第3話




「で、男の俺が運ぶんだもんな……ぁ! ぐぅっ、細身ほそみなのに重たいな!」

「通りがかった二年次の諸先輩も、笑っていたわね。日常茶飯事なのかしら」

「ぐ……それはいいさ、背負うことも文句はない! だが湿布臭がすごいんだよ! 昨日に何をしたっていうんだ⁉︎」


 一年次のフロア六階からみっつくだってフロア三。ロの字に建設されたこの魔法少女サイド校舎において、三階はすべて演技スタジオで席巻だ。


 中でもとびきり目立つ全方位鏡面の場所に、クラスは一塊、つどう。


「悪いねノウト君。いやぁ男の子がいて助かった、いつもなら三人がかりで廊下を引きずられるんだ。手酷てひどい」

「そりゃあ性別が違いますからね。扱いはそんなものでしょうね!」

「————ノウト君、力持ちだ」

「!」


 あやしく笑ったミノ。その真意を図りきれず、能砥は口を引き結んだ。

 彼には言動のいちいちに意味があるように感ぜる。


「ま、筋肉量の違いは男女で違うから、ね。それに今後、一年次の魔法少女育成科では引きずられなくて済むよ」

「俺の仕事ですか。……いや確かに力仕事だけれども」


 レッスンスタジオさながらのカバザクラ床材で、ごろんと寝たきり姿勢。なんだか威厳も尊厳も感じられない様相。ミノは心地よさそうに床の冷たさを味わう。


 ——では閑話休題かんわきゅうだい

 ほそく長い息をはきだして、ミノは辛くも姿勢を変えた。


「さて、君らは魔法少女になるためにこの学園に来たんだもんね。だから、当然ながら劇場での魔法少女を見たことがあるワケだ」


 場が真剣味を帯びる。もうミノの渋声だけが、スタジオ内につたう。


「ああやって憧れたりえる魔法少女たちは、努力した子と、天性てんせいの子がいるんだ。だからここで一つキツめのことを君らにさずけるよ。

 ————君らは天性じゃない。自分に自惚うぬぼれるのは捨てておくこと。もちろん劇場でのドールとの演舞が、油断すれば危ないってだけじゃない。君らがもしも天才的な魔法少女の適性を持っていたなら、学ぶ場になんてこないだろう?」


 ばっさりと、語る。


「こういう場があるって突き止める。——ここまでは、天性の子も努力の子も同じかもしれない。だけど、大事だいじな一般教養を二の次にしてまで魔法少女を目指すワケだ。それをしなくても魔法少女になれる天性とは、やっぱり君らは違う」


 経験則であるように、細々と言葉を重ね、


「よって、たくさん学んでほしいね、おじさんは。天才的に魔法少女を目指そうと、もう思わないでほしいね。いちじるしい努力を、重ねてほしい。それこそ努力しなかった天才を追い越すぐらい、努力してくれよ」


 直後。四十肩しじゅうかたなのかわからないが、よろよろ小指をかかげ、


「初めに、おじさんとの約束だ」


 にっこり、元来の軽薄さをとりもどすミノ。それどころか、肩の痛みを訴えるようにうめきだす。


 そこに、ひとりのクラスメイトが質問を。先のダウナー系だ。


「まるで実物を見てきた、ような口ぶりっすね。説得力」

「ハハハ、そりゃあそうだよ。おじさん魔法少女だもの」

「「「「……は、ァ……?」」」」


 謎めいた声が足並み揃う。


 それもそのハズで、ここに集まるのはあくまでも魔法少女志願者。それだけに魔法少女は数多く見ているし、目標にしている魔法少女をしっかり見定めている子もいる。

 おじさんの魔法少女。そんな存在は、どこにも見たことはないのだ。


「それ、ってどういう……」

「いやいや論より証拠だとも。ほぅら湿布の数が物語ものがたるだろう? 昨日、魔法少女のおしごとがあったからね。その時に」

「仕事……なる、ほど……」


 能砥のうとは、ぎこちなく頷いた。


 いちおう点と点で結ばれてはいる。どこかの劇場にて、ミノは魔法少女としてドールときそい合ったのだろう。その筋肉痛が、きているのだ。

 なるほど合点。魔法少女はとても体力を削るモーションで観客を魅了する。器械運動なんて比にならないアクロバティックも時折みうけられる。


 されど、納得のいろをすっかり示したのは能砥のみ。

 皆はいまだに、驚愕の比率をおおく顔にしめす。


「まぁ、いずれ来たる道さ。君らも前提条件としてわかっていることで……って、ちょっと長ったらしいね。こういうのはカットだ。授業に入ろう」


 あたかも仕事に嫌気がさしたように、ミノはひらひら話の腰を折る。


 しからば本題。演技指導、という魔法少女には必須のステータスを鍛える授業だ。

 自然とからだがこわばる。ちょっとイイお値段の品を前に、悩むよう。


「ま、最初はかんたんな演目を演じてもらうだけなんだけどね。だいたい流れは掴めているヤツだ、シンデレラ。ガラスの靴で舞踏会にやいのやいの、ガラスの靴がふたたびシンデレラの足にぴったりまる……という」

「演じる、ですか」

「劇場だものね、そりゃあ台本がある。エンタテインメントには総じてある。エチュードにしたって、演者の頭の中で即席に組んだ台本がある——尖った芝居しばいの子がいると、数ページ分カットしたり、あるいは新しい脳内台本をつくったりとアドリブが求められるものだが。おおむね、既定路線とでも呼べようだいがある」


 ごそごそ、とヨレた白衣を探るミノ。——丸まった台本。シンデレラの題目。

 しかし、シンデレラという名の渡ったストーリーにしては、ホチキス留めギリギリにまで頁数ページすうがある。


「つかぬことを聞きます。ホントにシンデレラでしょうか」

「もちろん。……けど、僕の手にだけは台本がある。この台本は、学園創設から今まですべての魔法少女育成科の子たちが、勝手に考えた何でもありシンデレラだ。学園一◯年そこらしかっていないけどね?」

「ぬおぉお……奇想の塊! 見せてもらいたいな!」

「禁止。というか授業の目的としてね、この台本にっていない演技を期待しているんだ。おじさんは」


 にへら、と相好を崩す。いや、悪質にほほえむ。


「……。……⁉︎ 人が悪いわね……」

「ヤ、けっこう無理ゲー。詰みゲー。これまで本気で魔法少女になりたい諸先輩たちの奇抜アイディアっしょ……。越える以前、全力で奇をてらったモーションわんさかでしょ」

「フ————魔法少女力が試されるな!」


 すくなからず動揺の色が伝染でんせんしていく。

 当たり前だ。ここは、何十名もの魔法少女、すなわちプロフェッショナルを世に輩出している学園である。内側から感動を騒ぎ起こすようなプロが、学生時代に残していったアイディアと勝負をしろ、と——


 が悪い。勝機を見出すにはぶっつけ本番がすぎよう。


「ああ安心していいよ。もし被っていたアイディアがあったなら、おじさんがリテイクをお願いするだけだ。期待してる!」

「無茶を……っ、時間が、」

「いやいや、今日は一限目から四限目までフルタイム演技指導だもの。この時間量なら、けっこう出てくると思うよぉ真新まあたらしさ」

「な……⁉︎」


 雷無らいながここぞとばかり、スケジュールミスを思い出す。この場で唯一、彼女だけがぶっ通しでつづける用意ができていない。


 それに見かねて、能砥は一言をかける。


「水筒、ふたつもってるぜ」

「助かるけどもっとこう、……任せてくれぐらいの男気おとこぎがほしかったわ」

「男気? 魔法少女に必要なら拾っていたよ」

「アナタ、ホントに……いやもういいわ。ともかく全力で、演じるのみだもの」

「あぁだよな。たぎってくるよ俺の中の魔法少女が!」


 たがいにサムアップをかかげる。いよいよ、魔法少女育成のスタートダッシュが幕を開けるのだ。

 徐々に心意気が高まっていく集団。あの子がやる気になっているのなら自分も、という集団心理もいくらか働いているだろう。


 故に、ミノはただお手元のブザーを鳴らすだけ。アドバイスもない。役割振りもない。立ち位置はおろか、セリフのタイミングもなし。


 ——しかるに、こけら落としは誰もが当惑してはじまった。

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