第2話
都立
科目はえらく幅広い。履修・必修を問わずして五◯を越える。〝可愛さ研究〟などと
だが特色を長ったらしく字面にするよりも、地続きにひとつのルートを辿った方が追いやすいというもの。
特筆して、
「入学二日目で遅刻……悲しいなぁ、先生の講義がつまらなそうって思われちゃったかにゃ? ハッハッハ☆」
パンツルックのダークスーツ姿が、軽やかに伸び縮みする。いかにも堅そうな素材のハズ、軽くしなやかに動くのは——袖を通す人が
「うっっわ。キツめっすわぁ、
「はぁァ……大義名分で魔法少女を続けるっつーんだぞ☆ どんな妙齢になっても、可愛いって思われねぇとパワーになんねぇからさ。分かるだろぉ」
「ん、まぁ。というか魔法少女を
「んんアイツ? おぉなるほどアイツ!」
綺麗さっぱり洗濯・乾燥をととのえた身なり、でありながら肩で息をするほど急いだらしい体力切れ間近。
「おはよう魔法少女馬鹿。遅刻の証明書とかもってるか、遅延書とか」
「ハハハ……持ってない!
魔法少女育成科は、男子ひとりだ。いや、そもそも男子禁制という触れ込みがあった。
それを破ったのは、魔法少女になりたがる男子がはじめて現れたから。いや、いままでも志願者の男子はいた。
これが
だから、学園長が特例で魔法少女をめざす男子を認めた。
「……あのよぅ、たった一人の男子なんだから女子にイイカッコ見せるとか、考えろよ☆」
「俺はカッコよくならなくていい、可愛く
「流石すぎるっつーの! しょうことなし、だな。遅刻とかどうでもいいから席座れ」
講義開幕どころか、朝のホームルーム。こんなものは遅刻に入らない、と教師は吐き捨てた。
しかしお隣さんは、不思議をみつけて能砥をつつく。
「なんだよ。あ、柔軟剤けっこう助かったよ」
「えぇそんなことどうでもよいけれど。……洗濯と衣類乾燥、そんなに早く終わるもの?」
「洗濯機と乾燥機のリミッターを雷撃で外したんだ。というか、いっそ洗濯とか乾燥はすぐに終わったけど、吹っ飛んだネジを探す方が大変で……」
ひらめきとともに
なので能砥は、更衣室のドラム洗濯機ひとつが、オンボロになったことがバレないよう祈るしかない。
さて、事情を露ほども知らない担任は、
「ま、デモンストレーションっつーかガイダンスは昨日でひとしきり終わっているし。さっそく一限目からこの学園の本領だ☆」
ニカッと白歯を覗かせて笑う女教師。はて。鼓舞や歓迎といった前向き感情ならざるものが、その瞳にはややにじんでいた。
嫌な気配がただよう。が、たかがそれっぽい脅しで
大義名分。命の競り合い。
ふつうの中高学校に進むのではなく、魔法少女とドールに深く
「あはッ、いい顔しやがって。……なぁんにも教えてないのにそういう顔されちゃ、一日ていどの付き合いでも晴れがましいな」
電子パネルをバックに、わざとらしくハンカチを目元にもちだす彼女。
「その面、最後まで忘れんなよ☆ んじゃ朝のホームルーム終了!」
腕を後ろに組んで、その担任は
ドッ、と。
ここで束の間の休み時間が到来する。いちおう女子まみれなので、ほとんどは
こうなっては、男の能砥が
「ちょいと。……なに萎縮しているのよ。いまさら女子の
「ち、違うさっ。未来の魔法少女の観察を始めようとしていたところだ! ……口を閉ざしたのは、誰かの特徴を口にした瞬間、とんでもなく嫌な予感がしただけで!」
「たった一人の男子が、興味の
「そんな経験ないぞ……」
最高のラッキー。やや手持ち
「しかし、重ね重ね感謝ばっかりだな。柔軟剤もそうだし、今もこうして気軽に話しかけてくれるのも助かった。感謝だ」
「そうやって素直に礼をしてくるのが、男っぽくないもの。異性と話している気分にならないわ。ひょっとすればトランスセクシャルの経験でもあるのかしら」
「それもないな……」
すると、雷無は一限目の教本セットを鞄からとりだす。
「……? なにかしら」
「え。ヤ、その……一限目って演技指導だろ? 魔道学って今日あったか?」
「何おバカなことを。間違えるワケがないでしょう、時間割スケジュールはちゃんと読み込んできたもの————っと。ほら」
不安がる能砥の鼻先に、紙ペラがつきだされる。
都立劇情学園四月二日目スケジュール、と
ただし、クラス共有のアプリケーション加入が初日あったので、ほとんどの人がそこでスケジュール確認をしている。……雷無が澄まし顔でぶら下げる紙面は、印刷されたアナログは
「…………四月三日目スケジュール? 明日の時間割だな」
「そ、っんなワケがないでしょう! ……ぐッゥ、違うのよこういうのはきっと、
「でもお前は三日目用の持ち物なんだろ……? ってバカ野郎ッ、火気厳禁⁉︎ しかもライターとかの火力じゃないだろそれは‼︎」
焦燥、
それらが胸のうちを巡って、雷無は〝炎〟の術式にてプリントを燃やす。
「ぐッッッ、づぅう…………⁉︎ …………教科書見せてください」
「声ちっさ! え? というかお前、アレか? 意外と残念な方か……?」
「だ、黙りなさいな魔法少女変態!」
「実害と
「ぐゥっムカつくわね……!」
ペンキでもひっくり返したように
それにボヤ騒ぎだ。少なからず魔術で炎をあらわし、跡形ゼロとはいえ可燃物を燃やしたワケである。
そして変な口論。
「いやぁ初日から演技指導とかツイてないねぇ君ら。ハハハ、おじさんいつになく同情心が
その渦中、演技指導の科目をとり扱う教師がのこのこと。
男はとても中年だった。無精
身分を問われれば、科学の人、とでも答えてしまいそうだ。
「ン、んん……んん? なんだ学生カップルの痴話喧嘩? はぁ〜〜〜〜おじさん、そういうの演技だけでお腹いっぱいだよ。
「痴話喧嘩? 私が変態を好きになるような人間性に見えたのかしら⁉︎」
「ふざけないでもらいたいぜ! プロフェッショナル意識は大事だ、たとえアマチュアでもな。可愛さの
すっかり息のそろった持論反論。
さすがの自称おじさんも、初めて接する人種を見たように顔を引き
「ん? っていうか君、ボーイッシュなガール、ってワケじゃないね。そういえば男子が魔法少女育成科に異例採用、とか話題あったよぉな?」
「フ————。大正解だ! そうとも、俺は魔法少女を誰よりも愛しッ、誰よりも可愛さをつきつめたからこそッ、至上の魔法少女を志望する無石能砥‼︎」
ポージングを決めて、セリフを決めて、表情を決めて。
我ながら会心、とでも微笑む能砥——を、さっと通り過ぎるおじさん。
「ちょ、ちょちょっと興味関心の離れが早い気がするな! もっとこう、鮮度たっぷりな反応を期待したぞ!」
「鮮度もなにもお酒好きなおじさんだもの。せいぜい
「中二病と混合されている……?」
中年男性はやや辛そうに首をコキコキ鳴らす。よく見れば、
いやそれよりも。講義開始のベルが鳴っている。
「ん始まったか、始まっちゃったねぇ。……改めて、
話の中途、ミノは、申し訳なさそうにひとたび目を
生徒たちは黙って首を傾げるのみだが……
「移動教室なんだ。おじさん昨日、腰をやっちゃってね。おぶって」
そう言い残すと、長身
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