第3話 リア充爆発しろ!!


四宮しのみや氏、ちぃ〜っす」


 おれの肩を叩いて、声をかけてきたのは、友達のマサヒロだった。


 少し早く登校してしまい、机に突っ伏して寝たフリをしていたおれは顔を上げた。


「おう……、その呼び方、ハズいからやめろって……」


「フヒヒ、サーセン! なあ、雄大ゆうだい! 昨日の『鬼滅の花嫁』見たでござるか?」


「あ、まだ見てない。言うなよ?」


 おれはすかさずマサヒロに釘を刺す。こいつの口からはアニメとゲームの話題しか出てこない。


 マサヒロこと、友人の中川正弘なかがわまさひろとは気の合う陰キャ同士、入学当初から仲良くしていた。


 高校入学から、まだ二週間しか経ってないため、マサヒロくらいしか喋る相手がいなかった。




「なんだ〜、見てないのか〜。あそこでコレコレがコレコレに襲いかかって〜」


「おい、言うなって!」


「そこですかさず、鬼を斬り払ったツネコたん! カッコかわゆす〜!」


 マサヒロはギリギリのネタバレを展開しながら、シュッシュッと刀を振り回す仕草をする。


 教室の後ろで堂々とアニメの話題に興じるのにも慣れてきた。


 ザワついている教室の中で、クラスメイトたちの誰もが、おれたち二人のことなんか気にしてない。




 そんな教室に颯爽と現れたのは、クラスで一番イケてる女子『如月きさらぎななえ』だった。


 教室中のクラスメイトが、如月ななえに注目する。せざるを得ないのだ。


 彼女の整った顔立ちとスタイルは、クラスで一番、いや学校で一番の美少女と言っていいだろう。


 彼女はオシャレだった。みんなと同じ制服なのに、だ。同じ服なのに着る人間が違うとこうも着こなしに違いが出るのか。


「如月さんおはよー!」

「如月さん、今日も盛れてるねー」

「如月さんかわいい……♡」


 クラスのイケてる女子たちのグループに自然と加わった如月ななえは、次々に声をかけられていた。




「わぁ、如月さん眩しいでござるな……」


 隣でイケてない男子がそうつぶやいた。


「だな、二次元から飛び出してきたアニメキャラみたいだ」


 おれも同意してそう答えた。


「雄大、現実リアルとアニメの区別はつけたほうがいいと思うよ」


 マサヒロが急にまともなことを言ってくる。


「はっ? お前、急に素に戻るなよ」


 マサヒロのオタクキャラはブレブレだ。それはそうだ。まだおれたちは知り合ってからそれほど経ってない。

 クラスの誰がどんな性格でどんな嗜好なのかは、お互いほとんどわかってないのだ。


「知ってる? 如月さんってインフルエンサーらしいよ」


 マサヒロがそう言った。


「ん、風邪でもひいてんの?」


「ぶふぉ! それどっち? 絶妙すぎるギャグ! え、マジで言ってる?」


「じょーだん」


 おれは得意げに言う。


「ほら見て、Rinstaglamとかdiktokで人気の美少女JKだって!」


 マサヒロがスマホの画面を見せてくる。そこにはめちゃくちゃ盛られた如月ななえが写っていた。多少加工されてるがめちゃくちゃかわいい。


 しかし、肉眼で見る実際の彼女のオーラは、もっとすごい。


「へぇ、有名人か……ま、おれたちには関係ねぇ話だ」


 おれはしみじみつぶやいた。


「はは、まあまあ物事には陰と陽があるもんだし、陰キャは陰キャらしく生きるでござるよ」


 マサヒロは真面目な顔で言う。


「悲しいこと言うなよ。でもまあ、そうだな……」


 おれは、しぶしぶ同意した。




 放課後になり、帰り支度をしていると、マサヒロがおれの肩を叩いてきた。まだ二週間の付き合いだが何を言いたいのかわかる。


 この後、アニメイトに行こうと誘っているのだろう。


「わりぃ、今日用事あって、妹とカラオケ行くんだ」


「え……え……、この裏切り者ぉ! 貴様まさか陽キャ側だったとは〜! 悪!即!斬!」


 マサヒロはおれに向かって、ムチャクチャに刀を振り回す仕草をしてくる。


「ばっか、兄妹で遊ぶことがなんで悪なんだよ」


「うううぅぅ、一人っ子の拙者! 切腹するで参るぅ!」


「うざ絡みすんなって、じゃあな」


 おれはそう言って席を立った。


「四宮氏、また明日ー」




 何やら賑やかにしているクラスメイトたちの間を抜けて、おれは教室の出口へと向かう。


 さっきから聞こえてくる話の内容からして、この後クラスメイトたちの何人かで遊びに行くようだ。親睦を深めようと言うのだろう。


 おれとマサヒロにはお声がかかっていない。察した。




 陽キャっぽい奴らのそばを通り過ぎた時、突然、おれは肩を叩かれてこう言われた。


「おう! お前もくる? ボウリング」


「あっ、えっ」


 話したこともない茶髪の男子生徒に声をかけられ、おれは一瞬すくんでしまった。


 なんて言って断ろう。そう考えていると男子生徒はこう言った。


「あっ! わりぃ、間違えた。お前じゃなかったわ! メンゴメンゴ〜!」


「あ、ああ」


 なんなんだこいつ。


「ちょっと、かわいそうだよ? キャハハ」

「おう、ごめんな。こいつ頭わりぃからよ。え〜っと、あれ誰だっけ」

「おめぇ、クラスメイトの名前覚えてねえのかよ。ごめんな〜二宮くん!」


 おれは四宮だ。まあ、おれもこいつらの名前は覚えてないから別にいいんだけど。


 まあいい。さっさと帰ろう。


 おれは振り返って教室の出口へと歩いた。その時、おれの方を見ている一人の女子生徒の視線に気がついた。



 如月ななえと目が合った。



 ──たまたまだろうか。


 如月ななえは確かにおれを見ていた。陽キャグループにからかわれて、笑いものになったおれを見て彼女は今どう思ってるんだろうか。


 一瞬そんなことを考えながら、彼女の前を通り過ぎた。


 その時、後ろからさっきの茶髪男子の声が聞こえてくる。後ろで如月ななえに声をかけているようだ。


「如月さん、ボウリングいかね? ドリンク代は男子が出すからさー!」


 如月ななえの返答が聞こえてくる前に、おれは教室を後にした。




「物事には陰と陽がある、か……」


 そのとおりだ。まあ陽キャは陽キャらしく青春を謳歌してくれ。



 おれはそう思いながら、妹のみなみの待つカラオケに急いだ。

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