぅう……ご冥福」
だがあの危険思想は、いずれこうなる
複雑な顔をして、ノートはそのまま潮風の匂いがする空を泳ぐように飛んでいった。
————それを黙って
「そのまま送ッてやれだとかよォ。矛盾が多すぎンだろォがクライアントは」
燃え滓のように漂う元バイク。それを名残惜しそうに眺めて、男はため息をこぼす。
すると、海にただよう男に
「うぉおおっ⁉︎ こいつぁたまげたな、なんだって海に⁉︎」
「沖に戻れなくなったクチか? しょうがねぇ、今はこちとら上気分。救ってやる、オイ」
もちろん、男はそれを掴み————
「よしィッ、づぅっおぉおお⁉︎」
「な、何すんだボンズ! ひっぱったら何の意味も、」
「あァ悪ィな、言いそびれてよォ————」
力任せに縄を引っ張り返し、やおらボートごと引きずる男。人間の力じゃあない。
その顔は、
「お前らぜンぶ悪党なンだよ」
一挙、一本釣りのように複数人が宙空になげだされる。
これを待ちうけるのは、毒手。いいや、いつのまにか
人間からしてみれば必殺の
魔法少女は全ステかつ最前でご覧くださいっ! フー @steeleismybody
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