第10話




 魔法少女は勝った。


 ドールは敗北——つまり、

 今ここで、ひとつの造りモノがこわれた。ひとりの人間が生きのびた。


 カモフラージュは万全だった。ドールがさぞや怪演をして、本物の死を前にしたかのようにバタリと倒れた今。……関係者席からは、内側から崩れゆくドールの姿が丸見まるみえであった。

 なまじ会話が成立していただけに、これが造りモノの死とは思いづらい。いっそ本物の人間がそこにいたと思えてしまう。情緒じょうちょエミュレートが完全に近かった。


 だが、それよりも目を奪われてしまうもの。思考を引っぱられるもの。


「なんて笑顔な魔法少女だ……ッ‼︎」


 能砥のうとは、魔法少女ヒビキに釘付けだった。痛みの残滓ざんしが残っていようとも、可愛い笑顔を崩さずぐるりオーディエンス席上空を周遊するその精神を。


 客席に向けてのファンサービス。流血している手でハートのロックオン。

 無茶なアプローチを頼まれる。要望通り、安定しない空中足掛あしがかりでのバク転。軸足はすでにズタズタである筈。


 閉幕後のヒーローインタビューめいたものさえ、手抜かりなく全力でのぞむ。ヒビキは、どこまでも可愛さを損なわなかった。


「全身傷んでいる筈よね。なのに……ずっと魔法少女でいる」

「ホントそれ。……んで、をオーディエンスに与えてない。あくまでも勧善懲悪かんぜんちょうあくっつーか、勝利した側のムーブを保ってる」


 信じられないとばかりに口を開く。奇跡をの当たりにしたかのよう。


 いちおう、魔法少女の衣装にはある程度の治癒術式がそなわっている。内生地うちきじがジェルマットのようになっており、負傷時、傷口にひんやりゲル状の魔力がられるというものだ。が、それでもダメージ自体をかき消せるワケではない。内部に浸透して神経をもいやす——とまで便利なものでもない。

 つまり、あの魔法少女は、ひとえに精神だけで苦痛をこらえている。


 しかも、やや視線をかたむけてみれば、バックヤードの医療班が顔面蒼白。よほど危うい綱渡つなわたりをしているらしい。


「これにて終幕だよーっ♡ 来場してくれたみんな! 安全に帰宅すること!」


 にっこり笑顔で閉幕宣言。ボックス席をひとしきりまわり終えたのち、ヒビキはステージ裏に戻っていった。



 さて、これを後追いできるのが、魔法少女育成科の強み。本日、ここに訪れた目的。

 余韻よいんをかみしめつつ方々ほうぼうが撤収に移っていく中で、例外としてウキウキ気分な魔法少女育成科。


「うっし☆ 本番ふたつめってとこだな! いくぞ、バックヤード☆」

「押さない駆けない喋ってよし。おじさんと約束」


 お目付役として先導する講師ふたり。生徒らはこれにならう。


 能砥たちもまた、薄ぼんやりとした通路をき、


「ほんっっっと無謀ばっかりするわねヒビキ⁉︎」

「死にたがりかよお前⁉︎ 神経網だけは治すの遅れるって、そういっただろうが!」


 心配を通り越した怒声が、遮音幕をめくってすぐに鼓膜を揺さぶる。声の出所は考えるまでもなく、ステージそで近辺。……先の魔法少女ヒビキが、文字通り這々ほうほうの体でいる。

 かけよる白衣姿は、医療スタッフだ。


「魔法少女、そんなに体をボロボロにしても頑張ること? このまま無理強むりじいするんだったら、あなた、ボロ雑巾みたいになるわよ……!」

「おおっとと聞き捨てならないなぁ、もう。私はこれを承知で魔法少女を目指したの! それに、ボロ雑巾になんてなるつもりないね。。いつだって可愛くないといけないし!」


 ニカッと力強く笑ったヒビキ。もはや立ち上がる膝の力すら無いというのに、まだ舞台にたちあがる余裕すら思わせる。

 そんな蛮勇ばんゆうを二人がかりで背負い、医療従事者としての本分を果たすまで、と救護テントへつれていく医術者。


 ああ、気がつけば。

 能砥は業務妨害を百も承知で、そのかたわらに迫っていた。


「……すっげぇ、すっげぇ可愛かったぜ……ッ‼︎」


 担架たんかにてだらんと四肢を投げ出すヒビキに、そう告げる。


 まさかバックヤードに来てまで語る言葉がそれか、と——そんな周りの空気を読みもせず、魔法少女は満面の笑顔を返した。


「でしょ!」


 ひとこと、得意げに応じる。


 まったく野暮やぼったい。……そう顔にあらわして、医療スタッフはヒビキを今度こそ運んでいく。


「アナタって本当に向こう水なのね。なかなかできないわよ、あんなの」

「ン、でも一番に嬉しい褒め言葉。あーしが魔法少女になった時、それが一番嬉しいことばだと思う」

「ああ……。あの人こそ、魔法少女だ……‼︎」


 さも英雄をたたえたように、能砥は晴れがましさを覚える。のみならず、彼の胸に芽生えたのは憧憬心。真相を告げられてまもなく、ということも少しは関わっているだろうが、能砥にとっては最高に可愛くかがやいていた魔法少女だった。


 そこへ、近づく講師陣。


「うーん……その分だと、聞くまでもない気がするねぇ」

「けど不躾に聞くぞ☆ これでも講師って立場にあるしな、というか言われたばっかだっつーの。意思表示、大事だろ☆」


 どこか満足げなハナリとミノ。

 それでは、ぐっとくちびるを引き結んだ能砥めがけ、問う。


「能砥。テメェってば、魔法少女の真実受け止めきれたか☆」

「————もちろんだ。そして、真実を知ってなお、あれだけ可愛さを演出できる……俺は、そんな魔法少女になりたい‼︎」


 まなじりを鋭く。拳を固く握りしめ。揺るぎそうのない覚悟を露わにする。


 ——きっと、いや間違いなく。ここにいる魔法少女志望の生徒たちは、能砥よりも早くこの覚悟を持っていた筈。それこそ、子どもの頃からわかっていた生徒もいるだろう。


 だから、一歩以上に遅れたスタートダッシュだ。ここからがようやく、魔法少女志望として歩き出した地点だ。


「なるほど……。よし、?」

「はい?」

「やぁあちょい待ち。いいじゃん一つ山と谷を乗り越えたんだぞこの魔法少女バカ。たった一日でぜんぶめ込むとか、いよいよ本気で心折りにかかってるって!」

「そう言われてもなァ……☆ 大前提として知っておくこと知っとかなきゃ、話にもなんねぇだろ☆」

「段取りと順序が大切ですよ⁉︎ 一から十を教える前に、しっかり話し合った上でのプランニングを!」


 まだ重要事項がある。

 能砥はそれを聞いて、ぼうっと口を呆けさせた。


「はああぁあああ過保護だなぁテメェら☆ っつーか! 強敵ともだち認定したいなら同じ土台に立つことがふつう☆ 仲間認定したいならせめてもの同じ知識を分かち合えよ☆」

「ぐっ……⁉︎ ……ぐぅ……ぐうのもでない」

「なぜ感動ムードをばっさり突き落とすのかしら……」


 強敵だの仲間だの、先の話を引き合いにだしてまで言い負かすハナリ。重要事項というタグづけ通り、正真正銘のたいせつなことらしい。


 しかし。


「————、つかぬことを言うね。おじさんトイレ行きたいんだ」

「……ヤ、台無しじゃん。マジメさも感動もかたち無し?」

「んじゃあおトイレ終わってからすぐ大真面目な話っつーことで☆ なんかもうそこら辺で待機してろよ」

「具体的な集合場所も放棄……⁉︎」


 話はついた。

 そそくさスタッフトイレに向かうミノと、長時間を見越しているのか放浪ほうろうをはじめるハナリ。ルール無用がすぎる。きっと集合場所をとりつけても、集まらないだろう。


 では、言い付けられた三人は。


「能砥。アンタどうすんの」

「……。魔法少女ヒビキがたいへん気になる。俺の憧れとして気になる」

「要はストーカーしたいのね。警備スタッフに突き出してもらいたいのかしら」

「そんなワケないだろ……。大丈夫か頭……」


 素直従順に佇むつもりは一切ない。なるほど監視がいちばんしやすい席に置かれただけあって、問題児候補こうほたちはどこかネジが外れている。


 とりわけ能砥は、救護テント方面へもう歩き出していた。


「ちょい。さすがに負傷者と面会はさせてくれないって」

「そうだな……。俺も負傷すればいいのか?」

「重要度によって分けられると思うわ。それに、神経網の治療に時間がかかるって言っていたもの。よっぽどの重症じゃないかぎりは後回しね」

「ぐ……ッ。魔法少女ヒビキの話を聞くのと、この両腕を折ること……どっちだ」

「ヤ、悩む要素ようそないし」


 しっかり警備の目があるテントには、忍び込めそうにない。もしもい潜れたとしても医療スタッフが健在だ。骨が折れるだろう。——いや、むしろ骨が折れたら医療スタッフの本懐ほんかいだろう。


 などと、クレーンカメラ操作盤のかげで、三人は論議をかわす。


「っつーかさ、ヒビキに会って何するつもりなん? そんなき火を囲んで談笑とか、って間柄でもないんだから」

「サインをだな……」

「ピュアね。え? というか女性的に興味を持ったとかではないの?」

「女性的に? んん? 何言ってるんだよ?」

「マジの無知むちかぁ……」


 クレーンカメラを囲んでの談笑。中々どうして、奇妙な状況におちいりがちだ。


「でも現役魔法少女、それも今回の花形はながたに会うとか無茶きわまるし。ボディガードとかもいる気がする」

「まぁそうよね。いくら魔法少女だと言っても、演情えんじょう終わりは戦う力がごっそり削られている状況だもの。護衛役のひとりやふたり、いそうだわ」

「ボディガードのフリをして入れたり?」

却下きゃっかね。——スーツは可愛さとかけ離れているわ」

「「確かに」」


 堂々巡りな論争だった。穴がありそうなザル警備に思えるが、いや、そもそもどういった警備体制をいているかもわからない。実は医療スタッフと怪我人だけでした、というオチも可能性としてある。


 ——なので、とりあえず近寄ってみようと結論が出されたワケで。


「ん……?」


 しかしながら、能砥はその直前、ヒビキを見た。見てしまった。

 やや傷は治っていながらも、動きには痛みのあとが見て取れる。愛らしい瞳は、苦痛に歪んで、、戦う意志をしめしていた。


「どうなってるんだ……っ⁉︎」


 焦燥しょうそうにかられる。胸中に騒ぎを覚えてしまい、能砥はその勢いのままにダッシュ。


「ちょっ、どこに行くつもりよ⁉︎」

「単独で忍び込むとかできる筈が、」


 呼び止める雷無らいなとモノギ。位置的に死角たりえる二人には、思い詰めたように救護テントを離脱するヒビキの姿が見えていなかった。


 されど、


「あん? なんだってクレーンカメラにタムロしてんだよ☆ っつーか、重要な本人がどこにも見えねぇぞ☆」

此森このもり先生……! 今、ちょうど能砥がいきなり突っ走って——、」

「はぁ……?」

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