「お祈りとかくっだらねぇ」

-アグロンド歴455年(聖歴1025年)4月-


「俺のシンパ共が後世で魔王扱いされてんのマジでウケる」


 読んでた絵本をゲラゲラ笑いながらパタン、と閉じたクソガキ。彼の名をSerセルという。

 アグロンド王国(Aglondoアグロンド Kustuiクストゥイ)北東部にある名もなき孤児院に拾われた、哀れでよくいる黒髪黒目のガキである。


──────────


 孤児院に拾われた当初、彼には不思議な特徴があった。


「Ouxquiene muy」

「????」


 古アスリア語(Odeオデ Athriamyアスリアミィ)、と呼ばれるとうの昔に失われたはずの言語を流暢に喋るのである。むしろ、それ以外の言語は喋れなかった。

 古アスリア語など今や世界の誰にも話されていない失われた言語であり、もしも古代の言語を研究しているお偉い学者がこの場にいたとしても、彼の発する言葉の理解は不可能だろう。

 そんなわけで、セルと大人たちの意思疎通は困難を極めた。


Wod sウッズ yor sヨアス noremノレム?(お前なんて名前だ)」

「????」


 アグロンド王国での共通語はアグロンド語(Aglondomyアグロンドミィ)である。もちろん孤児院の大人たちは全員この田舎で生まれ育った者であり、アグロンド語以外の言語なんて聞いたことがない。

 仕方なく彼らは0からアグロンド語を教えることにした。


Tho s a aporeアポレ(これはりんご)。yokuヨク?(分かるか?)」

「a...po...re(り、ん、ご)……apore!(りんご!)」


 全く言葉の通じない子供相手に当初は大変苦労したという。その上、悪魔の子やら隣国のスパイの子やら、他の人が理解できない言葉を話せるが故に彼の出自に関して様々な噂が飛び交った。

 しかし、2年も過ぎる頃には彼のアグロンド語は他の子と大差ないまでに上達し、特別扱いも殆どなくなった。


「じじい、そろそろ昼だろ。腹減った。飯くれ飯」

「うるせぇクソガキ」


 非常に言葉遣いは汚いが……。まあ、口の悪い子供は孤児院にはいくらでもいるし、まずそもそも彼に言葉を教えたじじいの口がすこぶるに悪かった。彼は順調にその影響を受けながらアグロンド語をマスターしたのである。


「オラ、ガキども。昼飯の時間だ。集まれ」

「「「わーーー」」」

「おいまだ食うんじゃねえ。お祈りが先だバカ」


 ダイニングに呼ばれたガキどもは決まった席に飛びつき、一部の悪ガキはじじいの目を盗んでつまみ食いを試みる。しかしそれを見逃さないじじいはすかさず彼らを怒号で制した。

 皆が静かに座って落ち着くのを確認してから、彼らはこの国の習慣である昼のお祈りをはじめる。


「火の神、風の神、水の神、鋼の神よ。今日も我らにお恵みを下さり本当にありがとうございます」


 大人たちは皆目を閉じ、目頭近くで右手の親指と人差し指を擦りながら祈りの言葉をぶつぶつと呟いている。ガキどもも静かに大人しく、じじいを真似てお祈りを行っている。

 しかしセルたった1人だけは、不機嫌そうなダルそうな、そんな表情でそれを眺めているだけであった。


「よしいいぞ。食え!!!!」

「「「わーーー」」」


 2年の間ですっかり孤児院に馴染んだように見える彼だが、2つだけ周りを現在進行形で困らし続けていることがある。


「お祈りとかくっだらねぇ」


──────────


 1つは、彼が無神論者ということ。

 そんな彼は言った。


『神なんてものはただの人間のどうしようもない絶望から生まれる産物だ』


 そんな彼は憤った。


『神に祈ったところで理不尽は変わらない。俺は人々に焼かれた。1週間後に復活すると言われ、気づいた時には千年後だ』


 そんな彼は諭した。


『魔法は神に与えられたものではない。人が発見し、人が磨き上げてきた技能だ。人は魔法を誇っていいし、魔法が神を尊ぶ理由にはならない』


 そのようなことをいつも聞かされるじじいは毎度彼を殴る。


「このバカガキが。例えそうだとしてもこの世界でそれは受け入れられんぞ。お前が信じるか信じないか俺には興味ないが、初等学院に行くまでには祈るフリくらいはできるようにしろ」


 孤児故にセルの正確な歳は分からないが、身長や見た目から発見当時は4歳と判断されている。2年が経過した現在は6歳ということになり、9月からは初等学院に通う義務が生じる。

 無神論者で大人と問答する6歳など信じられないが、見た目は立派な6歳である。


 この国では初等学院に通えば嫌でもドレイツ教(Draidzuriドレイツリ・状態教)の教えに従うことになる。

 無神論という概念はこの世界では全く知られていない。少なくとも、激しい宗教対立が古来から続く中央世界の各国では論外である。


「でも」

「でもじゃねぇ。お前ぇもしここがAtuthyアトゥースィ Enstuiエンストゥイ(アトゥス帝国)ならよ……おお考えるだけでもおっかねぇ。火あぶり以上の地獄を見ることになるぞ」

「俺がそのAtuthraアトゥスラ(アトゥス教・星座教)を最初に広めた第一使途なんだけどなあ」


 もう1つは、彼には虚言癖があるということ。

 いや、周りからは虚言癖があるように見えていた、というのが正しいか。


「おめぇがその見た目の割に賢いのは認めてやるが、その虚言癖ととんでもない思想は何とかするんだな」

「いやマジで嘘じゃねぇんだって。何度も俺のアスリア語聞いてるだろ」

「はいはい、悪魔語悪魔語」


 誰もが彼の言葉を虚言だと笑い信用しなかったし、彼の古アスリア語は適当にでっち上げた悪魔語だとからかった。


 しかし、彼は間違いなく本物だ。


 古代神話の神の中から宙の神こそが唯一絶対の神とし、この天地は唯一神が創造し、人類の英知は唯一神から与えられたものと唱えた、その当時の異端者で全世界から追われる大罪人。

 魔法は13の星座を媒介に神が与えてくれたものであり、星座に祈れば魔法を行使できると全世界に喧伝して回った、魔の大伝道師。

 1人につき1つの星座からしか祝福を受けることができないことが常識となっていくなかで、12もの星座から祝福を受け、数多の複合魔法を生み出した史上他に類を見ない大魔法使い。

 人類で唯一神の声を聴ける者であり、それを迷える民衆に伝える者。1週間で復活すると言い残して火炙りの刑にかけられ、そのまま帰ることはなかった伝説の第一使途――


Celセル


 彼はその蘇った姿であった。


 とはいえ、復活したばかりで見た目ただの6歳である彼には何の能力も権力もない。

 魔法使いの才能が顕現するのは人体の構造上どんなに早くても10歳前後。それまで彼は大人しく周りの大人たちに従うしかなかった。




──────────


-アグロンド歴455年(聖歴1025年)10月-


「初等学院ではわがまま言うなよー。問題起こすなよー」

「うるせえじじい」


 初等学院に入学する日を前に、腐れセルは悪態をつきながら孤児院を後にした。


 彼が向かう学院は1番近くの街近郊に位置している。近くの街、とはいっても現在いる村から歩いて約3日の距離である。


「俺みたいな身分まで学院に入るのが義務とか、この時代はおかしいよなあ全く……ズビッ」


 孤児院を出て2日ほど経った頃、彼の目には涙が浮かぶようになっていた。

 悪態は相変わらずだが、実は彼はたったの2日でホームシックに陥ってしまっていたのだ。


 1000年前の記憶を持っているが、精神までそのままというわけではない。むしろ彼のストレス耐性、精神年齢は同年代以下だ。


「俺……ズズッ……こんなんで大丈夫かよ……グスン」


 様々な不安を抱えながら、彼は初等学院に入学するのだった。

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