第13話



 学園の集中治療室に、魔法少女ヒビキは運ばれた。名医めいいがいるようで、顔の傷も嘘のように治すことができるらしい。治りかけで戦った代償も、なんとか演情えんじょうに支障がないぐらいにまで治療可能ということ。


 一方で、検査室に呼ばれた能砥のうと。筒状の寝台に乗ってウィンウィンと機械音を聞くこと数分弱————


 身体スキャンの結果、能砥はトランスセクシャル魔法少女だと判明した。

 それだけではない。


 世にも珍しき〝稀代きだいの魔法少女適正〟を、能砥はそなえていた。


「だからキミは強くなれるんだノートちゃん。強くなれる素養そようがある。力をつけるべき素質がある。脅迫状もしっかり届いてるし」


 にゃはは、と執務机にすわる少女。いや、学園長。


「いや、あの……〝稀代の魔法少女適性〟って本当なのか? ですか?」

「下手な敬語ぉ。というかかしこまらなくても。本領を発揮できていない魔法少女なんて、可愛くないからさ」

「学園長……あんたとってもいい人だなっ!」

「ヤ、信用早いって。ちょろインか」

「死にかけそうになったのに元気ね」


 応接間をかねているため広々空間な学園長室。そこで電灯のように立つのが能砥。備わったふかふかソファでのが雷無らいなとモノギ。


 ————そう雷無とモノギ。なぜか二人がご一緒している。


「ええと。なんで二人がここに?」

「功労者よ私たちは。……あんな絶好のタイミングで、ミノと此森このもり先生が駆けつける運命があると思っているのかしら?」

「っつーかさ、あのバカでか鉄柵がなくなったんだから大惨事は確定してんの。あれって魔法少女の可愛さが暴発ぼうはつしないための内結界としても機能してるから」


 避難勧告かんこくと救援要請。雷無とモノギは無力さに打ちひしがれるでもなく、自分にできることを探し回ったのだ。多くの人が助かったリザルトもある。

 だが、それを誇りとしない。実績をもとにしゃに構えることもしない。

 それは謙虚さからくるのではなく、


「……不甲斐ふがいない、っつーか。人を楽しませる魔法少女になりたいってーのにさ。あーしら、守りきれなかった」

「……? 何を……?」

「幼女が、流れ弾に直撃したのよ。……私たちは、間に合わなかった」


 昨日をいる。


 魔法少女ノートがでたらめに使った魔力は、その余波だけでも一般人に害をなす。毒に触れたように昏倒した人もたくさんいた。あの鉄柵そのものが、一般人にとっては解毒げどく作用のあるものだったのだ。


 予期していたのか否か。さだめはどう曲がっても大被害を起こすよう仕組んでいた。魔法少女ノートの魔力余波は、しっかり建造物にもダメージを与えたのだから。

 つまるところ、未成みせいさだめが劇場に手を触れずとも、劇場内は大混乱になった。


「モノギちゃんは幼児向けのモノに〝幼年変質メタモルフォーゼ〟させる魔法で、ちいさな子をしっかり避難させてね。ちゃんは見取り図から構造・素材を把握して既知きち内におさめ、瓦礫を〝消去デリート〟してまわった。ふたりは相当に頑張ったんだよ」

「それでも救わなければいけない一人を救えなかった。……そこに、尽きるのよ」

「それも子ども。あーしら、まだ全然ぜんっぜん弱いっつーか、力不足。魔法少女志望、だけど、本当の魔法少女になりかけてもいない」


 忸怩じくじ。自分の理想にいっさい近づけておらず、それどころか守るべき対象すら守れなかったこと。これが、ふたりにとっては何よりつらい。

 能砥が現場へ真っ先にかけつけたことも、ふたりの心を焼く。止められなかった。一緒に向かうことを選べなかった。自分は現場へただちに向かえなかった。


 能砥は——たとえ一瞬の間でも——ヒビキにとっての救世主たりえた。自分たちは、きっとそうではない。

 だから、


「私はもっと強くなるわ、つまり可愛くなる。そして、魔法をより幅広く扱えるようにする……能砥、アナタよりも、私は可愛さをきわめるわ」

「いつもだったらとんでもメルヘン発言、とか言うけど。今回ばかりはあーしも同じ。強くなって、可愛くなって、魔法少女としてみんなを楽しませ守る。……とくに子どもなんて、いついかなる時でも守れるようにするから」


 雷無とモノギはそう意志を決める。


 一方で、能砥。


「俺は————」

「フフン。そうはやることはないよノートちゃん。君にはまだ説明することがあるし」


 言いさした能砥を、さえぎる学園長。ひとつの封書をふところからまさぐる。

 粗野そやな字だ。しかも予告状めいたもののハズ、きちんとした形式にのっとるでもなく、筆者の口調ががっちり乗っていた。


「『その首ィ、一週間でもすれば殺しに向かうからよォ』……って、殺害予告か⁉︎」

「ん。まぁそれぐらいはするだろう、というかヒビキちゃんの記憶にもノートちゃんがターゲット、って言っているんだもんね?」

「……ああ確かに。さだめは、俺が名乗ってすぐにターゲットと言ったぞ」

「ふぅむなるほど。それまでは気づかなかったのかぁ……」


 まるでおバカな同僚でも思うように、幼げな顔が苦笑する。


 だがそんなことは瑣末さまつ。学園長はとびきり真剣な顔をして、能砥に向きなおった。


「さ、て。学園側としてはね、とびぬけた逸材であるノートちゃんを簡単に失うワケにはいかないんだよね。キミのし関係なく、かならず一週間後にむけて護衛をつける」

「護衛……ガードマン、を?」

「もちろん。キミが思っている以上に、キミの存在は大切だからね」


 学園側の指針として、無石むせき能砥の徹底防衛が採用された。


「〝稀代の魔法少女適性〟ってやつはね、明確な武器として可愛さが存在する魔法少女の子をすの。ノートちゃんの場合は〝無知故の可愛さ〟」

「無知って! 俺はそんなに世間せけん知らずなのか……⁉︎」

「そうね」

「おおむね同意」


 異論反論はゼロ。能砥が無知を可愛さのエネルギーとすることは確実だ。


「適性者はホントに希少でね。せいぜい六人————いままで現れた適性者は、六人ていどしかいないのさ」

「六……っ」

「重要さがわかるでしょ?」


 どれほどレアリティを貼られたのか、能砥は自認せざるを得ない。


「でも護衛をつけたからって安心されても困るワケだ。だって学園の本質は魔法少女の育成————ノートちゃんは可愛くならないと学園に来た意味ないし、可愛くなってもらわないと困る」

「もちろんだ。俺は最高に可愛い魔法少女になるって決めた!」

「うんうん。だからこの一週間でノートちゃんには三つ、課題を与えるよ」


 意気込みバッチリな能砥、その鼻先に突きつけられた紙ぺら。


「えぇ、と……」

「ひとつ、ノートちゃん自身が可愛く強くなるための特別講義。

 ふたつ、ノートちゃんだけで心もとないので仲間を増やすこと。

 みっつ、実戦経験を積むこと」

「……ヤ、ハードな一週間になるでしょこれ」

「本当ね。あるしゅ、戦場に即投入できる人材を育てるスケジュールだもの」


 書面につらつら書き留められた三つの事項。フリータイムがあるようには思えない。二十四時間をきっかり管理する用意もされている感じもある。


 ————二十四時間まるいちにち

 ここで、能砥はハッと我に戻る。


「……今、何時だ⁉︎」

「あん? 昼の二時だけど」

にちはっ⁉︎」

「学園で言うところの四月四日目ね。まぁ大体、みたいだもの。一日ぐらいは経過しているのがセオリーよ」


 一日。二十四時間。いわゆる朝餉あさげ、昼食、夕飯。

 能砥の顔はたちどころに青くめ、直後、一も二もなくドアを飛び出した。


「なっ————どこに行くのよ! 殺害予告でてるんだから、無闇に外歩けないでしょう!」

「妹が! 料理できない妹が、一日箱詰はこづめ状態なんだよ!」

「は、ぁ……?」


 しゃにむに脱兎だっとの如く走っていく能砥。人命救助でもするかのような必死さ。

 いやいっそ、そうなのだ。お昼ご飯すら冷蔵庫にしまっておかないと行き倒れる妹が、一日ほったらかし状況。料理もできないハズ。


 そんな焦燥しょうそうたっぷりな後ろ姿————避雷針につぎつぎ魔力の糸をまきつけて、禁止されている〝風〟の術式により慣性をブーストさせながら移動する兄。ジャングルでツルにぶら下がって移動するかのようなシルエット。


 これを見て、学園長はたははと笑う。


「兄冥利みょうりに尽きるね。すばらしい兄妹愛だよ」

「いやいや、楽観視。すぐにでも連れ戻さないとマズイでしょ」

「んー。メインディッシュって認定されたっぽいし、そんなスピード重視にする必要ないよ。どうせ観光気分じゃないかな?」


 にっこりご満悦まんえつそうに笑う学園長。命の危機に面と向かっているとは思いがたい。


 それに比べ、雷無もモノギも、苦虫をみ潰したように表情を曇らせてしまう。なにせ殺害予告をもらった本人が、いっさい護衛をつけずに出ていったのだから。


「————————なぁんだよ☆ 栄誉賞えいよしょうの紙きれ貰ってるとか思ってたのに、足をすすめてみればクヨクヨ顔がそろいもそろって☆」


 不意に、厚底ブーツがカツカツと鳴る。学園指定のローファーならざる音調。生徒ではない証拠だ。

 お目々めめにキラリ描かれた五芒星ペンタグラム、背筋を撫ぜるように伸びた黒の髪。……此森ハナリだ。


「っつーかどしたよ☆ わりとしょぼくれてンぞ☆」

「ヤ、特に……。むしろ、ンでセンセがここにいるのかが不思議。とうとう素行そこうがよろしくなくて、学園長に呼び出された系?」

「お変わりなさそうで安心だよテメェ☆ ま、学園長に呼び出されたって点では同じだよな、理由は全然違ェけど☆」


 可愛げのない子どもをわしゃわしゃ撫でるように、ハナリはモノギの頭をき撫でる。前髪がとっ散らかるので、モノギは懸命に抵抗するものだ。

 ところで、ハナリがここにきた理由とは、


「あん? 能砥いねェけど、花摘みトイレかよ☆」

「妹が危ない! と走って行ったとも。わりと本格的な説明パートに入ろうと思ったんだがね……フフン青春か」

「魔法少女ストーカーかつシスコンかァ☆ ヤベェけど、そのぐらいじゃねぇと魔法少女適性バチバチ、とは思えないっつー話だな☆」


 探し物は能砥。目的も能砥。

 とどのつまり、


「え……? もしやすれば、此森先生が特別講義の担当を」

「どこがもしやだよ☆ これ以上に適役いねぇだろ、オイ☆」

「まぁ、実際ハナリちゃんは色々と問題児をしつけてきたからね。とびきりの異端児であるノートちゃんも、例に漏れないだろうさ」


 空いた口が塞がらぬ、とはこれこのこと。雷無も、モノギも、一様に声を無くしている。

 ハナリはもちろん、グーパンチを炸裂させたいほど不服そうである、が、それよりも耳寄りな情報を持っている手前、おさえる。むしろ、この二人にとっての晴れ舞台も近い。


「テメェらにも用事があんぞ、モノギ、おバカ雷無☆」

「用事て……ハッ。まさか能砥の付き添いに出た出欠分、補習とか、」

「ンな鬼じゃねぇし☆ むしろ吉報きっぽうっつーか……うん☆ とりあえず拍手してやんよ☆」


 警戒する雷無とモノギ、だがふたりの当惑とうわくをさしおいて拍手をはじめるハナリ。小気味いいリズム。これから役者入りが始まりそうなメロディ。

 ただし、役者はふたり。モノギと、雷無だ。


「テメェら二人とも〝稀代の魔法少女適性〟だからよ☆ 特別認可っつーカタチで、もうスタートアップコマンド叫んでも魔法少女になれんぞ☆」

「「…………は?」」


 立て続けに、ほうけるふたり。

 のみならず、ハナリは立て続いて報告。


「能砥のお仲間として、テメェら二人は選別済みだから☆ 精一杯まもれよ☆」

「「————————」」


 視野がひっくりかえるほど、仰天しそうになった。つまりは、なんだ。能砥だけが戦いに赴くのではなく、多田ただ雷無も、静騒さいじょうモノギも、戦うこととなると。


 つきましては両者ともにハードスケジュールの仲間入りに……

 だが、連綿れんめんとした情報量はまだ途切れない。最後に、ハナリは厳かに語る。


「あと、テメェらが助けきれなかったロリっ子、目ぇ覚ましたぞ☆」

「なんッ、直行しなきゃじゃんソレ」

「なによなんなのよ、豊満ね情報の量が!」


 一目散いちもくさん、ハナリの横を通ってふたりは医務室に向かう。あたかも能砥のように、大切な血縁関係の者を迎えにいく顔をしていた。

 ともすればひとつ、かたわらのバナナジュースを啜って、


「ンー……ケッ、果肉がなきゃあ、果物じゃあないね!」


 学園長は、にへらと笑った。

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