第13話 初めての嘘


 カラオケで如月さんと別れて、家に帰ると妹のみなみが晩ご飯を作ってくれていた。


「おかえり、ちょっと遅かったね」


「ああ、ちょっと」


 おれは何気なく返事をして、洗面所で手を洗っていた。すると、みなみが洗面所にやってきた。


「寄り道? 何してたの?」


「えっ? いや、友達と……マック」


 おれはとっさにウソをついた。


「えっ! ええっ! 食べてきたの? 言ってよ!」


 あ、やっべ! そうなっちゃうのか……。おれはあわてて取り繕う。


「いや、ポテト! ポテトだけ食ったから。飯は食えるよ、普通に」


「そうなの? マック行ったのにポテトだけ?」


「クーポン、クーポンあったからさ、それでポテトだけ食って駄弁ってた」


「なにそれ、JKみたいじゃん。友達ってマサヒロさんでしょ? 二人で?」


「そうそう、マサヒロと。二人でマックで駄弁ってた」


「お兄ちゃん、マサヒロさんとホント仲良いね〜」


 妹はそう言って、台所に戻っていく。


 おれは、みなみにウソをついた。あまり心地の良いものではなかった。


 自分でも、なぜ本当のことを言わないのかわからない。だけど、如月さんといっしょにカラオケにいたことは、なぜか言えなかった。




 夕食後、お風呂をすませたおれたちは、FPSゲームのApoxLegendに興じていた。


「裏から裏から! 七時方向の家、ゆっくりな!」


「どこ? どこの家?」


「赤い屋根の家、グレネード投げてみ!」


「うん! えいっ!」


 ドカン! という爆発音とともに、1KILL、2KILL、3KILLの文字が浮かぶ。


「よっしゃ! 3KILL!」


「やったー! お兄ちゃんの言った通りだったね!」


 コントローラーを持ったまま、みなみはおれの腕にくっついてくる。


 初めてたくさんの敵を倒して、嬉しくてしょうがないのだろう。


 みなみは、ここ何日かおれといっしょにエポをプレイしていた。


 おれが、みなみのフリをして『美波かなた』でエポをプレイしてしまったため、本来の主であるみなみもエポを覚えざるを得なくなったわけだ。


「おまえ、センスあるな。かなり上達早いって」


「そお〜? お兄ちゃんが教えるの上手いんだよ。さっすがお兄ちゃん」


 今度はコントローラーを離して、正面から本気で抱きついてくる。


「わわっ! ちょ、おい」


 みなみのふくよかな胸が、顔に思いっきりバインバイン当たってくる。


「画面見えねえ! てかコントローラー離すなって! ちょ、おま!」


「アッハハハッ! お兄ちゃん喜んでくるせにぃ!」


 その後、再び集中を取り戻したおれたちは、このゲームで勝つことができた。


「やったー! 一位だよ! 初めて一位! みなみとお兄ちゃんのチームが一位だよ〜!」


「よっしゃっ! やったな!」


 この勝った時の喜びが堪らない。脳内であらゆる快楽物質が出ているのを感じる。みなみも嬉しそうにしている。


「お兄ちゃん! お兄ちゃんといっしょだったから、わたし怖くなかったよ? ちゃんと戦えた!」


「よしよし、いいこだったぞ。みなみ」


 おれは、みなみの頭を撫ででやる。サラサラの髪の毛はいい香りがする。


「もっと褒めて褒めて〜」


 妹は、みなみは褒められることを好む。幼い頃は両親の仲が上手くいってなかったらしく、父親との関係もよくなかったようで特に褒められたりすることもなかったようだ。


 みなみは、愛に飢えている。そのため褒められること、承認されることが大好きだった。


 Vtuberとしてライブ配信を始めたキッカケは、単に流行りだからってだけだが、たくさんの人から承認されたいという欲求が根底にあるのかもしれない。


 多くのリスナーから愛されているみなみを見るのは、おれも幸せだった。


 でも本当のみなみは、おれだけが知っていた。


 おれだけが知っているみなみが、おれの目の前にいることがなにより嬉しかった。




◇◇◇◇◇



 ──今日はお兄ちゃんにいっぱい褒めてもらって、嬉しかったなー。


 みなみこと、わたしは布団に入りながら、最高の充実感に包まれていた。


 ついさっき、お兄ちゃんにナデナデしてもらった頭には、まだ優しい手のぬくもりが残っている気がした。


「ちょっと、胸押し当て過ぎちゃったかな。すごい目してたなーお兄ちゃん」


 わたしは、自分のしたことを振り返って恥ずかしくなり、顔が赤くなるのを感じた。


「ま、いっか。今夜もお兄ちゃんの夢見れますよーに♡」



◇◇◇◇◇






──────────────────────


あとがき


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