第2話



 都立劇情げきじょう学園。魔法少女とドールにまつわる様々を教養にする教養機関。

 科目はえらく幅広い。履修・必修を問わずして五◯を越える。〝可愛さ研究〟などともくする科目はここぐらいにしかない。


 だが特色を長ったらしく字面にするよりも、地続きにひとつのルートを辿った方が追いやすいというもの。

 特筆して、無石むせき能砥のうとという少年。魔法少女育成科にはいった男子。


「入学二日目で遅刻……悲しいなぁ、先生の講義がつまらなそうって思われちゃったかにゃ? ハッハッハ☆」


 パンツルックのダークスーツ姿が、軽やかに伸び縮みする。いかにも堅そうな素材のハズ、軽くしなやかに動くのは——袖を通す人が軽々かるがるしい印象だからだろうか。


「うっっわ。キツめっすわぁ、三十路みそじ一歩手前の猫語尾と☆マークとか」

「はぁァ……大義名分で魔法少女を続けるっつーんだぞ☆ どんな妙齢になっても、可愛いって思われねぇとパワーになんねぇからさ。分かるだろぉ」

「ん、まぁ。というか魔法少女を目指めざすにあたって、大前提で知っておく必要あるじゃん。……それを関係ない、って言いそうなのアイツだけっぽいし」

「んんアイツ? おぉなるほどアイツ!」


 胡乱うろんげなダウナーが、ひょいと指を教室後方へ——


 綺麗さっぱり洗濯・乾燥をととのえた身なり、でありながら肩で息をするほど急いだらしい体力切れ間近。


「おはよう魔法少女馬鹿。遅刻の証明書とかもってるか、遅延書とか」

「ハハハ……持ってない! 磁力移動とほで来たので遅延書とか貰っていません、そして遅刻理由はハウスダストアレルギーなのにハウスダストについてあんまり調べていない同級生の仕業しわざです!」


 魔法少女育成科は、男子ひとりだ。いや、そもそも男子禁制という触れ込みがあった。

 それを破ったのは、魔法少女になりたがる男子がはじめて現れたから。いや、いままでも志願者の男子はいた。


 これがまかり通ったのは、正真正銘、魔法少女にだけ熱すぎる本物のバカが現れたから。


 だから、学園長が特例で魔法少女をめざす男子を認めた。


「……あのよぅ、たった一人の男子なんだから女子にイイカッコ見せるとか、考えろよ☆」

「俺はカッコよくならなくていい、可愛くりたいッ‼︎ いいや在らねばならない、魔法少女になるのだからッ‼︎」

「流石すぎるっつーの! しょうことなし、だな。遅刻とかどうでもいいから席座れ」


 講義開幕どころか、朝のホームルーム。こんなものは遅刻に入らない、と教師は吐き捨てた。


 しかしお隣さんは、不思議をみつけて能砥をつつく。


「なんだよ。あ、柔軟剤けっこう助かったよ」

「えぇそんなことどうでもよいけれど。……洗濯と衣類乾燥、そんなに早く終わるもの?」

「洗濯機と乾燥機のリミッターを雷撃で外したんだ。というか、いっそ洗濯とか乾燥はすぐに終わったけど、吹っ飛んだネジを探す方が大変で……」


 ひらめきとともに瓦解がかいした洗濯機の修理にこそ手間取った能砥。というべくは、機械を分解した覚えすらないのだから杜撰ずさんリペアだ。きっとすぐにボロがでる。

 なので能砥は、更衣室のドラム洗濯機ひとつが、オンボロになったことがバレないよう祈るしかない。


 さて、事情を露ほども知らない担任は、円転滑脱えんてんかつだつにホームルームをころがす。


「ま、デモンストレーションっつーかガイダンスは昨日でひとしきり終わっているし。さっそく一限目からこの学園の本領だ☆」


 ニカッと白歯を覗かせて笑う女教師。はて。鼓舞や歓迎といった前向き感情ならざるものが、その瞳にはややにじんでいた。

 嫌な気配がただよう。が、たかがそれっぽい脅しで物怖ものおじするようなクラスではない。無論、このクラスだけが特筆して腹の据わっているワケでもなし。


 


 ふつうの中高学校に進むのではなく、魔法少女とドールに深くたずさわることを選んだ皆だ。反応こそ各者各様であれども、全力で臨むことを決めている。


「あはッ、いい顔しやがって。……なぁんにも教えてないのにそういう顔されちゃ、一日ていどの付き合いでも晴れがましいな」


 電子パネルをバックに、わざとらしくハンカチを目元にもちだす彼女。


「その面、最後まで忘れんなよ☆ んじゃ朝のホームルーム終了!」


 腕を後ろに組んで、その担任は大股おおまた退出。女性らしからぬ。


 ドッ、と。

 ここで束の間の休み時間が到来する。いちおう女子まみれなので、ほとんどはへだたりなく打ち解けてコミュニケーションを始めた。


 こうなっては、男の能砥が蚊帳かやの外である。女の子トークに花を咲かせることなどできる筈もあるまい。


「ちょいと。……なに萎縮しているのよ。いまさら女子の花園はなぞのにいる、って自覚を?」

「ち、違うさっ。未来の魔法少女の観察を始めようとしていたところだ! ……口を閉ざしたのは、誰かの特徴を口にした瞬間、とんでもなく嫌な予感がしただけで!」

「たった一人の男子が、興味の矛先ほこさきをその子に向けている——ってことになるものね。けど黙りこくるのも問題よ。女性専用車両にまちがって乗り込んで、そのまま黙って乗り続けるのは最低でしょう?」

「そんな経験ないぞ……」


 最高のラッキー。やや手持ち無沙汰ぶさたに一限目の支度へとりかかる能砥は、会話のキャッチボール相手を得た。


「しかし、重ね重ね感謝ばっかりだな。柔軟剤もそうだし、今もこうして気軽に話しかけてくれるのも助かった。感謝だ」

「そうやって素直に礼をしてくるのが、男っぽくないもの。異性と話している気分にならないわ。ひょっとすればトランスセクシャルの経験でもあるのかしら」

「それもないな……」


 多田ただ雷無らいなは、能砥を異性として認めていないからこそ話をもちかける。が、能砥としては願ったり叶ったり。男としてではなく、魔法少女として見られたがっているのだから。


 すると、雷無は一限目の教本セットを鞄からとりだす。


「……? なにかしら」

「え。ヤ、その……一限目って演技指導だろ? 魔道学って今日あったか?」

「何おバカなことを。間違えるワケがないでしょう、時間割スケジュールはちゃんと読み込んできたもの————っと。ほら」


 不安がる能砥の鼻先に、紙ペラがつきだされる。

 都立劇情学園四月二日目スケジュール、とだいされた用紙。これは自由に持っていっていいプリント置き場にあったものだ。


 ただし、クラス共有のアプリケーション加入が初日あったので、ほとんどの人がそこでスケジュール確認をしている。……雷無が澄まし顔でぶら下げる紙面は、印刷されたアナログは嵩張かさばる、ということで見向きもされていなかった教室の片隅の一品だ。


「…………四月三日目スケジュール? 明日の時間割だな」

「そ、っんなワケがないでしょう! ……ぐッゥ、違うのよこういうのはきっと、あぶり出しで二日目の日程が記されているものなのよ」

「でもお前は三日目用の持ち物なんだろ……? ってバカ野郎ッ、火気厳禁⁉︎ しかもライターとかの火力じゃないだろそれは‼︎」


 焦燥、羞恥しゅうち、後にはひけない屈辱。

 それらが胸のうちを巡って、雷無は〝炎〟の術式にてプリントを燃やす。


「ぐッッッ、づぅう…………⁉︎ …………教科書見せてください」

「声ちっさ! え? というかお前、アレか? 意外と残念な方か……?」

「だ、黙りなさいな魔法少女変態!」

「実害と行為こういに及んだことはない! 魔法少女は眺め、応援する! そして俺も魔法少女になる!」

「ぐゥっムカつくわね……!」


 ペンキでもひっくり返したように赭顔しゃがんする雷無。だんだん言い返す反論力も右肩下がりになっている。

 それにボヤ騒ぎだ。少なからず魔術で炎をあらわし、跡形ゼロとはいえ可燃物を燃やしたワケである。


 そして変な口論。


 必定ひつじょう、面白がるように、クラスの視線があつまった。


「いやぁ初日から演技指導とかツイてないねぇ君ら。ハハハ、おじさんいつになく同情心が芽生めばえ——ぬおぅ⁉︎ なんだなんだ、衆目ぜんぶ集めるとかどんなエチュードを披露したって言うんだい⁉︎」


 その渦中、演技指導の科目をとり扱う教師がのこのこと。


 男はとても中年だった。無精ひげを顎にうっすら生やし、やや生気の抜けた三白眼。ふだんはヘアスプレーで髪を遊ばせているようなボサボサ髪で、スーツが三枚目役のようにダレている。

 身分を問われれば、科学の人、とでも答えてしまいそうだ。


「ン、んん……んん? なんだ学生カップルの痴話喧嘩? はぁ〜〜〜〜おじさん、そういうの演技だけでお腹いっぱいだよ。他所よそでよろしく」

「痴話喧嘩? 私が変態を好きになるような人間性に見えたのかしら⁉︎」

「ふざけないでもらいたいぜ! プロフェッショナル意識は大事だ、たとえアマチュアでもな。可愛さの権化ごんげたる魔法少女志望なのだから、清いお付き合いが前提だ‼︎」


 すっかり息のそろった持論反論。


 さすがの自称おじさんも、初めて接する人種を見たように顔を引きらせる。


「ん? っていうか君、ボーイッシュなガール、ってワケじゃないね。そういえば男子が魔法少女育成科に異例採用、とか話題あったよぉな?」

「フ————。大正解だ! そうとも、俺は魔法少女を誰よりも愛しッ、誰よりも可愛さをつきつめたからこそッ、至上の魔法少女を志望する無石能砥‼︎」


 ポージングを決めて、セリフを決めて、表情を決めて。

 我ながら会心、とでも微笑む能砥——を、さっと通り過ぎるおじさん。


「ちょ、ちょちょっと興味関心の離れが早い気がするな! もっとこう、鮮度たっぷりな反応を期待したぞ!」

「鮮度もなにもお酒好きなおじさんだもの。せいぜいれるまでに、芽を育むぐらいが限界キャパなのよ。そして先述通り、痴話喧嘩とか演技でお腹いっぱいでね……今の君みたいな子、性別ちがうけどたまに見るよおじさん」

「中二病と混合されている……?」


 中年男性はやや辛そうに首をコキコキ鳴らす。よく見れば、湿布しっぷの端がちょっと見える。寝違えたのだろうか。


 いやそれよりも。講義開始のベルが鳴っている。


「ん始まったか、始まっちゃったねぇ。……改めて、柱谷はしらだにミノだ。ここから三年間、君らに演技指導の手ほどきをするんだけど……」


 話の中途、ミノは、申し訳なさそうにひとたび目をすがめる。

 生徒たちは黙って首を傾げるのみだが……


「移動教室なんだ。おじさん昨日、腰をやっちゃってね。おぶって」


 そう言い残すと、長身痩躯そうくは電子パネルにどさっともたれかかった。

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