第23話 ななえに迫る不審な男


 土日は家でゆっくり過ごした。週明けの月曜日のマラソン大会に向けて体調は万全だった。




 月曜日の朝。


「お兄ちゃん。マラソン大会頑張ってね! わたしは行けないけどさ。応援してるから」


 そう言って妹のみなみは、タオルを渡してくれた。


「ありがとな。25km完走を目指すよ」




 そうして9時00分、スタートの合図とともに約2000人の参加者が一斉にスタートした。


「ハァハァ」


 マラソンは孤独なスポーツだ。練習と違ってダラダラ喋ることはなく、みんなほとんど一人で黙々と走る。


 おれも、誰とも並走せず、一人で走っていた。自分との戦い。




「ドリンクどうぞー」


 10km地点でドリンクを受け取った。意外とまだまだイケる。


 余裕があることを感じたおれは、徐々にペースをあげていった。


 体力がないマサヒロは、おそらくはるか後方にいるだろう。


 ななえはどうしてるだろう。確かおれよりスタート時のペースは早かったはずだ。追いつけるだろうか。




 しばらく走ると、ななえの背中が見えてきた。


(よし、追いついた。あと少し)


 さすがに声はかけない方がいいよな。横に並んでアイコンタクトをしよう。そう思った。



 その時だった。沿道から一人の人間が飛び出した。



 帽子を被って、マスクをつけた男。手には何か持ってるように見える。


(えっ! アイツは!?)


 男は如月さんに向かって走っていく。彼女はそれに気づいてひるみ、足を止めた。


「危ない!」


 おれはとっさにその男に向かって飛びかかった。


 バッ! バタン!


 夢中で男にしがみつき、おれたちは地面を転がった。


「うううぅ、なんだオマエは? なぜボクの邪魔をする……ボクはナエナエをブツブツ」


 イカれてる。こいつ、何言ってやがる。


 帽子にマスク、耳にはピアスが光る。ななえのマンションの前によくいたあいつか──。


 沿道にいた人々がざわついている。向こうの方から警備員が走ってくるのが見えた。


 その時、そばに寄ってきたななえが帽子の男に向かって声をあげた。


「ちょっと、ショウ!? こんなところで何してるの?」


「やあ、ナエナエ。ボクは、ナエナエがノド乾いてるんじゃないかと思って、これを届けようと思ったんだ……」


 ナエナエ? わけのわからないことを言うその男の手には、ドリンクが握られていた。


 ラベルがついてないボトルの中に黄色がかった飲料が入っている。なんだこれ、怖い。


「何言ってんの!? もう! ほっといてよ! アタシに関わらないで!」


 ななえの言い草が、何か顔見知りに対しての言い方だったのがとても気になった。


「えっ、ななえ。この人知り合い?」


 おれは、ショウと呼ばれた男とななえの顔を交互に見た。


「この人、アタシの兄貴。双子のね」


「へっ? あ、兄貴?……」


「そうだ。ボクはナエナエの兄貴だ。わかるか? 双子の兄だぞ? それはつまり切っても切れない特別な存在というわけだ。わかったら、その手を放せ! まったく……ボクはナエナエのことを思ってだな。こうやってブツブツ……」


 警備員たちが集まってきて、事が大きくなってきたが、ななえが事情を説明すると、みな呆れたように持ち場に戻っていった。


「ゆうだい! 腕ケガしてるじゃん!」


 ななえの兄貴に飛びかかった時に、ヒジを擦りむいていたようだ。


「ホントだ。気づかなかった……」


「血ぃ出てるじゃん! ヤバいって」


 大したことないキズだったが、ななえは腰につけていたポーチからキズバンを取り出して張ってくれた。


「これでおっけ、大丈夫そ?」


「うん、ありがとう、ななえ」


 すると、ショウと呼ばれたななえの兄貴が割り込んでくる。


「ナエナエー、ボクも足を擦りむいて痛いんだ! ボクにも張ってくれないか!」


「うるさいなー! 自分で張って」


 ななえはそう言って兄貴にキズバンを渡した。




 とんだアクシデントがあったものの、おれとななえは、マラソンを続けることにした。


「じゃあ、ボクはナエナエの完走を願って、全力で応援してるからね!」


 アクシデントを起こした元凶であるはずのななえの兄貴は、全くと言っていいほど反省していなかった。我が道を行くタイプだ。


「いいから早く帰って! 早く! 今すぐ!」


「ハハハ、照れちゃって。まったくナエナエは可愛いんだから! じゃあまたね!」


 そう言ってマスクを外し、投げキッスのポーズをした彼の顔面は整っていた。さすが、ななえと双子の兄妹なだけあって恐ろしく端正な顔立ちをしていた。


 ショウと呼ばれたななえの兄貴は、おれたちの姿が見えなくなるまで全力で手を振っていた。変わったやつ……。


 どっかで見たことあるんだよなあ──。

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