第10話
魔法少女は勝った。
ドールは敗北——つまり、機能停止。
今ここで、ひとつの造りモノが
カモフラージュは万全だった。ドールがさぞや怪演をして、本物の死を前にしたかのようにバタリと倒れた今。……関係者席からは、内側から崩れゆくドールの姿が
なまじ会話が成立していただけに、これが造りモノの死とは思いづらい。いっそ本物の人間がそこにいたと思えてしまう。
だが、それよりも目を奪われてしまうもの。思考を引っぱられるもの。
「なんて笑顔な魔法少女だ……ッ‼︎」
客席に向けてのファンサービス。流血している手でハートのロックオン。
無茶なアプローチを頼まれる。要望通り、安定しない空中
閉幕後のヒーローインタビューめいたものさえ、手抜かりなく全力で
「全身傷んでいる筈よね。なのに……ずっと魔法少女でいる」
「ホントそれ。……んで、ひとつの命を毀したんだって後味をオーディエンスに与えてない。あくまでも
信じられないとばかりに口を開く。奇跡を
いちおう、魔法少女の衣装にはある程度の治癒術式がそなわっている。
つまり、あの魔法少女は、ひとえに精神だけで苦痛をこらえている。
しかも、やや視線をかたむけてみれば、バックヤードの医療班が顔面蒼白。よほど危うい
「これにて終幕だよーっ♡ 来場してくれたみんな! 安全に帰宅すること!」
にっこり笑顔で閉幕宣言。ボックス席をひとしきり
さて、これを後追いできるのが、魔法少女育成科の強み。本日、ここに訪れた目的。
「うっし☆ 本番ふたつめってとこだな! いくぞ、バックヤード☆」
「押さない駆けない喋ってよし。おじさんと約束」
お目付役として先導する講師ふたり。生徒らはこれに
能砥たちもまた、薄ぼんやりとした通路を
「ほんっっっと無謀ばっかりするわねヒビキ⁉︎」
「死にたがりかよお前⁉︎ 神経網だけは治すの遅れるって、そういっただろうが!」
心配を通り越した怒声が、遮音幕をめくってすぐに鼓膜を揺さぶる。声の出所は考えるまでもなく、ステージ
かけよる白衣姿は、医療スタッフだ。
「魔法少女、そんなに体をボロボロにしても頑張ること? このまま
「おおっとと聞き捨てならないなぁ、もう。私はこれを承知で魔法少女を目指したの! それに、ボロ雑巾になんてなるつもりないね。だって魔法少女だから。いつだって可愛くないといけないし!」
ニカッと力強く笑ったヒビキ。もはや立ち上がる膝の力すら無いというのに、まだ舞台にたちあがる余裕すら思わせる。
そんな
ああ、気がつけば。
能砥は業務妨害を百も承知で、そのかたわらに迫っていた。
「……すっげぇ、すっげぇ可愛かったぜ……ッ‼︎」
まさかバックヤードに来てまで語る言葉がそれか、と——そんな周りの空気を読みもせず、魔法少女は満面の笑顔を返した。
「でしょ!」
ひとこと、得意げに応じる。
まったく
「アナタって本当に向こう水なのね。なかなかできないわよ、あんなの」
「ン、でも一番に嬉しい褒め言葉。あーしが魔法少女になった時、それが一番嬉しいことばだと思う」
「ああ……。あの人こそ、魔法少女だ……‼︎」
さも英雄を
そこへ、近づく講師陣。
「うーん……その分だと、聞くまでもない気がするねぇ」
「けど不躾に聞くぞ☆ これでも講師って立場にあるしな、というか言われたばっかだっつーの。意思表示、大事だろ☆」
どこか満足げなハナリとミノ。
それでは、ぐっと
「能砥。テメェってば、魔法少女の真実受け止めきれたか☆」
「————もちろんだ。そして、真実を知ってなお、あれだけ可愛さを演出できる……俺は、そんな魔法少女になりたい‼︎」
——きっと、いや間違いなく。ここにいる魔法少女志望の生徒たちは、能砥よりも早くこの覚悟を持っていた筈。それこそ、子どもの頃から
だから、一歩以上に遅れたスタートダッシュだ。ここからがようやく、魔法少女志望として歩き出した地点だ。
「なるほど……。よし、じゃあ次の衝撃発言をしても大丈夫かな?」
「はい?」
「やぁあちょい待ち。いいじゃん一つ山と谷を乗り越えたんだぞこの魔法少女バカ。たった一日でぜんぶ
「そう言われてもなァ……☆ 大前提として知っておくこと知っとかなきゃ、話にもなんねぇだろ☆」
「段取りと順序が大切ですよ⁉︎ 一から十を教える前に、しっかり話し合った上でのプランニングを!」
まだ重要事項がある。
能砥はそれを聞いて、ぼうっと口を呆けさせた。
「はああぁあああ過保護だなぁテメェら☆ っつーか!
「ぐっ……⁉︎ ……ぐぅ……ぐうの
「なぜ感動ムードをばっさり突き落とすのかしら……」
強敵だの仲間だの、先の話を引き合いにだしてまで言い負かすハナリ。重要事項というタグづけ通り、正真正銘のたいせつなことらしい。
しかし。
「————あ、つかぬことを言うね。おじさんトイレ行きたいんだ」
「……ヤ、台無しじゃん。マジメさも感動も
「んじゃあおトイレ終わってからすぐ大真面目な話っつーことで☆ なんかもうそこら辺で待機してろよ」
「具体的な集合場所も放棄……⁉︎」
話はついた。
そそくさスタッフトイレに向かうミノと、長時間を見越しているのか
では、言い付けられた三人は。
「能砥。アンタどうすんの」
「……。魔法少女ヒビキがたいへん気になる。俺の憧れとして気になる」
「要はストーカーしたいのね。警備スタッフに突き出してもらいたいのかしら」
「そんなワケないだろ……。大丈夫か頭……」
素直従順に佇むつもりは一切ない。なるほど監視がいちばんしやすい席に置かれただけあって、問題児
とりわけ能砥は、救護テント方面へもう歩き出していた。
「ちょい。さすがに負傷者と面会はさせてくれないって」
「そうだな……。俺も負傷すればいいのか?」
「重要度によって分けられると思うわ。それに、神経網の治療に時間がかかるって言っていたもの。よっぽどの重症じゃないかぎりは後回しね」
「ぐ……ッ。魔法少女ヒビキの話を聞くのと、この両腕を折ること……どっちだ」
「ヤ、悩む
しっかり警備の目があるテントには、忍び込めそうにない。もしも
などと、クレーンカメラ操作盤のかげで、三人は論議をかわす。
「っつーかさ、ヒビキに会って何するつもりなん? そんな
「サインをだな……」
「ピュアね。え? というか女性的に興味を持ったとかではないの?」
「女性的に? んん? 何言ってるんだよ?」
「マジの
クレーンカメラを囲んでの談笑。中々どうして、奇妙な状況に
「でも現役魔法少女、それも今回の
「まぁそうよね。いくら魔法少女だと言っても、
「ボディガードのフリをして入れたり?」
「
「「確かに」」
堂々巡りな論争だった。穴がありそうなザル警備に思えるが、いや、そもそもどういった警備体制を
——なので、とりあえず近寄ってみようと結論が出されたワケで。
「ん……?」
しかしながら、能砥はその直前、ヒビキを見た。見てしまった。
やや傷は治っていながらも、動きには痛みのあとが見て取れる。愛らしい瞳は、苦痛に歪んで、敵意に澱んで、戦う意志をしめしていた。
「どうなってるんだ……っ⁉︎」
「ちょっ、どこに行くつもりよ⁉︎」
「単独で忍び込むとかできる筈が、」
呼び止める
されど、
「あん? なんだってクレーンカメラにタムロしてんだよ☆ っつーか、重要な本人がどこにも見えねぇぞ☆」
「
「はぁ……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます