第4話



 シンデレラは並行世界の姫君ひめぎみ。同一化願望のつよい少女は、おなじ時間軸ながら一八◯度も違うおのが境遇にたまらず、悪魔契約を敢行。

 しかし魔力という単位を知らない少女は、悪魔に騙されているとも知らず命すべてを捧げたトリップ魔法を発動。まもなく死をげた。


 悪魔はがっぽがっぽと人間ひとりぶんの魔力をゲット。ホクホク顔で帰ろうとすれば、後ろには全身まっくろのドッペルゲンガー。

 いわく、私をシンデレラにしなければお前と同一化してお前を食う、と。同一化願望を根っこに、冥界から走ってきたドッペルシンデレラは、悪魔をおどして真のシンデレラになりかわる……


「ちょい待ち。誰よ、このヒステリックにせデレラ仕立て上げたヤツ」

「初動は能砥のうとがやったわね。……だけど、それにしたってリアクションがぜんぶ思いつきで考えたにしては黒いのよ。そしてシンデレラじゃないでしょうもう」


 トントン拍子で進む奇妙な復讐劇。

 たまらず雷無らいなとダウナー系は、仮のステージそでにて困り果てる。


「アドリブにしては飛躍したな……まさしくこの先が楽しみ、ってヤツだ!」

「うっさい。っつーかアンタすごいな。いきなり脈絡ゼロで練習スタジオ中央に立ったと思えば、意味不いみふなシンデレラ演じやがってこのやろ」

「その通りがすぎるわね。なによ、可愛すぎてギルティ♡ って。というかどうしてアナタの語尾ごびにはハートマークがつくのかしら。理屈と原理が不明なのだけれど」

「可愛さにはハートマークがつく。至極当然だろ」


 ひと演技終えた能砥は、持参した水筒をあおる。たかだか数分にも満たない演技だった筈が、頬には一雫ひとしずくの汗がつたう。

 はなはだこの男は謎理屈でアクションしている——とやにわに感じた折、ここにきて初めてのリテイクが入った。


「ん、重複。それとあくまでも魔法少女育成にかかわる授業だからね。さっきのノウト君みたいな可愛さがほしいな、いや不可欠だね。具体的にはオーディエンスさんに、あの子ハートマークがついているよって錯覚さっかくさせるように」

「は、……ぁ……? やってみます」


 クラスメイトのひとりが毒牙の餌食えじきに。しかも彼女の場合、骨の馬にまたがった冥界王子様という設定のはずだ。

 凛々しい調子でセリフを熱演していたにもかかわらず、求められているのは性別関係なしの可愛さという怪演……


「魔法少女志望のレッスンだから、どんなキャラクターを演じるにせよ可愛さを出し尽くせって? ——んな理不尽」

妥当だとうだろ! 俺たちは魔法少女になるんだぞ」

「ヤ、落ち着いた魔法少女の子もいるっしょ。そうじて可愛さ重視ってほども、」

「可愛くない魔法少女なんていない! 可愛げのない魔法少女も可愛い行動と思考パターンでいる! 魔法少女の根っこにあるのはどう足掻いても可愛いだッ!」


 可愛い王子様を演じるクラスメイトのかたわら、演技でもなく熱を露わにする能砥。おかしい。彼女よりも気迫たっぷりである。


「——ザッツライト、うーんおじさんも同調。魔法少女は可愛くないとねー」

柱谷はしらたに先生⁉︎ いやあの、演技中の子を見るのが仕事では?」

「はははテレパスだから安心してね多田たださん。そして柱谷って畏まられても……気軽にミノでいいよ。おじさん気に入ってるからね自分の名前」

「わかりましたノミ」

「あれ嫌われてるかな」


 話の輪の中へしぜんと介在かいざいするミノ。教師というよりも同級生と会話しているような心地になるので、砕けた感じで接せられる。雷無も愛称をつけているようだ。


「だよな先生! じっくり聞いてみれば、魔法少女たちの語尾には必ずやハートマークがついている」

「うんうん。おじさんもできるからね、魔法少女のデフォルト武器さ」

「は……? 何、え? できるって——語尾ハート?」

「そりゃあ現役魔法少女だよ? 可愛さが武器なんだからねぇ。お酒を飲んだ次の日はできないけどさ……」


 酒焼けした魔法少女なんて見たくもないだろう。というかお酒をたしなむ時点で成人済み。あどけなさやおさなさを強みにできる魔法少女には、不向きに思える。

 そんな意見を、ダウナー調子できっぱり言葉にしてしまう。


「イメージ不可能すぎ。というか妙齢中年が魔法少女ってどういうシルエット?」

「同意見ね。さっきから現役とか魔法少女とか、舌先だけで信じるにはさすがに無理なワードが飛び出しているわ。髭面ひげづらから」

「…………。しょうがないねぇ」


 ふと、エチュードがとどこおる。


 当然。ながらくリラックスお座りしていた教師が、やや辛そうに腰を上げたのだ。


「うーん注目。今からおじさんが、教鞭きょうべんを任されたワケを披露します。たいへん疲れるから一回しかできない」

「「「————」」」

「よぉく目に焼き付けてよおじさんの魔法少女姿——トゥインクル♡」


 。ひとたび国家から魔法少女認可された者は、さずけられた手首のブレスレットにオーダーを叫ぶことで魔法少女へと遂げる。


 その証拠に、ミノの白衣姿を壮大なフラッシュが包む。やがて光はみ込みリボンのように形を変えて、可愛らしいハートへと変貌——


 その愛の形から生まれ出たのは、


「魔法少女ミノ、爆誕! さけとばはトモダチ♡」


 ポップでキュートなふりふりドレス。気だるそうな瞳はどこへやら、モッツァレラチーズのようなくりくりの瞳。唇を隠すようにちょい足しされたツケ髭。


 柱谷ミノは、魔法少女になっている。

 白をベースにしたカラーリングの、一四◯センチ台幼女ロリに。


「……あら不自然な沈黙。うん。気持ちはわかるよ、おじさんも最初はトランスセクシャルとかするんだぁーって鏡を見て驚いたからね」


 適宜てきぎに間をおいた喋り方、一人称をたいてい〝おじさん〟で済ませ、やや力のすっぽ抜けたように振る舞うモーション。まちがないく柱谷ミノ。

 スワップの術式でもなければ、空間に魔法少女を隠していたわけでもなし。ほんとうにあの長身痩躯そうくが、可愛げたらふくの魔法少女になったのだ。


「……怖いぐらいに沈黙だねぇ。まー、おじさんも目の前で男の子が女の子に変身すると、驚きで腰が抜けると自負じふできる。ハハ、ギックリ腰の予兆なだけかもしれないか」


 たはは、とゆるい巻き髪になったお団子ヘアをいじるミノ。気だるそうに首裏を触るトランス前のくせだ。……ミノの中ではどうも、性別が変わってしまうだけに変身後の自分が自分ではない気がしている。お触り厳禁だ。教師としても、おじさんとしても。


 もっとも、この姿のままではお話も何もできないらしい。あんぐり口をほうけさせた生徒らが、三秒ごとに目を疑っている。


「ふぅうん疲れた——ってことで変身解じょ、」

「ストオォオォオオプッッッ‼︎」


 だんまり空気を押し破るように見納みおさめを語るロリっ子、そのちいさな手のひらを掴む。——ダウナー系のクラスメイトが。


「マジ可愛だなミノ……アメ持ってるからあげる」

「え……うん? ああどうも……生徒からほどこし……?」

「あーし、ずっとチビっこい妹が欲しかったんすね。適合。三食しっかり出すんで、妹として迎え入れたいわ」

「教師は全面的に生徒の家に入っちゃあいけなくてね。……というか君、学生寮でしょ。他学科の生徒にどう説明を、」

「可愛いに説明はらないと思うんすけど?」


 きっぱりとき伏せる。


 ここで危機管理能力が発動。ミノはすぐさまブレスレットをかざし、魔法少女姿の解除を試み、


「たっぷり可愛がってやるぜミノちゃぁああん‼︎」

「そのフワフワお団子を頬擦ほおずりさせていただきたいッッ‼︎」

「大人しく妹になれっつーの、パジャマ買ってあげるし‼︎」

「ちょーぉぉおいッ? 君ら顔合わせて二日目のくせに連携力高っ——ちょっ、揉むなおじさんの胸板だぞ⁉︎ くな一八◯センチ越えてるんですよおじさんはぁあああっっ」


 例年通り。

 柱谷ミノは、実力誇示のために魔法少女にトランスセクシャル。そののち、魔法少女をこよなく愛する生徒たちに揉みくちゃにされる……


 いつも通りだ。前年も一昨年も、ほとんど同じように襲われた筈。

 歴史は繰り返す。あやまちはえない。——ミノの場合、あまりの凄惨さに、二日酔いさながら記憶がなくなってしまうだけだが。

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