第6話



 無石家むせきけは、両親が働きづめであることで、お金に困った試しが今のところない。もとより母も父も、物欲はまるきりなかった方だった。その遺伝はしっかり能砥のうとが引き継ぎ、代わりに能曽実のぞみが物欲をもった、と……


 ただし、おねだりの仕方が毎度まいどおかしい。部屋から出てこないのだから、方法はたしかに限られてくるのだろうけれども。


「あにぃ。丸いものが好きだな、妹は。映像媒体ってそーいえば丸い。円盤ブルーレイディスク。妹は若いからさいきんの流行をおさえているぞ。方向性はアニメ」

「えぇと……」


 オムライスを運んできた能砥は、能曽実の部屋前でかたまる。


「……欲しいものでもあるのか?」

「そのものズバリ言わないぞ。妹はあまのじゃくだ。婉曲的えんきょくてきだ。……照れ屋だ」

「そうか……だけどその情報量じゃ、予定してないクリスマスプレゼントみたいになるぞ。これじゃないと駄々をこねる」

「——宇宙コスモ戦記メタリオン☆キラッとマジック少女」


 ぼそり、とタイトル名をかんする妹。たえなる声だ。このまま劇場で歌唱隊のメンバーにいても、なんらおかしくはない。兄はそう考える。


「わかった。ブルーレイディスク、でいいのかな」

「さすがあにぃ。できる兄。………………いーと」

「スイート? あぁ大丈夫だ、オムライスの卵は甘く仕立ててある」

「はぁ〜〜〜〜……要件ようけん終了。あにぃは下がってよろし」


 不機嫌さを歯にはさめるように、能曽実は兄の出番にピリオドを告げる。


 だが、今日ばかりはちょっと違う。


「能曽実。ドア越しでいいんだが……いっしょに、食べないか」

「……突然びっくり。もしかすればあにぃも要件が?」

「大したことじゃあないんだけどな。すこし話をしたい気分に駆られた」

「————許可」


 すると、開かずのドアにもうけられたペット用出入り口がかぱっと開く。子猫も犬もっていない。このちいさなドアはご飯の受け渡しで使っているものだ。


 能砥がそっと配膳台をそこに近づけると、そそくさ小さな手が受け取る。どうやらドアの前にいるらしい。

 すとん、とほんの些細ささいな衝撃が床材をつたう。妹がドアにもたれかかって座った。


「今日、帰り道にちょいと疑問が浮かんでさ」

「ん——」

「歯に物が挟まったような感じで、話題がれていったんだ。おまけに、一番悩むだろう、一番ピュアだ、とさえ言葉をかけられてな。うーん。意味が難解なんかいなんだ」

「情報量不足。判断がむずかしい」


 パラパラのチキンライスをはむはむ咀嚼そしゃく、もごもごとした声が説明不足を投げてくる。まったく出てくる音が可愛らしい。魔法少女に向いている。


 さて詳説しょうせつパート。

 そこまでの経緯けいいを、能砥は噛み砕いて語る。ちょうどオムライスも噛み砕く。


「————っていきさつがあってだな」

「……そっか」


 か細い声が、聞こえる。


「いやぁどういう意味なんだろうな……。ピュア、苦悩……うぅん」

「あにぃ。人には誰でも秘密があるよ。あの……あにぃは裏表うらおもてゼロだから、そういうの無縁かも。けども、私にもある」

「秘密……。秘密か」


 やけに真剣な声色だった。つい能砥まで、大事なお話を持ちかけた気分になるほど。


「じゃあ、俺がミノ先生だったり、雷無らいなやモノギの秘密に触れそうになった——タブーを犯しそうになった、ってことになるのか……?」

「うぅん、あにぃの場合は人じゃないと思う。人じゃなくて、物。それもきっと知識とかとりまく環境だとか……重要なもの」


 能曽実は、そこで一旦ことばを区切り、


、とかの致命的な違いがあるのかも」

「常識……」

「教育方針とか、家庭内事情とか、ことばが出てきたみたいだし。あにぃも、私も、なにか気づけていないことがあるのかも」


 まるで、ずっと前から怪しんでいたように。能曽実は臆見おっけんをする。


 だが、しょせん答えに辿り着かない会話だ。明確に解答をもっている人物が、この場にはいない。


「……家庭内か。じゃあ、母さんや父さんに聞いてみるのが手っ取り早い、のか」

「ん。私やあにぃよりも長く生きてるから。……心当たりはあるかも」


 この場はそう結論づける。ごもっともだ。きっと、変に結論を急いでしまっても、先入観が宿やどってしまう恐れがある。


 しかし能砥は、そんな棚上たなあげ解答に落ちついても不満げではない。むしろ、嬉しげにオムライスを頬張る。


「ふふふハ——いやぁ嬉しい」

「? いまのトークに喜び要素あったかな。あにぃはたまに変人」

「……ほとんど孤食していたからさ、いつも。家族といっしょに食事ができるって、すっげぇ嬉しいんだ。ちょいとひねこびているかもしれないが!」

「……っ」


 上機嫌じょうきげんに語らう。いかにドア越しといえども、能砥の背中には能曽実がいる。それが、いつも距離を感じているだけに喜ばしいのだ。


 ところで。


「あにぃ。……ホント、いつ後ろから刺されても不思議じゃないよ。ピュアって言われたのも遠回しな皮肉ひにくかもしれない」

「そうなのか⁉︎ どんな皮肉なんだ?」

「そういうトコ。あにぃは夜道に気を配るべき」


 能曽実がやけに機嫌をそこねている。口をとがらせている気配もある。

 だが表情の豊かさが感じられて嬉しい——と、どこまでもニコニコする能砥。いっそ魔法少女になれる、とさえ一考しているものだ。


「ごちそうさま。……あの。いつも、ありがとあにぃ」

「————。やめてくれ能曽実、俺が泣いてしまう」


 感きわまる。


 そこに、綺麗さっぱり平らげられたお皿が戻された。


「ぬぬぅ。……リアルトークは精神摩耗まもうがはやい。あと、うん。あにぃがお変わりないようで、安心アンド不安になった。もう寝るね」

「お、おう……。いい夢を見てくれよ、おやすみなさいだ」

「ん……」


 就寝前のおきまり文言をわすと、能曽実ののそのそとした足音が聞こえた。いちおう部屋から出ることがめったにない能曽実ルームには、洗面台とトイレとお風呂がそなえついている。——まもなく、ちゃんと歯磨きの音も聞こえてきた。


 能砥もまた、夜を迎えるにあたって寝支度ねじたくをはじめる。

 この段になって、能砥のあたまには能曽実との過去がよみがえった。


「(……能曽実。秘密か——それは、つまるところ)」


 能曽実が小学生の時。まだプライバシーなど毛ほども考えていなかった能砥が、かりにも異性の部屋めがけノックなしに扉を開けたあの時。


 能砥は、ドアをそっ閉じしたのだ。


 お友達にもらったコスプレ衣装に、ちょっと目覚めてココロ踊らせていた能曽実の姿。それを前にして、能砥はとてもドギマギした思い出がある。この感情の正体がまるきり分からず、あのときは扉をそそくさ閉めたものだが……


「(扉をしっかりロックして、俺の前に姿を現すことはない。秘密の保持。秘密がバレることを恐れる——俺が、トラウマを植え付けたようなものだ……っ)」


 能砥は能曽実の秘密を、今の状態を、そう解釈かいしゃくする。

 能曽実は過去のトラウマから、こうなっていると。


 「(だが)」


 能砥には申し訳ないという気持ちとともに、ひとつ、ゆずれない妹への感情がある。


「(間違いない。能曽実はとんでもない魔法少女の素養がある)」


 血縁関係からの太鼓判たいこばんではない。

 純粋に、魔法少女をめざす一人として、そう感ぜざるをえない。既に現役魔法少女として活躍している、と言われてもおかしくはない。


 だけど能曽実は中学生。そして、魔法少女認可の儀式は、たいていマスメディアを通して大々的に行われるものだ。

 そんな場面を見ていないし、そんなお話を家族として聞かされた覚えはない。能曽実はまだ魔法少女にはなっていないワケだ。


 はなはだ勿体ない。能曽実は燻っているような人物ではないというのに。


「なんて、それこそ妹だから、と思ってしまうのかな」


 罪悪感とともに芽生めばえる期待に、能砥は我ながらに苦笑する。ともない、やはり能曽実がもっている秘密とやらも気になってしまうのだった。

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