第9話 妹のスマホを見る?or見ない?


「おかえりー、お兄ちゃん。お風呂にする? ご飯にする? それとも……」


 帰ってきてドアを開けるなり、みなみが嬉しそうに走ってきた。


「みなみ、お客さんだ……」


「あっ、どうも。お邪魔……します。中川正弘って言います」


 おれの後ろには、マサヒロが立っていた。マサヒロは妹のみなみのセリフにドン引きしながら頭を下げている。


 アニメイトに寄った後、マサヒロがうちに寄っていくことになったのだ。


「えっえっ! ヤダー! 友だち連れてくるなら先に言ってよ! こんにちは! みなみです! マサヒロさんのことはよく兄から聞いています」


 みなみは慌てておうちモードから、よそ行きモードに切り替える。このあたりの変わり身は早いんだよな。


「晩ごはん、こいつの分もある? いっしょに食おうかと……」


「い、いいけど……、たいした物じゃないよ?」


「なんでもいいよ別に。じゃあ、できるまで部屋で待ってるから」


 おれは、そう言って階段を上がりスタスタと自分の部屋へ向かう。背中にみなみの声が飛んでくる。


「なんでもいいってなに? もーう!」


「ハハ、大丈夫だよ。気使わないでいいから、じゃあお邪魔しまーす」


 マサヒロはみなみにそう言って、おれの後をついてきた。




「なーなー? 妹さんが飯作ってるの?」


「そうだよ、うち両親いないんだよ」


「え……すまん」


 気まずい沈黙が一瞬流れる。


「いやいや、ちゃんと生きてるぞ。二人とも仕事で海外行ってて、家にいるのはおれとみなみだけなんだ」


「そゆことか。なんかすげーなお前んち」




 部屋に入るなり、マサヒロは無言でおれに視線を向けてくる。


 なんだ? 変な生き物を見る目でおれ見るな。


「雄大、安心しろ。お前がシスコンだってことはクラスメイトには黙っといてやるから……」


 やめろ。その哀れみの表情を今すぐ。そしておれはシスコンではない。よな?


「おれはシスコンじゃない。さっきのは妹がふざけて言ってただけだ」


「百歩譲ってお前がシスコンじゃないとしても、妹さんはブラコンだな。ブラコン過ぎる妹なんてラノベの中だけかと思ってたけど、まさか現実にいるとはな」


「おいおい、ひとの妹を変な目で見るなよ」


「でも、すげーかわいいよな。みなみちゃん。雄大にそんなに似てないし」


「あ、ああ……そうか? そんなかわいいか?」


 おれとみなみが似てないと言われてドキッとした。さすがに義妹であることまでは勘ぐられてないだろうが。


 一人っ子でもあり、ラノベの読み過ぎで頭がバグっているマサヒロには、義理の妹と二人暮らしという設定は刺激が強すぎる。


「しっかし、普通に可愛いだろ、あれなら学年で一番ってレベルじゃね? JC補正があるにしてもあそこまでの逸材はブツブツ」


 マサヒロの本気の考察におれは若干引いていた。妹のことを値踏みするんじゃない、と言いたかった。


「おいおい。そこまでじゃねーって。学年で一番って如月さんのようなレベルだろ?」


「いやいや雄大、如月さんは学校イチだろ。あのレベルと一般人を比べるのはさすがに酷だぞ」


 まさか、こいつと女の話題をするとは思ってなかったおれは、ふと我に返って言った。


「もういいだろこの話題、らしくねーぞ。それより今季アニメの中間評価でも言おうぜ」


「いやいや、よくねーよ。まさかの如月さんと隣同士になりやがって、さっきホームルームの時何喋ってたんだよ」


 なん……だと? マサヒロがアニメの話題を振り切って女の話を続けるとは。おれは心底恐怖した。


「何って、いや暑いよねーって」


「お前、ウソ下手すぎ……はっきりわかんだね」


「マジで、たいしたことは話してねーって」



 その時、部屋のドアが少し開いていることに気づいた。



 あれっ、ちゃんと閉めたつもりだったけど。閉め忘れたっけ。どうだったかな。


 するとドアが徐々に開いて、みなみが顔を出した。


「ご飯できたよ? 部屋で食べるの?」


「あ、ありがと、今下行くよ」


「はーい」




「う、うめぇ! こんな美味いもの食ったことねぇ! みなみちゃん、料理うますぎ!」


 マサヒロは、みなみの作った夕飯をバクバク食っていた。


「えへへっ、そう言ってもらえると嬉しいなあ! おかわりありますからね」


 みなみの作る食事は、普通にうまいのだ。毎日当たり前のように食ってるからおれは感謝を忘れていたことに気づいた。


「みなみ、ホント美味いぞこの肉野菜炒め。いつもありがとな」


「も、もう! 急に何? お兄ちゃん!」


 みなみは、顔を真っ赤にして台所に逃げていった。


「かわええ〜、やっぱ妹だよな、いもうと」


 マサヒロが、みなみを目で追いながら、そうつぶやいた。


 こいつ、マジで大丈夫か?


 しかし次の瞬間、マサヒロの言葉におれは凍りついた。



「なあ、あんだけ可愛いと彼氏くらいいるんじゃね?」



「えっ」


 思わずマサヒロの顔を見るとニヤニヤしていた。


「やっぱ気になるのか? 兄としては」


「ぁ、ああ……」


 そんなこと考えたこともなかった。


 その後、食事を終えたマサヒロは帰ることになった。




「ごちそうさまでした~! さよならー、みなみちゃん」


「またいつでも来てくださいね!」


 みなみは満面の営業スマイルでマサヒロを見送った。




 おれは家の外まで、マサヒロを送って行った。


「また来てくださいねだってよ。みなみちゃん。俺に気があるのかなあ?」


 おいおい、マジかこいつ。社交辞令を真に受けてやがる。


「よかったな」


「雄大、いつかお前をお兄さんと呼ぶ時が来るかもしれんな」


「はいはい、じゃあな、また明日」


「おう、また、学校で」


「おい、妹のこと、クラスのやつに言わないでくれよ」


「言うかよ。俺はお前と違って、話し相手はクラスにお前しかいないんだぜ」


 マサヒロは自信満々にそう言って、ニカっと笑って帰っていった。




 リビングに戻ると、みなみはいなかった。浴室の方から音がするので、どうやらシャワーを浴びているようだ。


 テーブルの上には、みなみのスマホが置いてあった。



『あんだけ可愛いと彼氏くらいいるんじゃね?』



 さっきマサヒロの言ったセリフを思い出した。


 彼氏、か。絶対いないと思うが、世の中に絶対はない。


 おれは、みなみのスマホに手を伸ばした。

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