第4話 妹がおれのカルピスを……


「おそーいっ! お兄ちゃん!」


「そりゃあ、中学生のほうが早く終わるに決まってるだろ。高校生にもなるといろいろ大変なんだぞ」


「部活もやってないのに、何言ってんの」


「何を言う。おれは帰宅部のエースだぞ!」


「はいはい。もーお! 一度でいいから、わたしが後から来てさ、ごめん。待った? っていうやりとりしたいの!」


「はいはい、入ろ」


 妹のみなみはほっぺたを膨らませて「もぉ」と言いながら店内へとついてくる。


 四宮しのみやみなみ、彼女はおれの義妹いもうと。一歳年下で中学三年生になったばかり。




「キミのことだけ、見ていたい♪ キミの全てを、つつみたい♪ アタシの素直な、この気持ち、キミに、キミに、キミに伝えたーい♪」


 みなみが唄っている曲は、現在放送しているアニメ『鬼滅の花嫁』で出てくるキャラクターのキャラソンだった。


 このアニメは、鬼に連れ去られた家族を助けるため、兄妹二人が協力し、時にすれ違い、困難に立ち向かっていく感動ストーリーだ。


 おれは手拍子を入れながら、マイクを使わずにいっしょに歌う。


「運命のいと、結ばれて〜♪ 二人の道は、続いてく~♪」


 『鬼滅の花嫁』の物語の終盤では、兄妹の二人が、実は血が繋がっていなかったことが発覚する。そして最後には兄が妹を花嫁にするというハッピーエンドになっている。


 歌い終わったみなみは、不自然な角度に首を曲げながら決めポーズをする。いわゆるシャフ度だ。


「それにしてもこの妹、ノリノリである」


「どうだった?」


「うん、よかったぞ」


「あったりまえじゃん! かわいかったかどうか聞いてるの!」


「ああ、あー......かわいかった、ぞ?」


「もー! お兄ちゃんのクーデレ!」


 中学生のテンションには若干ついていけないよ、おじさんは。


「お兄ちゃんなんか歌わないの? 十八番の『恋のメロメロ☆メロンソーダ』は?」


「いやいや、おれも高校生になったからさ。こういうのそろそろわきまえようかと……このままだと陰キャオタク街道まっしぐらだし」


「別にいーじゃん! 学校は勉強するところでしょ? 学校だけが青春じゃないよ?」


 みなみは急に真面目な顔をすると、おれに向き直り口を開いた。



「おにいちゃんには、わたしがいるよ?」



 上目遣いで、おれの顔をジッと覗き込んでくる。


 ……こいつ恋愛のプロになるな。兄としては心配になる。


「いいから、歌えよ。飲み物とってくるわ」


 そう言ってソファから立ち上がる。


「わたしメロメロメロンソーダ!!」


「はいはい、メロンソーダね」


 おれはそう言って部屋を出た。




「四宮くん?」


 ドリンクバーのところで思いがけない人物に声をかけられた。



 学園一の美少女、如月ななえが、そこにいた。



「え、え、あ、ども」


 なんで如月ななえがここに? いや待て今四宮くんていったか? 『しのみやくん』てハッキリそう言ったよな? おれの名前覚えてたのか。クラスの隅っこでヲタトークに話を咲かせている陰キャのおれの名前を覚えているだと? それに比べておれは名前も呼べんとは。一瞬でそんなことを考えた。


「四宮くん、どうしてここに?」


「いや、その、如月さんこそ、どうして? みんなとボウリング行ったんじゃないの」


「あ、えーと……ボウリングは断ったわ。あたし、カラオケのほうが好きだから」


「そうなんだ」



 ポロリン!



 会話が途切れて気まずくなったところに、LIMEの通知音が鳴った。


 スマホの画面には『遅いよー、ウンコでもしてるの?』というメッセージが、うんこの絵文字と共に表示されていた。


(うんこじゃねえよ……)


「ごめ、それじゃ、おれ部屋に戻るね……」


「うん、じゃあまた学校で」


 そう言って如月ななえはとびっきりの笑顔を見せた。Rinstaglamに上げていた画像なんかよりも何倍もステキな彼女がそこにいた。


 イイネ、と思わず心の中で叫びながら、おれは部屋に向かって歩き出した。


 角を曲がる時、ドリンクバーの所を振り返ると、如月ななえはまだこちらを見ていた。




「お兄ちゃんおそーい! わたしのメロンソーダはー?」


「はいはい、おまちどおさま」


 みなみはストローに口をつけて、一口飲んだ。


「お兄ちゃん、何飲んでるの?」


「カルピス」


「お兄ちゃんのカルピス、ちょーだい♡」


 おいよせ。変な風に聞こえる。


 おれの手からカルピスを奪い取ったみなみは、躊躇なくストローに口をつける。


「関節キスだぞ」


「いーじゃん。兄妹きょうだいなんだから」


 兄妹きょうだいで関節キスは普通なのか、おれにはわからない。しかし、おれとみなみは義理の兄妹だ。


 二年前、父親が再婚して義母と義妹いもうとのみなみを連れてきた。それまで、一人っ子だったおれは、こんな未来は想像さえしていなかった。




 その後、しばらく歌った後、今度はみなみと二人でドリンクバーにドリンクを取りに行った。


 大好きな曲を歌いまくったみなみは、ハイテンションになっており、やたらくっついてくる。


 妹もおれも、学校帰りに制服のままカラオケに来ているので、まるで制服デートをしている気分だ。


 こんなところクラスメイトに見られたら、ロリコン認定されてクラスの笑いもの、いや笑いものにすらならないかもしれない。


 確実に引かれるだろう。マサヒロですらドン引きするだろうな。


 まあこのカラオケ店は、おれが通う高校の最寄り駅から離れているから大丈夫だと思うが。


「お兄ちゃん! ねぇねぇ! 今度『美波かなた』の配信でアニソン歌う企画、したいなー」


「バカ、外で美波かなたとか言っちゃダメだ。身バレの元だぞ」


「あっ、ゴメン!」


 みなみは、ハッとしておれを見る。


 その後、おれたちは一時間ほど歌ってから、家に帰った。

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