第5話



「楽しかったな」

「ええ。同時に恐ろしくもあったわ……。あのクラス、アナタだけではないのね変態」


 あのあと、演技指導の授業はしっかりついえた。あの状況下でも、せめてもの異性接触だけは避けようと魔法少女姿を保持しつづけたミノはさすがと言えよう。


 ところで、能砥のうと雷無らいなはその地獄絵図をひたすら見ていたのだが、


「アナタもてっきりおさわり組に加入すると思っていたのだけれど?」

「魔法少女にお触りなんざ厳禁だ! まして俺は男で、ミノ先生は女だろ」

「元は男よ……?」


 基準値がどうなっているのかも分からず、つい雷無は反射的にぼやく。


 すると、その輪組わぐみにひとり駆け寄る。


「よぅっす。……けっこう騒いでいた割に、ああいった場面では冷静とか変な常識枠じゃね、アンタら」

「む……ダウナー系の」

「名前を呼べっつーの。あーしは騒静さいじょうモノギ、って自己紹介をしたと思うけど」

「コレのアンテナはちょっとよく分からないわ。たった今、より迷走したもの」

「うん……? メタファ?」


 完全下校時刻をしらせる時鐘ときがね。それとともに三人はならんで歩きだす。

 話題はもちろん、学園について。


「絶対イロモノしかいないって踏んでたけど……的中てきちゅうだなァマジで。講師すら現役魔法少女だとか徹底されてる」

「同感ね。おまけに性別も身長も、顔つきも変わるんだもの。あれなら保育園につれていっても一発オーケーよ」

「保育園に合法現役魔法少女を……⁉︎ 素晴らしいなっ、英才教育極まれりだ。きっととんでもない逸材が現れる!」

「ホント魔法少女におねつだな……」


 魔法少女好き、というのは、こんなセカイになったのだから珍しくもない。歴史書をかじってみれば、魔法少女は女児向けアニメ、ひいては深夜帯に放送されるアニメに頻出していた。時代が変われども、魔法少女がきわめて珍しいものでもないのだ。それを好む、たしなむ者もまたしかり。

 だが、この極めつけは珍しい部類だろう。なんかもう魔法少女さえあれば生きていけそうな極限の彼は。


 そんなお目々めめキラキラ能砥をさしおいて、雷無とモノギは話をうつす。


「……だけど、あのノミは確かな実力・知恵にんでいるわ。やるせなさに溢れている分、すなおに認めるのが癪ではあるけれどね」

「わかりみ。現役魔法少女って言葉、さすがに尾びれついたホラって思ったけど、人を指導できるほどに造詣ぞうしが深いってーなら頷くわ」

「ええ。。……相当に強いハズ」


 大人おとなの魔法少女を物珍しそうに語る。ミノが魔法少女に変身したときも同様で、クラスのメンバーは能砥をのぞいて皆、驚きに言葉を失っていたものだ。


 すると、能砥もまた驚きと感動を露わにする。


「だよなぁ、凄いよなぁ……! 年をいくら食おうが、魔法少女らしく可愛さをキープしている。ミノ先生はとんでもないやり手だぜ‼︎」

「「…………?」」


 まるで得体の知れないものを見るように。

 さもせないとばかりに黙して。


 ひとつ静けさが満ちる。春先の桜花弁マシマシの風が、三者——いやいっそ二者ひとりの合間を吹き抜けて、


「アナタもしかして、」


 言いさした雷無のすぐ隣、学生寮直通の特別運行バスが到着。ドライバーは乗車をうながすブザーを押したらしい。


 雷無のことばは冒頭ぼうとうしか拾えなかった能砥。つい小首をかしげる。


「……まー、教育方針はさまざまだし。こうなると家庭内に事情アリ」

「…………そうね」


 雷無とモノギは学生寮行きだ。かされるようなブザー音を、無視はできない。


 ——果たしてそれが理由だったか——


 人は未知に恐怖するという。この場合、未知を見たのは能砥、いや、


「なんだ? 質問的なものじゃなかったのか?」

「悪かったわ。もしかすれば、アナタもトランスセクシャル魔法少女になるのかもね、って言いたかっただけよ」

「そんな簡単なものか……? 激レア! って感じがするぞ」

「——なれるんじゃないかしら? 今のところ、


 そう告げて、雷無は乗り降り無料のバスに乗車。

 モノギもまたならい、だが去り際に、


「アンタ誰よりも悩むことになるよ。……くじけるの禁止、どうせならその魔法少女バカを貫き通して、魔法少女になれ」

「お、う……?」

「っあー、慣れないし気恥ずかし。あーしの柄じゃないな、こういうの」


 くるりと足を捌き、モノギはこちらに背中をむける。ほぼ同時に分厚い扉は閉まる。うえから十重二十重とえはたえと魔力障壁をかさねるのは、えらい防犯対策だ。


 ——おともなく、快適に、快速に。すいーっと過ぎ去るバスを見送って、能砥はもれなく謎を考える。


「ピュア……誰よりも、悩む?」


 はてさて難解ななぞなぞを出された心地ここちに。答えがとても気になるし、それまでに自分の推測を出しておきたいとも能砥は思う。

 けれど、魔法少女志望の学生であるとともに、能砥はひとりの兄だ。


「……あ。能曽実のぞみっ、待っていろよ今日の晩御飯はカワイイうさぎモチーフのオムライスだからな‼︎」


 疑問よりもまず、生活力ゼロの妹にご飯を振る舞わねばならない。

 能砥は兄のプライドを抱きつつ、朝同様、磁力線をたくみにあやつって帰途についた。

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