第24話 マラソン大会終了


 ななえの兄貴が乱入してくるというアクシデントがあったが、おれとななえは息を整えてマラソンを再開した。


 ななえの兄貴が持っていた黄色い液体が入ったボトルは、単なるラベルレスのスポーツ飲料だった。紛らわしい。


 もちろん、ななえは飲まなかったけどな。


 おれは、ななえとゆっくり並走しながら話しかけた。


「なあ……」


「ん」


「さっきの、ホントに兄貴?」


「うん、恥ずかしいところ見られちゃったね」


「いやいや、でもどっかで見たことあるんだよなあ、あの人」


「まあ……テレビとか出てるから。見たことあるかもね」


「えっ!! マジ? 芸能人?」


CooLOURSカラーズのリーダーやってる。如月紫陽きさらぎしょうってわかる?」


「えっと、ごめん。わかんない」


「ジョニーズって言ったらわかるかな?」


「ああ、ジョニーズのグループか。って、ええぇ! ジョニーズ!?」


 アイドルグループの名前を言われても全然わからなかったが、ジョニーズはさすがにわかる。多数の男性アイドルグループが所属する大手の芸能事務所だ。


「ジョニーズ!? マジで! ええぇ! 言われてみればCMとかで見たことあるかも!」


「しっー! 兄貴のことは秘密にしといて? バレるとマジで面倒だからさ」


「そ、そうだよな。わかった」




 その後、おれとななえはスローペースで走り続け、なんとか完走することができた。途中アクシデントはあったものの、無事マラソン大会は終了した。




 放課後、おれはななえと二人で帰っていた。


「お疲れ様、今日はうちの兄貴が、ごめんね」


「いやいや、大丈夫だよ。とにかく完走できてよかったね、ななえ」


「うん、このお詫びはまたするから、じゃあ今日は疲れてるから帰ろっか。バイバイ!」




 ななえが、今日のアクシデントのお詫びをしたいと言うので、明日か明後日にでもまた、彼女のマンションに行く約束をした。


 告白されてから、初めての二人だけのおうち時間。なんだか以前より緊張するかもしれない。そう思った。




 家に帰ると、みなみが飛びついてきた。


「おっかえりー! お兄ちゃん。マラソンお疲れ様! どうだった?」


「ああ、完走できたよ。タオルありがとな」


「おめでとー! お兄ちゃんならできると思ってたよー。すご~い!」


「ふふん! まあな」


「え、この腕どうしたの? ケガしたの?」


「ああ、大したことないぞ。ちょっと擦りむいたんだ」


「えええ、心配だよぉ。何があったの?」


「えーっとだな」




 おれは事の経緯を説明した。


「ふんふん、それでその如月さんって女子を守ったってこと? スーパーヒーローじゃん!」


「で、その男は如月さんの兄貴だったってオチだよ」


「なにそれー! おもしろーい。その人完全なシスコンじゃん。キモーイ!」


 そのキモい男が今、食卓のテレビに映っていた。男性アイドル、如月紫陽きさらぎしょうだ。さわやか笑顔のイケメンが映るスポーツ飲料のCM。


 ななえに口止めされているし、ショウのことはみなみにも言わないでおいた。


「ねえねえ、如月さんってこの前通知あったリンスタライブやってる子?」


 鋭い。さすがの洞察力だった。以前おれのスマホにあった通知の名前を覚えていたようだ。


「ああ、そうだよ。よく覚えてるな」


「ふーん。お兄ちゃん、その子と仲いいの?」


「まあ、隣の席だから、喋るよ」


「えっ、隣の席! ふーーーん」


 その長い『ふーーーん』はなんだ。


「確か、如月ななえって名前だったよね」


 みなみは下の名前までしっかり記憶していたようだ。そしてスマホを操作している。


 まさか──。


「えっ! 待って、この子めっちゃ可愛いじゃん! で、すっごいフォロワーの数! 有名人じゃん!」


「ああ、けっこう人気みたいだな」


「なんでこんな子とお兄ちゃんが!?」


 それはどういう意味だ。どっちへの偏見だ?


「だから、席が隣なだけだって。隣同士なら喋るだろ、フツー」


「そんなことない! ツマンナイヤツだったり、イヤなヤツだったらしゃべんないよ」


「そうか、じゃあ兄ちゃんはそのどちらでもないということだ」


「むー! お兄ちゃんがこんな可愛い子と隣の席になるなんて! 許せない!」


「はは、お兄ちゃんのこと心配してくれてありがとな。風呂入ってくるわ」


 おれは、みなみの頭をポンッと叩いて風呂場へ向かった。




 風呂から上がって、飯を食ったあと、おれはソファに横になっていた。


 するとみなみが上に乗っかってくる。


「どうした?」


「マラソンして疲れてるでしょ? マッサージしてあげる♡」


「あ、ああ……頼む」


 みなみは足を中心にゆっくりもんでくれる。


「ああ、そこ、いいな。気持ちイィぞ!」


「固くなってるよ? お兄ちゃん。ずいぶん溜まってるんじゃない?」


 足の筋肉が固くなって、疲れが溜まってるのだ。念の為言っておくと。


 みなみは、おれの足から腰、背中にかけてしっかりと体重をかけてもんでくれた。


「こんなもんでいい? お兄ちゃん」


「ありがと。なんだか体が楽になったよ」


「わたしへのマッサージは?」


「えっ!」


「ふふ。冗談だよぉ。今日は疲れてるでしょ。また今度してほしいな」


「ああ、今日は。ごめん、またな」


 それは本心ではなかったが、みなみに伝わったかはわからなかった。


 本当はいつも家事や家のことを助けてもらってるみなみに、マッサージをしてあげたかったんだけどな。

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