第21話 ななえの自宅で


 次の日も、おれはななえのマンションに寄った。


 今日はメイクさんも呼んでいるらしく、リハーサル的なことをいよいよするらしい。配信のテストも兼ねてだそうだ。


「あらあら、ななえちゃん。とうとう男を連れ込んだってわけだ!」


「マリエさん! 言い方言い方!」


「アッハハハー! ごめんごめん。で、もうチューくらいしたの?」


 マリエと呼ばれたメイクさんは、豪快に笑う。


「マリエさーん! もう! ホントにやめてっ!」


 マリエさんは少し?ガサツな、年上のおねーさんって感じだった。ふわっとしたピンクの長髪を、頭の後ろでアップにしている。年齢は非公開だそうだが、雰囲気からして25歳〜30歳くらいに見える。


 ななえの所属している事務所から派遣されているそうだ。業務は主にメイクや雑用。


 マリエさんは、ななえをからかってゲラゲラ笑いながら、手際よくメイクを施している。なんかカッコいいギョーカイ人って感じの人だ。




 おれはオレンジジュースを飲みながら、二人の様子を見ていた。エポのセッティングは済んでいた。いつでも配信を始められる。


 今日はテストということで実際は配信はしないが、どういう感じで映るか映像を録画して事務所の担当者にもチェックしてもらう感じらしい。


 おれのことはどう紹介するのかと思っていたが、普通にリアフレとして通すらしい。性別は非公開で。


「どうせ、声を出すのはアタシだけだから。マリエさんとゆうだいはただプレイしてくれるだけでいいから」


「ああ、そんな感じね」


 ななえに下の名前で呼ばれ慣れてないおれは、なんだかむず痒くなる。嬉しいけど。


 付き合う前と後で、特に変わったことはない。まだ一日しか経ってないからなんとも言えない。昨日のことはホントのことだったのかと疑ってしまいそうになる。


「よーし、メイク終わったし、ちょっとリンスタに上げる動画とろーっと」


 ななえは、スマホを顔の前にかざした。


「おいおい、おれ映ってない?」


「あ、ごめごめ」


 ななえは、スマホごと横を向いて窓を背にした。


 マンションの最上階からの眺めは最高だった。窓からは東京スターツリーが見える。町の象徴。都内最大の電波塔だ。


 ななえは、リンスタに上げるためのショート動画を撮影していた。




 その後、おれたちは三人でエポをプレイした。


 マリエさんは、想像していたよりも上手かった。おそらくマスタークラスに匹敵するほどの腕前だ。


「ゆうだい君。上手いね? ゲームばっかやってんでしょ?」


「ま、まあ、そうっすね。マリエさんも相当やり込んでますよね?」


「女だからってナメるんじゃないよ? 独身だからね。時間た〜っぷりあるわけさ!」


 マリエさんは、ゲラゲラと笑っている。とても賑やかな人。




 おれたちは、終始ワイワイ騒ぎながら楽しくプレイした。


 そして7時くらいにお開きになった。


 本当はななえと二人で話す時間も取りたかったが、早く帰らないとみなみがまたうるさそうなので、帰ることにした。


 おれとマリエさんを送るために、ななえも部屋を出る。


 三人で部屋の前にいると、ななえの部屋の隣のドアが音を立てて開いた。


 不機嫌そうな初老の男性が顔を出す。


 ななえの隣人のその男はジロジロとおれたちの顔を見回すと口を開いた。


「あんたら、何騒いでたんだよ? うるさい笑い声がこっちまで聞こえてるんだぞ? ちょっとは隣の迷惑も考えてくれよ!」


「ご、ごめんなさい。気をつけます!」


 ななえはすぐに謝った。おれとマリエさんもいっしょに頭を下げる。




「言われちゃったねー。ちょっと騒ぎすぎちゃったかなー? 壁けっこううすいの?」


 マリエさんが気まずそうに言った。


「薄いと思ってはなかったんですが、案外聞こえちゃうのかもしれませんね」


 ななえはしょんぼりした表情でそう言った。


「そっかそっか。ななえちゃん、ゆうだい君。今度からちょっと、声控えめにしよっか」


 おれたちは頷いた。




「じゃ、邪魔者はお先に退散しま〜す。おやすみ〜」


 マリエさんはそう言って足早にエントランスを出ていった。おれたちに気を使ってくれたのかもしれない。


「ゆうだい、今日もありがと。楽しかったよ」


「うん、おれも……。マリエさん、元気のいい人だな」


「そう、全然退屈しない人。でも、今度は二人で会いたいね♡」


「うん、じゃあまた。おやすみ……ななえ」




 歩道に出ると、ガードレールのところにまた男が立っていた。先日と同じ男。

 帽子を深く被り、マスクをしている。左耳にピアスが光る。


 男はおれと目が合うと、すぐにそらして帰路についた。

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