第9話



 曲面ホールの剣戟はつづく。


 魔法少女のふりふりパニエは、魔法少女衣装制作科の卒業生によってまれたもの。防刃・防火にすぐれた魔力の糸束は、並みのレイピアていどほころびさえつけられない筈。

 だのに、これをっ裂いて、玉の肌を切開する刃。しょせん細瑕さいか、されど傷だ。もとよりレイピアは手数に優れている剣種であるし、疲労蓄積を知らないドールともあらばなおのこと。ひらめく斬撃は、星の数に匹敵する。


 いっそ魔法少女ヒビキは、今、夜空の星と戦っている心地にある。


「シューティングスター! 敵ながらにキレイで、目を奪われちゃう……けど、この綺羅星きらぼしの輝きにも負けないカワイイ一等星が、私なんだから‼︎」

「ちいさな輝きなことね。揉み消してあげるわ。百点満点黄金比の、満点星空で‼︎」


 切り結ぶこと十数度、いよいよ地に足をつけた地上戦は拮抗きっこうするだけと判断。ヒビキは、壇上をおおきく蹴り上げる。空中ブランコさながら、天井の機材セットの配管に両脚をからめて滞空——

 そこをめがけ、ふるわれる無際限の刺突。ステージセットの破壊も一顧いっこだにせず。

 さて、ヒビキはその星間にふらり身を躍らせ……


「可愛さにちろ! あふれろ可愛さ♡」


 ここで、投票フェイズ。


 ラストスパートよろしく魔法のステッキを振り上げながら、魔力の噴出点を靴底につくりだす魔法少女。

 固定砲台をささえるアンカーさながら太ももに力をめこみ、逃れようのない剣撃の星海をステージ宙空にひろげるドール。


 ハッキリとしているのは、魔法少女の敗北。今や地面から剣が飛んできているようなもので、そこへ急降下を果たすなど蛮行ばんこうだ。相打ち覚悟としか思えない。

 なにより、そんな泥臭い試合運び・考え方は、魔法少女に似合にあわない。可愛げがない。


「(残念ね新人さん……あなたの晴れ舞台、負け役としてきざみつけて負け癖をつけて、)」


 勝ちを確信した。

 可愛さレスの行動をとる魔法少女、それを焦らずはやらず美しく対処するドール。雲泥うんでいの差であろう。けっきょくのところ、最後までプロ精神を忘れないことが勝利の道筋であるのだ。


 ——そこを、揺るぎなく信じていたばかりに。

 入場チケットでの投票が終了。クレーンカメラによる迫力映像は、最後列にまでばっちり事のあらましを伝えていただろう。


 しかるに、八◯パーセントと二◯パーセントの圧倒比率。


「な……ッ……⁉︎」


 ドールの挙措きょそが前触れなくスロウになった。正確には、スピードがさっきまでの八割減。流星群のようなプレッシングはもはや、見る影もなくコマ送り。まばらに砂礫すなつぶてを投げているかのよう。


 相食んで、魔法少女ヒビキ。

 トップスピードは亜音速にまでたっし、ドールとの間合いは目と鼻の先。魔力による弾丸を得意にしているハズが、こうも至近距離にまで詰める。


「ありがとうみんな! 私の可愛さがクライマックスッッッ‼︎」


 感謝、笑顔、喜悦、ハッピー。

 幸福きわまれりの表情が、そこで視界の天地をいれかえる。——一旋いっせん。奇妙なこと、ヒビキは鼻と鼻とが触れ合う距離にまで近づいて、アクロバティックに一回転した。まるで魔法のほうきにでもまたがっているかのよう。


 ……その意味するところは、暴力的。

 遠心力をかけたオーバーヘッドキックが、ドールのおとがいを蹴り上げる。そのまま魔法少女と同等目線にまで浮かび上がったドール。


 待ち受けるは、八◯センチ台のバランスボールめいた魔弾。


「ヒビケヒビカセロッ、骨のずいまで骨伝導♡ 一局集中ヒビキスプレッドォオオオォ‼︎」

「づっゥアアアァアア骨格と骨子ィ、揺れるゥゥグゥツッィゥウ⁉︎」


 派手なエフェクトが七色ライトによって演出。

 決定打により歌唱隊の美声がホールを揺るがす。


 されどオーディエンスは静まり返って、厳かなラストを待つ。


 ——強化ワイヤーに吊られた台がゆらり、ヒビキのかたわらに。宙に浮かぶブランコのように、ヒビキはそこへまたがると、


「可愛さの勝利——ってね♡」


 かんたんなライフルポーズで観客席に狙いをさだめ、オンマイク、最高に可愛さあふれるボイスを場内に伝わせる。

 ひとたびシン、と静まり。


 たちまち、魔法少女への熱い喝采かっさいがまきおこった。


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