第5話 如月ななえは企んでいる


四宮しのみやくん、ちょっといい?」


 と言って、如月きさらぎななえがおれに声をかけてきた。これはもう事件だった。


「えっ? あ、あ……」


 突然の不意打ちに、おれは言葉が出なかった。


 いっしょに喋っていたマサヒロが、あっけにとられた顔をして、おれと如月ななえを交互に見ている。


「話があるの。ついてきて」


 テンパっているおれは、慌てて如月ななえの後をついていく。


 教室から出る時に、クラスメイト全員の視線が自分に集まっているのを感じた。




 おれは如月ななえに中庭まで連れてこられていた。周りには誰もいない。


 昨日、カラオケで会って話したことすら奇跡体験なのに、今日も話しかけられるとは夢にも思わなかった。


「これ、昨日カラオケ店の前の自販機のところに落ちてたよ」


 そう言って、如月ななえが差し出してきたのは学生証だった。


 名前の欄には『田中みなみ』と書いてある。


 田中という名字はみなみの旧姓だ。 この学生証は、みなみのものだった。


 そういえば、昨日カラオケを出てすぐの自販機で飲み物を買って帰ったっけ。あの時落としてたのか。


 彼女は、それをわざわざ拾って届けてくれたのか。


「あ、おれのじゃなくて、みなみのね」


「昨日カラオケでいっしょにいるところ見たから、警察に届けるより四宮くんに渡したほうが早いかなって思ったの」


「えっ、みなみといっしょにいるところ見た?」


「うん、ドリンクバーのところでイチャイチャしてるの見たよ。仲いいんだね〜」


「あー、見てたんだ……。そうそう、仲はけっこういいんだ。ハハ」


 おれの口からは乾いた笑いが出た。公衆の面前で妹のみなみとキャッキャしてたのを見られていたとは。


 そして、次に彼女の口から飛び出した言葉におれは耳を疑った。



「四宮くんに、まさかJCの彼女がいるなんてね。もしかしてロリコン?」



「っちょ! いやいやいや! みなみは妹なんだけど……」


 しっかり勘違いされたあげく、のっけからロリコン認定されそうになり、おれは慌てて否定する。焦りで体中から変な汗が出るのを感じた。


「えぇっ! そうなの? だって名字違うじゃん!」


「親、再婚してるから。学生証の名前は中学入った当時のままなんだ」


「ふ〜ん、そうなんだ。じゃあ義理の妹ってことね〜」


 如月ななえは、何やら含みのある言い方をする。


「妹とあんなにイチャイチャするんだね〜? 四宮くんってシスコン?」


 ロリコンの次はシスコン認定されそうになり、おれは慌てて弁明する。


「あれは! スキンシップというやつで……。あのさ、とりあえずクラスの奴らにはカラオケでのことは話さないでほしいんだ!」


 こんな影響力のある女に変なウワサを立てられたら、おれの高校生活が終わる。そう思ってとっさに頼みこんだ。


「ふふ、まあ別に、誰にも言わないけどね」


「妹と血が繋がってないことも……あんまり人には言ってないから、秘密にしてもらえると助かるんだけど……」


 如月ななえは一瞬真顔になり、おれの顔をじっと見てくる。


「じゃあさ、アタシが昨日カラオケにいたことも秘密にしてくれる? クラスメイトにバレたくないの」


 ちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、彼女はそう言った。


「な、なんでカラオケのことを秘密に? クラスの女子たちと行ったんじゃないの?」


「……。行ってないわ。みんなには帰ったって言ってあるからさ」


「え、じゃあどうして、あっ! 彼氏と行ったんだ?」


「彼氏なんか居ないわよ! バッカじゃない?? 一人よ! ひ・と・り! 悪い?」


 彼女は、早口でまくし立てた。顔を赤らめながら。


「ヒトカラ? マジ? 友達多そうなのに……」


「別にいいでしょ! 一人で歌いたい曲もあるし。とにかくアタシとカラオケで会ったことは秘密ね。そしたら四宮くんがJCと付き合ってることも秘密にしといて上げるから!」


「だから! あれは妹だって!」


「でも、血は繋がってないんでしょ? あんなにくっついてて変な気にならないの?」


「いやいやいや! ちがうちがう! 多少くっついたりはするけどさ! そんな風にはならない!」


 おれは自分の尊厳を守るため必死に弁解をした。


 ──しかし、後ろめたいことがあるからなのか、少し強い口調になってしまう。


 如月ななえは、ため息交じりに小さな声でこぼした。


「ふーん、いいなあ」


「えっ? なに?」


「ん! なんでもない。じゃっ!」


 如月ななえとはそこで別れて、別々に教室に戻った。

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