第8話




 満員御礼。八層にもつらなる立体ボックス席が、人ですべて埋まっている。

 会場前の雰囲気はどこか煩雑はんざつで、どうじに期待感につつまれているものだ。これより始まる舞台の進運、鳥肌をさそう舞台演出、感動にひきこむ熱演怪演かいえん。オーディエスは、それらを心待ちにしている。


 ここ大崎おおさき劇場は、ポップアップにより演者があらわれる。

 つまりは、機械音が聞こえることが、まもなく開演を告げることとイコールで結ばれるということ。


 照明がり注ぐ。拍手がおしみなく満ちる。

 開幕ブザーがとどろく。喝采がホールを揺らしにかかる。


 上手かみてから差し迫るパステルカラー。桃色のパニエをゆらゆら揺らしつつ、上結うわむすびにしたツインテールの魔法少女・ヒビキは舞台にあがる。——キラリと、照明を照らし返すかがやきの右手首。彼女が魔法少女たりえるシルシ。


 相食んで下手しもて。ごく自然な挙措きょそでピンヒールを履き慣らし、作り物とは思いがたい銀のサイドアップテールがかがやく。精密機器で造りこまれたまぶたの彫りを縁取ふちどるまつ毛が、人形らしからぬ感情を含んだ。


「お人形遊びは得意かしら? こどもの頃、両親にぬいぐるみを買ってもらった記憶はある? ……それとは一八◯度も位相いそうを変えた舞台が、ここよ」

「人形劇じゃないよ。少なくとも、私は息をしていて、あなたは心があるように思う。人同士、だと私は思うな。だから劇団だよ」

「ひどい三文芝居ね。ああけれど、そうね、可愛さの権化ごんげでありつづけなければならない魔法少女だもの。びた平和の思想、かかげないとエール貰えないものね」

「……美しさだけじゃあ、ないよ」


 言葉のふしぶしに感情をこめて、芝居がかった舌先したさき勝負ははじまる。


 その調子で双方、かろやかなジャンプで山台に飛び乗り、


「「演情えんじょう、開始」」


 刹那、おりに触れてバックライトが噴射。


「イイ舞台装置。私の美しさに拍車がかかる!」

「ありがとうみんなの声援っ、私の可愛さがヒートアップ!」


 柿落こけらおとしに伴い、ステージをぐるりと囲む立体ボックス席が動きを見せる。。魔法少女サイドか、ドールサイドか、手元のタブレット端末めがけ入場チケットの切れ端をさしこむ観客たち。


 第一投票フェーズは、六◯パーセントと四◯パーセントの比率だった。魔法少女のパーセンテージが低い。新人であることも相まっている。


「その可愛さ、すぐにゆがみことになるわね。痛みで」

「美しさの黄金比、崩させてもらうよ!」


 投票によるバフを受けて、ふたりは武器をもちだす。舞台装置製作科によるハンドメイドだ。


 魔法少女はラブリーさをらしたステッキを。

 ドールは一振りのたおやかな細剣を。


 ここで、舞台中央にて曲面削り出しの大ホールが出現。アクロバティックな一挙手一投足を披露しながら演者は向かう。


「鮮やかに散らせ血のはなをッ」


 スタートを切ったのはドール。精巧せいこうな太ももがバネを矯めて、一挙、間合いをドッとつめる。細剣のレンジに魔法少女を捉える。

 であるが、。舞台である以上、血の表現はライト演出によって織り成されるものだ。


「っとと!」


 その筈が、ヒビキは必死にかわす。


 ともすれば返し刃が逆袈裟ぎゃくけさを描き、


「ぐぅぅうぅうう!」


 すかさずステッキの柄が、胴体と刃との間に挟まる。間一髪、ギャリと金属の擦れる音階がステージマイクに轟いた。

 もっとも、細剣の本分は刺突にあり。ドールは先触れをしているだけだ。


 そして、魔法少女の本分もまたステッキに魔力を込めること。


「色味を〝赤〟に、燃えゆくお人形の肢体したいをここに!」


 息が触れ合う彼我ひがの距離、ステッキに呪詛をつむぐ。魔法の発動。


 ドールはすぐに刃を離し、鎌首かまくびをもたげるよう床板をバウンドする炎——を表現する追尾ライトから、倒立背転で逃れる。舞台上の炎表現として、うねくるよう標的を追尾するただの赤ライト。これを、


「なかなかどうして、やるじゃない」

「この晴れ舞台に選ばれたんです……っ。ちょっとやそっとで、負けられない!」


 オーディエンスの感情をさそう言葉。戦闘は感情とともに激化していく。




 ——さて、ここまでが一般席からた事のあらましだ。

 裏幕、いわゆる関係者席からアクセスする事の一連は、まるで違う。


「————っ」


 無石むせき能砥のうとは色を失っていた。

 大好きな演情のハズなのに、言葉を絞り出すことさえできずにいる。


 無論、両隣は不審に思うにきまっている。


「能砥。……能砥! いったいどうしたっていうのよ!」

「…………ッ。なん、で。アレ、は……雷無らいな、モノギ、⁉︎」

「は————?」


 いっそ悲鳴すらあげそうに、能砥はおののいていた。


 そう。能砥の目の前の光景と、オーディエンス席の光景とは、まるきり違う。真剣しんけんと魔法だ。舞台演出という魔術によるの影響が、関係者席には及ばないのだから。

 考えてみればわかることだ。学園では、どの科であろうとも魔道学が必修科目。それは、どの科においても魔術が必要不可欠であるということ。


 とりわけ、舞台演出にたずさわる者は、鍔迫つばぜり合うを、リアルタイムで隠さねばならない。


 スポットライトなどの機材操作にたずさわる者は、ぶしゃぶしゃと飛び散る鮮血を、あたかもライト演出のようにするべく、ライト光量を魔術で処理せねばならない。


 そして、演者。魔法少女とドール。

 魔法少女は、術的処理エンチャントによって無駄な動きを削らねば即死する。そもそもフィジカルが人間の生身ではもたないので、身体強化もしなければならない。魔術を学ぶとはそういうことだ。


「どういう……ッ! 知ら、ない、なんで魔法少女が血を流して……ッ」


 痛みをこらえ、笑顔をつくる。

 声色に苦しさをにじませることなく、ファンの応援——入場チケットによる間接的な魔力支援バフを求めるべく演じる。


 魔法少女は、血みどろだ。


「なぁ止めないと……、こんなのイレギュラーだよな……っ、こんなの、」

「これが魔法少女だっつーの☆」

「っっっ」


 当惑する能砥のとなりには、いつのまにやらハナリが侍っていた。見れば仮設シートを用意してあり、ちゃんとお行儀ぎょうぎよく座っている。

 用意がいい。まるで事態を予見できていたかのよう。


「魔法少女はキレイで、可愛い。オーディエンス席から見れば、その通りだよねぇ。けど、これもまた魔法少女の一面なんだよ能砥クン」

「ミノ先生……⁉︎ 一面、って」

「やっぱ知らなかったんだな☆ ヤ、いまの時代、そういう教育方法も間違いじゃねぇよ。むしろお利口りこうさんなぐらいだ。……だけどよ、それじゃあイザ魔法少女に憧れちまったとき、どう折り合いつけるのか」


 ミノも仮設シートに安座して、驚愕にれる能砥に語らう。


「悪いね能砥クン。親御さんには責任をもっておじさんたち教師が謝罪にいくさ。だから……これから味わう魔法少女の真実は、ぜったいに記憶に焼き付けてくれ」

「まぁこの学園に入学するには保護者同意書がマストだからな☆ 本人たちも、遅かれ早かれこれを打ち明けるつもりはあったハズ」


 驚きと動揺をハーフアンドハーフにする能砥。ただでさえ情報量に流され、いままで固持していた常識がまるきり卓袱台ちゃぶだい返しされたようなものである。

 これでは細かな説明をされようが、ハンパに理解することもできないだろう。能砥自身、猜疑心さいぎしんを手に入れたのはつい昨日なのだ。受け止める準備もできていない。


 故にあらかじめ準備をそなえていた二人が、代打チェンジ、首を突っ込む。


「ちょい待ちー。本人同意ゼロで話進めるとか、これ以上に理不尽ぶつけんなし。こいつはたった今、人生観じんせいかん狂うぐらい理不尽たたきつけられてんのに」

「本人認証は重要なハズね。どれだけ最優先に押しつける事があっても、本人の意思だけは確認すべきだもの。それに、」


 真摯しんしなおはなしだ。

 こうも情報の波にまれていてもなお、中心にて、能砥という夢追い人はステージをひたすら凝視している。魔法少女を嫌いになっていない。見たくないと、恐れる対象になっていない。


「劇、というエンターテインメントにのっとった形式なのは、伝えたいことがあるからだと自論をぶつけるわ。自分の目で見て、感じ、思うことがあってほしい——そういう意図が、根っこにあると思うのだけれど?」

「……この場。こいつにとって、これからどう魔法少女を認識していく、向き合っていくかの大切な契機キッカケなワケ。知識人に詰め寄られ言い寄られ、寄ってたかって邪魔するものじゃないでしょ。それ」


 つたない理詰りづめだった。こういった状況が訪れた時、こんなカードを切ろう、とでも思いついたようなもの。第一稿から練っていないレポート同然。


 だが興味深そうに、ミノは問いを投げる。


「ふぅむ。そうまで言葉を重ねる理由はなにかな?」

「こんなにも真っ向から競い合える強敵ともだち、道半ばで追い返したくないわ」

「大事な仲間だっつーの。……それに、単純な話、いっしょにいて楽しかったし」


 クイックレスポンス。決まりきったことを聞かれたように、雷無とモノギは即断即決。

 これには、感心とばかりに眉を上げるミノ。


 そこに挟み込まれる当人の懇願。


「————俺も、いや俺は! 自分で見極めたい、真実とやらを」

「たとえ想像の三歩先にあっても、かァ☆」

「……情けない話だが。魔法少女の真相にすこし触れたぐらいで驚いてしまった。だけど、そのていどで俺をげるつもりはないぜ」


 キッと、カモフラージュにまみれた壮絶ステージを見据えた。


「俺は、魔法少女になりたいんだからな! そうやって、憧れてしまったんだ」

「……ハッ。やっぱ最高に魔法少女バカじゃん」


 あまりにも雄々おおしいよこがお。でありながら、期待と夢に染まった顔色はリアリティをいっさい知らない可愛さを孕む。

 ——嗚呼すなわち。


 さすがは、と微笑ほほえむ雷無とモノギ。


 一方。思うことがあるように、ミノとハナリは黙し……


「ハハッ良いな、最高にうだった心構えだ☆ 文句ゼロ」

「青春なんてリアルに見せられちゃあね。おじさんは弱いのさ」


 芝居仕掛じかけのように剣呑さをほどく。


「そこまで言うならよ、見極めろよ自分の進みたい道☆」

「うん。これ以上おじさんたちは演情中、口を挟むことはしないさ。能砥クンはそう決めたみたいだもの」


 あっさりと。きっぱりと。

 生徒の行く末を真正面から向き合おうとしていた講師二名は、仮設シートを閉じる。薄暗闇に戻っていく背中すらも、いさぎよし。


 ——さしもの雷無も、モノギも、能砥も、眉をひそめてしまう。きっともう一悶着ぐらいはあるだろうと構えていたものの、この引き際の良さは果たして、


「通じたんだな……俺の、魔法少女愛が」

「ヤ、違うでしょ。もっとこう、別途べっとに目的あったからって感じ」

「そうね。けれど、今はいいとこ取りだけを考えるべきよ。棚上げにしろ、とまでは言わないけれど……良いことのために悪いことを正す方が、だんぜんイイもの」


 不確かなものを考えるよりも先ず、目下もっか、繰り広げられる魔法少女の真実を考えるべきだと。雷無はそう言う。



 実際、どっさり背もたれに戻ったミノもハナリも、そうしてほしいと願う。

 都合がいいことだが、


「なるほどなァ、あれが能砥の魔法少女たりえる可愛さ☆ なんともぎょしがたいよなァホント。心配事がおおすぎだっつーの☆」

「しかも、無知であるほどに魔法を制限してしまう多田たださん、無知に対してもそこそこ前向きに向き合う静騒さいじょうさん、と仲良さげとはねぇ」

「ハ————、とかさァ☆ あいつの両親はこれを予想して教えていなかったのかぁ? なら策士だ」


 ひたむきに推進する魔法少女志望の姿。まさかそこに、そんな要素がからんでいるとは思わなんだ。


「いやすまないね。おじさんの好奇心こうきしん……というか、年寄り故の心配心に、こうも付き合ってもらえるとは。まさしく思わなんだ、だよ」

「そりゃあ無想定だっつーの。あいつの場合は無知——知らないこと、だ☆」

「うーん。なるほど、異常児というか、異端児が集まるんだねぇ、此森このものり先生には」

「つくづくな。だからこそ育ちきったのを見ると、最高に感情ズタズタにされんだよ☆ 今だって、気張るヒビキの姿を見りゃあ——感情が動くって話☆」


 ハナリの視線は元・異端児のもとへ。追って、ミノもまた魔法少女のもとへ。

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