第7話



 四月三日目。


 多田ただ雷無らいながまちがえて組んできたスケジュール。

 四限制の学園にて、休憩をたびたび挟みながら〝魔道学まどうがく〟という科目を勉強する本日。魔法少女という魔法まほう魔術まじゅつをとりあつかう存在になるために、必要不可欠な知識と実技を得るための講義————


 だったハズなのに。

 本日早朝、東京都大崎おおさき劇場につどう魔法少女育成科の生徒たち。


「いきなり劇場。っつーか、急遽きゅうきょすぎる日程変更じゃん。わりかしビックリしたが??」

「そうだな。うん、それもあるんだけど……すごいな雷無。お前、持ち物不要って言われたのに、魔道学のセット持ってきたのか?」

「黙りなさいな魔法少女変態。備えあればうれいなし——憂いを感じたくないのよ」


 財布とスマートフォン、定期乗車券、学生証。せいぜい持ち物はそのぐらいの筈、雷無はしっかりトートバッグをげてきた。


「マジメ……ヤ、なんつーかけっこうおバカ系。スラっと身長あるのに愛らしすぎるでしょ。可愛いな」

「いえ違うのよ。私の魔法は知識のなかでだけ消去デリートできるもの——だからこそ、知識を増やさないといけないの。決して朝ぼーっとした状況で変更説明を聞いていたワケではないのよ」


 胸をトキメかせながらモノギは雷無に詰め寄った。だいぶボロが出てきておられるようで、クールな声音がやや上擦うわずっている。


 そこで助け舟。いや、むしろ恨み節。


「オイオイ、私の前で若々しいキャピキャピかよ☆ 仕留めるぞ」

「ヤ、教師と思えないんですけど。物騒」

「ハハハハハハハハハ☆」


 学生時代の終わった担任は、学生時代を謳歌する生徒に怒りをあらわす。可愛げのある声質と、こめかみに取ってつけたようなお怒り血管。——ピキピキ、と効果音すら。

 もっと教師らしい理由で叱ってほしかった、と能砥のうとは思う。なにぶん目前に劇場があるので、一般のお客さんに迷惑にならないようにとがめるなど。


「まぁ劇場内で騒がなけりゃいいぜ☆ とかく、認可生にんかせいの晴れ舞台を授業参観だ。演情中に先輩の株下げるような、後輩らしからぬことはすんなよ☆」

「おぉう講師! そうそうそういう講師力がカッコいいぜ!」

「女だぞ、オイ☆ テメェも仕留められたいのかよ☆」


 色めき立つ能砥、その脇腹をずんずん小突く担任。片腹痛い。文字通り。


 さて、今の通り、本日は卒業生が魔法少女認可を終えてからの初演情だ。これが、おなじ場所で学んでいた故に、になることが多いだろうと日程を急変させた。

 学園生徒は、裏手のバックヤード関係者席にて、観覧することと相成あいなる。


「卒業生か……入学三日目にして、いわゆる過酷を乗り越えた先達せんだつに会うなんてな。絶対カワイイぞ。可愛い魔法少女だぞ」

「まぁ、そりゃ魔法少女に晴れてなったワケだし。とりま、絶可愛カワはそうだとして。イエベ・アオベ・ギャルベのどれにあたうか気がかり。可愛さの系統が変わるし」

「……? すまん日本語しか話せなくて。外国語か?」

「ダメよモノギ。ファッション誌をたしなむような人間に見える、能砥が?」

「素材はいいのに。魔法のステッキ食べてそうだからなぁ……わりとガチに」


 遠回しにあたまが弱そうな見かけ、と。


 もっとも、その諷意ふういにいっさい気づくことなく、


「魔法のステッキは食べ物じゃないだろ……。魔法少女になれないぞ」

「アンタすごいよね。ふつーに見上げるわ」

にぶいぐらいが折り合い丁度いいんじゃないかしら? 隣に勘の鋭い子をおけばいいだけだもの」


 そんな他愛なさを話しつつ、一個団になって裏口から劇場入りする魔法少女育成科。男ひとりがたいへん目立つもので、いかに雷無とモノギに間挟まれていようとも目につく。

 ちなみに二年次、三年次、ひいては中等部の魔法少女育成科もいる。そのいずれにも男子がいないので、肩身かたみが狭いこと。


 いや。

 一人、男性が照明班の方々ほうぼうと語らいあっている。


「ん……おっと痴話ちわゲンカップル。劇場入りも横並びだなんて、おじさん感心しちゃうよ」

「ですからカップルではないと——」

「ヤ、あーしを忘れんなし。可愛がるぞ」

「君がいちばんタチの悪い可愛がり方だったんだよ……。というワケでね、おじさんは身の危険を感じてレンジを取っておこう。悪いね能砥クン、男の子はひとりぼっちだ」


 軽口もそこそこに、脅威きょういを感じとって退散を図る。機材の配線でごった返す床を、ひょいひょい駆けていく足捌きは目をみはる。しかも、スポットライトの光量を公演まで温存するために、ずいぶん舞台裏は暗いというのに。


「体運びが慣れているわね……やっぱり現役げんえきは嘘じゃない」

「まだ疑心アリだったん? あのちんまり魔法少女姿を見ても?」

「さいきんは科学文明も発達しているもの。ボタンひとつで魔法少女の姿にいつでも変化できる……という線もあるわ」


 猜疑心さいぎしんまみれで、せっせと離れていく白衣シルエットを見送る雷無。


 しかしながら、関心の穂先はすぐに別方角に向く。


「ところでアレ、立体クレーンビデオカメラよね。そそられるわ」

「ちょいちょい、自由行動とか許されてないから。っつーか、まずは席の確認からっしょ」

「むぅ不満。……私の場所も確認しておいてくれてもよいのよ?」

「席が近いとは限らないぞ。誰だって最前列で魔法少女を応援したいだろ。俺もだ!」

「ホント魔法少女ばっか」


 間近まぢかで見られる裏方機材に、興味津々な雷無。

 これから現れるであろう魔法少女が楽しみでならない能砥。


 はなはだ制御がむずかしい二人だ。というか、雷無がそちら側とは思わなんだ。


「っし☆ 席を確認次第、とっとと座って待機な。フリータイムは公演後に設けてるから、今は公演だけを楽しみのかてにしろよ☆」


 引率いんそつ役たる担任の開演前注意。

 これには、雷無もしぶしぶ従うしかない。そもそも講師席がきちんとある以上、下手に自由行動をすれば今後が危うい。


 では、席順。


「横一列に同じって笑える。ヤ、笑えないわ。真ん中に魔法少女バカがいるんだもんな、興奮極まってシャウト厳禁」

「しないぞ! おそらく」

「絶対をわせよ」

「このセカイに絶対という言葉はありえないわモノギ。いつも不確定よ」


 なんと奇しくも、三名は横一文字に列席だ。いや偶然もなにも、厄介というか危険分子だと見抜いた担任がそう仕組んだだけだが。


 ともかく、講師列から四六時中にモニタリングできよう位置合い。でありながら、オープン席最前列という好待遇こうたいぐう。……講師席が能砥たちからは死角、というので、さまで不満はなく席につく。


「二週間ぶりだ現場観覧……‼︎ あ、そういえば雷無とモノギは、チケットでアート作る方か?」

「アート……? ヤ、短冊型の長方形はおりがみと違うし。んで、今回はでしょ。アートもなにも折りたためない」

「——よくわかったわね」

「はぁ……⁉︎」


 入場チケット。演情のフェイズが変わる都度に、点線から切り取った切れ端をおてもとのタブレット端末に挿入——

 その段階で自分が、ドールサイドであるか、魔法少女サイドであるか、どちらを応援するかの意思表示を行う品だ。


 いちおう紛失ふんしうtと汚れ防止のため、アクリル素材でできているのだが……


「だよな……! こう、折り鶴とかにしておくとさ、チケットがこう魔法少女のもとに飛んでいくような気がして良いよな」

「甘いわね。〝ほのお〟の術式をてのひらに込めて、その熱でハート型に成形するのよ。愛がいちばん伝わるわ」

「そんな方法があるのか⁉︎ 運営スタッフさんにバレないよう魔術を使うだなんて」

「ヤ、厄介オタクかよ。っつーか欠損しても読み込むんだこれ。初耳」


 講師たちの判断は間違っていなかった。

 この二人はおバカだ。——胸のうちでそう決めるモノギ。


「……え何。じゃあこの無料配布のパンフレットにもなんかあるん?」

「当たり前だ! とくにミュージカル形式のときは、バックコーラスがようチェックだな。魔法少女育成の事務所に所属している魔法少女のたまごが多いんだ」

「ここから超人気をはくすような逸材さんも出てくることがあるわ。それに出演キャスト欄には、遊び心で隠れサインを入れているような子もいる……もちろん直筆よ」

潤沢じゅんたく知識がすぎるが? あーうん。疎外感。楽しむ準備万端なワケね」


 想定をはるかに超えた魔法少女愛をくりだす二者。横続きの席のハズ、妙にモノギは浮いている感が湧いてくる。


 されど、その肩をぐわしと鷲掴わしづかむ能砥。


「ちょっ……んん……なんだし?」

「安心してくれ。最高にモノギが楽しめるよう、バックアップするさ!」

「異論ゼロね。任せなさいな。楽しめるわよ」

「わ、かったから。了承だから、肩離す……!」


 予期せぬタッチに戸惑うモノギ。まだ照明が点いていなくて助かった。ほんのり顔に赤がさしている。


 だが盲点もうてん。モノギがいちばん講師席から見えやすいのだ。

 ビキビキと、口の端を歪ませる者がそこにいる。


「アイツらァ……青春ムーブかよ☆」

「あらら。てっきり能砥クンと多田クンがお熱だとおじさんは踏んでたけど……いやぁ、競馬がよく外れるから頼りにならないね。勘なんて」

「ハハッ生徒がしっかりいんのに競馬とばく話題かよォ☆」

「そういう此森このもり先生も生徒にねたみ向けてるでしょ……。ああいうの、お酒かたむけながらニヤニヤしているのが丁度いいの」

「名前呼べよハナリって名前あっから☆」


 柱谷はしらだにミノ、そして担任——此森ハナリ。妙に一緒であることが多いデュオは、若者にむけて感想をつぶやく。


「っつーかあれパンフかぁ? ンだよンだよ将来の子供の名前はこんな感じがいいよね、って浮かれ心地ごこちかよ☆」

「飛躍するねー……。単純にパンフレットの中身を見ていると思うけど。ああいや、ひとつのパンフレットを三人で見るとかえらく青春だねぇ。肩とか手が触れ合ってトキメいてほしいねぇ」

「肩パンすんぞ☆」


 まったくの正反対。負のオーラ満々でいるハナリと、喜のオーラ満悦まんえつでいるミノ。この二人が仲良さげなのは、学園の七不思議でもある。

 そんな双方が、ふとマジメな顔をして、


「で、だ。今回の卒業生の子、此森先生が担任を持っていた時でしょ? 僕はその頃、中等部の担当していたからさ。どういう子なのかな」

「……努力家だよ。それで、自分の根っこをちゃんと持っている子だった」

「——大事なことだね。。敵と味方の区別・分別はしっかりとつけられる子が制す」


 パンフレットの主演キャスト欄。

 記された本日の花形はながた、魔法少女ヒビキ。彼女はかつて、ハナリが担任として受け持ったクラスの一人だった。卒業後に手腕を見込まれて、ちいさな事務所に籍をおくこととなったが……


 よもや、こうも奢侈しゃしきわまる舞台の上で、それも主演を飾ることになるとは。


「ハッ☆ 昨日のことみてぇに思い出せんのにさ。私が教鞭きょうべんに明け暮れてると同時に、アイツもひたむきに頑張ってるって話で、」

「——上映前に涙を流しちゃ勿体ないかなぁ。それに、舞台そでで、ちゃんと演じ上げた元生徒にこそ見せるシロモノのはずだね。僕には勿体ない」

「っつオイ☆ ならハンカチでも貸せよ☆」

「おじさん子どもの頃から風圧派だから。こう手をパッパッとね」

「……カッコつかねぇぞ☆」


 泣きっ面を見せないように、あるいは泣いていないとでも言い張るように。調子を狂わさず天井をあおぐハナリ。

 無論、ミノもまたいつも通りを崩すことなく、ニカッと笑う。


「おじさんは可愛くらないとね。魔法少女だもの」

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