「ウィークスロッドだよ。教師のくせに知らねぇのかよ」

 ダウナー家の血とドレイツ教によって結ばれた同君連合「ダウナー連合王国(Antorlyアントーレリィ Kustuiクストゥイ owオウ Dawnarダウナー)」は、アトゥス教が圧倒的最大多数を誇る中央世界の中で唯一生き残ったアトゥス教を国教としない国である。

 無論、周辺諸国から異教徒であるという理由だけで攻め込まれる、なんてことは数知れず。しかし、彼らは島国という地形と独自の強力な魔導戦力で常に海の向こうのアトゥス教勢力に対抗してきた。


 アグロンド王国、アスタース公国(Astasアスタース Proktuiプロクトゥイ)、4の対岸大公国、6の私領、9の属州、そして現在進行形で増え続けている広大な植民地からなる唯一無二のドレイツ教を信仰する大国。それが連合王国だ。


 連合王国は成立から500年以上の歴史を歩む中で、周辺諸国に対抗するための高度で複雑な国家システムを醸成させてきた。教育機関もその中の一つである。

 中央世界のほとんどの国では教会が民衆の教育の場となっている。国家や貴族などが設置する学校は学費が高く、もっぱら貴族か大商人の跡取りくらいしか通うことができない。

 しかし、連合王国における学校は「院(Mionithlyミオニスリー)」と呼ばれる独立した国家機関の管轄する全国組織である。


 連合王国民は6歳の9月を迎えると各地の初等学院に入学し、公爵家と王家の人間を除き、貴族平民関係なく同じ寮、同じ学舎で9年を過ごすことになる。これは生まれてきてから初めて課される国民の義務となっている。


 9年間で子供たちは読み書きや四則演算、簡単な社会や魔術など、国民として最低限の知識をつける。そして、最終試験にて一定以上の成績を収めたうえで希望する者には高等学院へと通う権利が与えられるのだ。




──────────


-アグロンド歴463年(聖歴1033年)10月-


「セル君の志望は進学か。う、うむ。成績は優秀だし、問題は無いだろう。やはり『Noltノルト Erathエラス Reguリーグ Colzeedコルズィード-mionミオン(北東州高等学院)』かね?」

「いや」

「そ、そうか。地元から離れるのか。であれば奨学生に受からねばならんな。えーと、大変言いにくいのだが、結構厳し――」

「何とかなるだろ」

「ひ、ひい。そうだよな、成績は大変優秀だものな。魔法実技推薦か筆記一般なら可能性は高いかもしれん。うむ。……うむ。えーと、ちなみに聞くが、どこを目指してるんだね? ああいや、気を悪くしないでくれよ、しかし私も教師として――」

「だっる……」


 14歳。初等学院9年生となったセルは現在、進路担当の教師と二者面談の最中である。

 細身で常に眉が垂れまだ若いのに髪は薄い、いかにも幸薄そうな教師の額にはもう秋だというのに汗が浮かんでいる。

 一方のセルは足を机に載せるなど、まるで自分の家かのような横柄な態度で振る舞っていた。


「す、すぐ終わるからさ、頼むよ。いくつかの質問に答えてくれればいいんだ」

「はあ」


 教師に対してクソガキセルは足を組みながらのタメ口。入学当初は口が悪いだけだった彼だが、この8年間ですっかり中身まで不良になってしまった。

 まさかこんなやつが世界的宗教の聖典に出てくる第一使徒の生まれ変わりだとは誰も思うまい。

 過去の記憶を持っていたとしても、器と環境で人の性格とは大きく変わってしまうものらしい。


「それで、セル君。志望校はどこだね」

「ウィークスロッド」

「えっ?」

「「……」」


 彼が肝心の志望校を口にした瞬間、教師の表情は凍り付く。


「ウィークスロッドだよ。『Wixrodウィークスロッド Morモレ Colzeedコルズィード-mionミオン(ウィークスロッド魔導高等学院)』。教師のくせに知らねぇのかよ」

「い、いや、もちろん知っている。知っているがね」

「じゃあなんだよ」

「い、いや。だってねぇ。君が、ウィークスロッド? 正気とは思えない」

「なんか文句あんのか。あ??」

「ひっ」


 教師がうっかり漏らした本音に対し、セルは露骨に怒りを顕にする。

 彼の感情を触媒に空気中の魔素は極めて効率的にエネルギーへと変換されていき、すぐに狭い部屋はピリリとした赤黒いオーラに包まれる。

 明らかにまずい空気を感じた教師は慌てて弁明を始めるが。


「い、いえ。いえいえいえ、無いです、無いですよ? ええ。文句は無いんですけどね。しかし、その、ちょーっと可能性低めと言いますか? この州全体でもかの学院にはお貴族様から毎年3人、とか4人、とか? 奨学生に関しては私は聞いたことがないと言いますか? ええ。やはり入学試験は大変難しいと聞きますし。私には魔法はさっぱりですが、現役の魔法使いでさえも解決困難な課題もちらほら、らしいですよ? ですから流石にそれは諦めたほうが……」


 日頃からこの問題児には教師として鬱憤の1つや2つも溜まっていたのだろう。教師の弁明は無意識にダメ出しへと変わってしまう。

 しかし、それはセルを激しく激昂させることになる。


「うううるうううせええええええええええええええ!!」

「ひいいいいぃぃぃぃぃ」


 うっかり彼を刺激してしまったことは、暴力的な魔法に対抗する術のないただの算数教師にとって完全に失敗だったと言える。

 そもそも、ここは北東州の更に辺境の地であり、下位の魔法使いすらも片手で数えられるほどしか存在しない。この学院はおろか、州全体を見ても彼の癇癪を止められる者は居ないのだ。

 それ故に9歳で魔法の才能を発現させ、様々な事件を引き起こした彼は、当然ながらこの学院創設以来最大の問題児として恐れられていた。


「はあ、こいつじゃ話にならねえ。帰るわ。時間の無駄だった」


 この面談も教師が気を失ったことで取りやめとなり、後日院長が改めて行うこととされた。

 まあ、誰が面談しようが展開が変わるはずもなく、院長はウィークスロッドへの推薦状を書かされることになる。

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