第19話 如月さんからの告白


 翌日の放課後も、おれは如月さんのマンションにいた。


「今日はちょっと、あっついねー。飲み物アイスコーヒーでいい?」


「うん、ありがと」


 最近、ほぼ毎日のように彼女と顔を合わせていて気づいたことがある。彼女の外見は、毎日何かしら違うのだ。


 外見と言っても基本的には制服には変化はない。しかし、ワイシャツの上にカーディガンを羽織っていたり靴下が紺だったり白だったりと細かな違いはある。


 それに学校の外ではスカートの丈がほんの少しだけ短くなってる気がする。


 あと、髪型なんかは毎日必ず違っていたりする。


 今日の如月さんは、普段は肩まで降ろしてる髪の毛を後ろで縛っている。そこにはふわふわのリボンのようなものがついている。オレンジ色のシュシュだった。


「今日のシュシュ、かわいいね。オレンジ色好きなの?」


「えっ! あ、ありがと。どしたの? いきなり? そんなこと言うの初めてじゃない?」


 彼女は顔を赤らめながら、明らかにキョドっていた。


「いや、いつも思ってたけどさ。如月さんってオシャレだよね。やっぱり人に見られる活動してるからかな」


「いつも思ってたの! なんかハズいんだけど! どして今まで言ってくれなかったの?」


「それこそハズいって! でも細いところに気を使ってるのはわかってたよ」


「はああぁぁ? なんかキャラと違うんですけど!? 四宮くんてもしかして、女の子とけっこう遊んでるタイプ?」


「なんでそうなるんだよ! 如月さんとしか遊んでないから! 妹だって褒めると喜ぶから、自然と変化に気づいちゃうんだよ」


「ははぁ〜ん、なるほど。シスコンの為せるワザだったか!」


「シスコンじゃないっ! 優れた洞察力があるとでも言ってくれ!」


「はいはい、すごいすごい。そんなこと男子から言われたことないからさ、ドキっとしたよ? マジで」


「へ? むしろ言われ慣れてるでしょ」


「ないない、アタシとっつきにくいでしょ? 基本女子としか絡まないし。まあ女子もそんなアレだけど」


「そうなの。男女関係なく教室で楽しそうに喋ってるじゃん」


 クラスの中心にはいつでも如月ななえがいる。少なくともおれにはそう見える。


「アレはさー……外交みたいなもんだよ。んーだから、たまに思うんだよね。ホントのアタシはどこにいるんだろーって」


「ん?」


 よくわからなかったが、キャラを作ってるみたいなことだろうか。それならわからなくもないけど。


「ガワ被って生きるのも面倒よ? みんなアタシのことを画面越しで知った気になって絡んでくるしね」


「わかるよ」


「わかるの?」


 如月さんは意外な顔をしておれの方を見る。


 アイスコーヒーを一口飲みノドをうるおわせて、おれは言った。


「だれだって、そうじゃない? おれだって、如月さんだって」


 おれたちはいつだって見えているガワだけで、その人間を決めつける。本性は、おいそれとは他人に見せないものだ。




 如月さんは、唐突にこう言った。

 

「アタシさ、小学校の時いじめられてたんだ」


 意外だった。聞いた瞬間そう思った。ああ、ほらな、また決めつけてる。


「イジメって言っても、なんだろ。クラスの中で順番に回ってくるようなやつで、今度のターゲットはアタシか〜くらいに思ってたんだけど」


 そういうのあるよな。関わってないやつなんかいない。直接関わってなくても傍観者として見てるだけで黙認しているのといっしょだ。


「それで公園でいつものようにクラスメイトたちにからかわれてた時にさ、中学生の男子たちに絡まれたんだよ。ほら、小学生の頃って中学生ってすっごく怖く見えるでしょ? みんなビックリしちゃってさ。アタシ一人を置いてみんなソッコーで逃げちゃって。まさに生け贄にだよ」


 如月さんは、昔の思い出話のように平然と語っているが、おそらくかなりツライ記憶なのだろう。


 ツライことを思い出しながら、少しでも強がろうとしている感じが彼女のセリフから伝わってきた。


「中学生の男子たちは三人、外見からして悪ぶってる感じの子たち。アタシに向かってパンツ脱げだとか、おっぱい大きくしてやろうかだとか、ヤバいこと散々言ってきた」


「……。」



「そしたらさ、助けてくれたんだ。知らない男の子が」



 如月さんの目は赤く潤んでいた。


「三人もいた、自分より体の大きい男子たちをあっと言う間にやっつけちゃってさ。ランドセル背負ってるの小学生が、だよ?」


「……。」


 その話と同じようなエピソードをおれは知っていた。


「あれ、なんでこの話になったんだっけ、ごめん」


 彼女は照れ笑いを浮かべながら、ティッシュで目をぬぐっている。


 涙をふき、赤くなった目元でおれを見つめる。その目はと同じだった。


「ねえ? 覚えてる? あの時のこと」


 覚えている。いや思い出したというべきか。


 おれが黙っていると、彼女はおもむろにカバンから何かを取り出した。


 お守りだった。それをおれに見せてくる。


 お守りの中には、何かが入っている。それには汚い文字でこう書いてあった。


『四宮ゆうだい』


 小学6年生の頃に失くしたはずの名札がそこにあった。


「名前も言わずに去っていったよね。四宮雄大くん」


「あの時の……、如月さんだったんだ」


「そうだよ? 名乗りもせずに行っちゃうなんて、ちょっとカッコ良すぎるよ」


 彼女は微笑んだ。その顔にもう涙はない。


「あっ、返したほうがいい? この名札」


「いや、えーと、小学生のころの名札返されても使うことないもんな。ずっと持ってたの? お守りがわりにして?」


「もう! それをアタシの口から言わせる?」


「え、えっ?」


 彼女は後ろを向いて、窓に向かって話した。


「ず〜っと思ってたんだよ? この名札の落とし主のこと」


 恥ずかしいのだろう。表情は見えない。おれもドキドキして下を向いていた。


「この四年間かな。ずっとあなたが好きでした。あ、今もだよ」


 顔をあげると、彼女と目があった。


 オレンジ色の夕焼けに照らされた彼女の顔はとても美しかった。




 おれはこの日、如月ななえに恋をした。

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