第28話 一か八か


 ななえからの着信の第一声は悲鳴のような叫び声だった。


「ななえ! おい! 大丈夫か!」


『っいやぁ! 変なヤツが! 入って来る! ヤバ! ちょ、ヤバいって!』


 横で聞いていたショウの顔が一瞬青ざめて、その後だんだんと怒りの表情に変わっていった。


 スマホの向こうではドタバタとすごい雑音が入り乱れている。いったい何が起こっているのかわからなかった。


 エレベーターが最上階に着くと同時に、ガサゴソとしかしていなかった音が止み、またななえの声が聞こえた。


『ハァハァ! 今風呂場に隠れた。変な男が! チェーン切って入ってきた。ゆうだい! どうしよおおおぉぉ!』


 ヤバい、もう侵入されたようだ。最悪の展開だ。


 エレベーターを降りたおれたちは、ダッシュで803号室に行く。


 803号室の前には荷物が乗った台車が置かれている。そしてドアは閉まっている。


 ガチャガチャガチャ!


 ショウが勢いよくドアを引っ張り開こうとするが、中からカギがかかっているのか開かない!


 ドンドンドンドン!


「おい、ななええええええぇ! 無事かあああぁ! くそっ、開かねえ!」


 中にはななえと、あの不審者の男がいるってのに。


 その時、スマホからななえの悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきた。


『助けてえええぇぇ! 今ドアをめちゃくちゃに叩いてる! 抑えてるけど破られるかも!』


 ドンドン! ドンドン!


 ななえの声の後ろで、めちゃくちゃにドアを叩いている音がする。


 そして、低くくぐもった男の声がかすかに響いてきた。


『ななえちゃあああぁん、ここあけてよおおぉ。僕となかよくしよおぉよおおおぉ!』


 やつの声だ。妄想に取り憑かれた怪物。やっちゃいけない事を平気でやる野郎。


「待ってろ! ななえ。絶対助けるから!」


 おれはコンシェルジュさんに向かって叫んだ。


「ねえ! フロントに合鍵ないの?」


「あ、あぁ、すいません。こちらでは預かってないんです。警備会社のほうで一括で……」


「すぐ電話して、持ってこさせて! それとショウさんは警察に電話を!」


 ショウを見ると震えていた。顔を真っ青にして震えながらドアをめちゃくちゃに叩いたり引いたりいる。


「な、なんだよこれぇ……どうしたら……。ななえ! ななえー! うああああぁぁ」


「ショウさん! しっかり! おれたちがしっかりしなきゃ! おれたちがななえを守るんだよ!」


 その時、ななえの部屋の隣のドアが開いた。


「ま〜た、あんたたちか! うるさいんだよ! どんどんどんどん! 静かにしてくれ! 警察呼ぶぞ!」


 おれはその隣人の男の顔を見て、ひらめいた。


「おっさん! ちょっと失礼します!」


 おれは隣人の男を押しのけて、ななえの隣の部屋に侵入した。


「ショウさん! こっちです! ついてきて!」


「な、ななななんだあんたら! 勝手に人の部屋に入るんじゃない! 不法侵入だぞ! 警察を」


「ああ、警察でもなんでも呼んでくれ! 隣で人が襲われてんだよ!」


 おれと、ショウは隣の部屋へ土足で上がり込みリビングへ向かった。


 リビングでは男の奥さんであろう中年女性がテレビを見ていた。


 突然入ってきたおれたちにビックリして口をあんぐりと空けている。声も出ないようだ。


「えっと、どの辺りだ。間取りが、こうなってたから」


 おれは窓の方へ向かいつつ、壁のあたりを探っていく。


「おおおぃ、あんたら、何しようってんだ! 何なんだ一体!」


 隣人の男が怒鳴り散らしている。おれは無視して壁を探っていく。


 おれには確信があった。この前、この男に怒られた時、高級マンションの割に壁の薄い部分があることを知ったんだ。。


「この辺りか」


 隣の部屋から『ドンドン』という音が一番響いている箇所を見つけた。


 やつが風呂場のドアをめちゃくちゃに叩いて音を出してくれるおかげでようやくわかった。


「ここだ! よし、壊すぞ!」


「な、なにをするんだ?」


 ショウが怪訝な顔をしておれを見る。


 おれはそこら辺にあったイスを持って振りかぶった!


 ドカンッ!


「決まってるだろ! ここを壊して向こうに行くんだよ!」


 ドカンッ!


 おれは思いっきりイスを振りかぶって壁にぶつけた。


 ドカンッ!


 三回目で壁にヒビが入ったが、同時にイスが壊れた。


「これじゃダメだ!」


「雄大くん! これ! これでななえの元へ行くんだ!」


 ショウが初めておれの名前を呼んだ。


 ショウは食事が並べてあったテーブルをつかんでいた。


「ナイス! よーし! じゃあ、いっくぜー!」


 おれとショウは、二人でテーブルを持ち上げて、思いっきり壁に突っ込んだ!


 ドガーンッ!


 物凄い衝撃と共に、テーブルは壁を突き破り貫通した。


 その勢いのまま、おれとショウは隣のななえの部屋に投げ出された。


 そこは配信をするための部屋だった。予想通り。


「うしっ! 抜けたぁ! ななえー!」


 おれとショウは、風呂場のある廊下に向かった。


 バターンッ!


 おれたちがやつを見つけるのと、やつが風呂場のドアを蹴破るのは同時だった。


「ななえー!」

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