第6話 偽悪者はかしずく

 奴隷の取り扱いの諸注意を受けて、書類に署名。隷属の首輪にふれて主従契約をすませ、リーリスは俺の奴隷になった。

「俺はF級冒険者のレイだ。リーリスには仕事の手伝いをしてもらう。しっかり働けばちゃんと生活の保障はする」

 冒険者ギルドに向かいながら、リーリスに現在の俺の状況を説明していく。素直に聞いてはいるが、リーリスからは明らかな敵意が感じられる。仕方ないことではある。リーリスからすれば俺なんて金で性奴隷を買うような人間なのだ。ろくな人間であるはずがないし、実際ろくでなしだ。

 冒険者ギルドに入ると今までに感じたことのない視線が集まった。そのほとんどは俺を非難するような視線で一部はリーリスをいやらしく見ているようだ。傷のある顔とはいえ、リーリスは美少女である。しかも性奴隷だ。へんに絡まれなければいいが。

「もう買ってきたのですか? しかも女の子、レイさんも男なんですね」

「そういう使い方はしませんよ。あくまで狩りの助手です」

 アイリスは明らかに面白がっていた。いちいち相手にはしていられない。

「まあ、そういうことにしておきましょう。では、約束どおり例の狩りについて説明しますね」

 獲物はビックボア、やり方は褒められた内容ではなく若干抵抗を感じる内用だ。もっとも、今さらやめられるものではない。

「これから大変ですね。リーリスさんの面倒もみなくてはいけませんし」

「なんのことですか?」

 アイリスは目を丸くしたあと実に邪悪な表情を浮かべる。

「だって両腕がないんですよ? 着替えもですし手洗いだって一人じゃできません」

 一瞬、頭が真っ白になった後、己の迂闊さを呪った。考えれば当然である。一人で出来ないなら俺が手伝わなければいけない。リーリスをみやると凄い形相で顔を真っ赤にしていた。睨まないでほしい、本当に俺はそこまで考えていなかったのだ。

「アイリスさんに御願いできませんか?」

「ご冗談を。一介の受付嬢が一冒険者に肩入れ出来ませんわ」

 厳しい感じで言っているが唇の端がひくひく動いている。絶対に面白がっているなこの人は。

 リーリスを冒険者登録してギルドをでる。次は武器屋だ。

「あら、久しぶりねレイ。もう死んだものと思ってたわ」

 カウンターに頬杖をついて出迎えてくれたソフィアはリーリスに気づくと半眼になる。

「いくらもてないからって奴隷を買うのは最低よ」

「違う。狩りをさせるだけだ」

 ほんとにーとソフィアは俺の目を覗き込む。

「嘘ね。エロい事考えてるでしょ」

 駄目だ。相手にしてらきりがない。もう無視しよう。

「ビックボア狩りをやりたい。俺の武器でやれるか」

 愛用のナイフをソフィアに渡す。ひたすらリトルボアを狩ったナイフはもう自分の身体の一部のように馴染む。

「ふーん、ちゃんと整備してるのね。ビックボアならこのナイフでもいけるわ」

 なら問題は防具か。俺はともかく、リーリスには何かつけておきたい。

「リーリスに防具をつけさせたい。予算は銀貨五枚で」

 宿代なども考えると出せるギリギリの額だ。これで駄目なら諦めるしかない。

「あのねえ、銀貨五枚で防具は無理よ」

「まて、ソフィア」

 店の奥から巌のような男があらわれる。

「お父さん引っ込んでて、ほんとに邪魔だから」

 男はぐっと怯みつつも店の隅にある棚から胸当てやすね当てなどを持ってきた。

「これは俺が練習で作ったもんだ。ここは武器屋だ。まともな防具はよそから仕入れてる。俺が作ったもんだからな、銀貨五枚でいい」

 防具は金属で作られていて触ってみるとちゃんと硬い。重くはないし負担にはならないだろう。

「これをもらいます」

「よし、サイズを調整するから明日の朝にでも取りに来い。ソフィア、そこの嬢ちゃんのサイズを測ってこい」

「もう、それ原価割ってるでしょ、どうせ売れないからべつにいいけど」

 よくあることなのかソフィアはそうそうに諦めてリーリスを奥につれていった。しばらくして戻ってきたリーリスは何故か落ち着かない様子でちらちらと俺を見る。ソフィアの方は何やら茫然としていた。

「なんだ二人とも何かあったのか?」

 声をかけるとリーリスは躊躇いがちに小声でこたえる。

「いえ、防具をいただけるとは思っていませんでした」

「当たり前だ。俺よりリーリスのほうが危ない。お前が死んだら俺の人生は終わるぞ。死なれては困る」

「……そうですか」

 リーリスの雰囲気がもとに戻った。むしろどうしてさっきまで雰囲気が柔らかくなっていたのかわからない。

「で、ソフィアはなんなんだ」

「ああ、うん。着痩せする人っているけどさあ。ここまでって凄過ぎといか、さらしで潰さないととても胸当てとかつけられないというか」

「調整は出来るんだよな」

「まあね、でもさらしで潰してね。いくらなんでもあのサイズに合わせて調整するのは無理よ」

 じゃあさらしも買っておかないとな。

「お奨めの服屋を教えてくれ、女物の」

「はいはい、ああそうだ。これあげる」

 ソフィアは青く染められた半月型の櫛を差し出してきた。

「ちゃんと大切にしてあげるのよ」

 こいつはなんだか姉か母親みたいだな。この世界の精神年齢は高めなのかな。

 服屋への道順を教えてもらってさっさと店を出た。太陽は傾いていて夜が近い。この世界の店はわりと早く店じまいするから間に合うかと心配したがまだ余裕はあるようだ。その店は女性服専門のようでかなり品揃えがいい。

「あー、出せて銀貨三枚だな。どれがいい?」

 服の値段はかなり安かった。これなら銀貨三枚でも揃えられるだろう。問題は安い店なので店員に頼れないところか。

「スカートだと狩りは無理だろ。普段着まで用意する余裕はないからそのつもりで選んでくれ」

 これはどうだあれはどうだとリーリスに見せながらいくつかの服を籠にいれていく。

「すまんが下着も買うぞ。サイズは?」

 遠慮していたらこっちも恥ずかしい。堂々と聞く。

「……です」

 うつ向いて小さな声で聞かされたサイズに思わずリーリスの胸元を見てしまった。着痩せってレベルじゃないな。どうやったそのサイズがこんな形に収まるんだ。リーリスは身をよじって俺の視線から逃げる。

「ごめん、ちょっとびっくりして」

 言い訳しつつ下着も籠にいれていく。

 会計をすますとすでに外は暗くなりつつあった。急いで宿屋に向かい一人部屋を確保した。さすがにリーリスを連れて大部屋には泊まれない。獣人をそういう目で見る人間はほぼいないが、金のないものからすればやれれば何でもいい奴だっているのだ。

 銅貨六枚は痛いが、朝食つきだし何より必用経費だ。

 部屋はさほど綺麗ではない。天上にも壁にも染みがある。ただトイレつきなのはありがたい。リーリスの世話をするのに女子トイレに入るのは問題がありすぎた。じゃあ外出中はどうするんだ、いや、深く考えないでおこう。

「今日はもう休もう、その前にいくつか聞いておきたい」

 部屋には椅子がないのでベッドに座らせて横に座る。

「スキルの獣化が封印状態になってるけど使えないってことか?」

「はい」

 リーリスからは出会った当初の今すぐお前を殺してやるというような雰囲気は薄らいでいるものの態様はひたすらに冷たい。

「解除する方法はあるの?」

「呪術師なら解呪できます」

 無料でってわけにはいかないだろうな。

「いくらくらいかかる?」

「白金貨一枚です」

 うん、無理だな。解除は諦めよう。

「その腕とか顔の傷とか治す方法とかないのか?」

 魔法というものがこの世界にあるのは知っていた。ただそれがどの程度のものかまではわからない。

 リーリスはじっと俺の目を見た。なんだ? とりあえずじっと見返す。

「教会で寄付をすれば治せます。白金貨で十枚かかりますね」

 高くはないのだろう。だとしても払える金額ではなかった。

「教会はどうやって治すんだ?」

「第三階梯の回復魔法、ハイヒールです」

 やはりあるのか回復魔法。使えれば便利なのだろうがないものねだりをしても仕方ない。

「うん、こんなもんかな、晩御飯買ってくるから待ってろ」

 とにもかくにも腹ごしらえ。ご飯を食べてもう寝よう。

「あの」

「うん?」

「トイレに行きたいです」

 リーリスは悔しさと羞恥が入り雑じった消え入りそうな声で言った。世話をされるのは嫌だろう。しかも今日合ったばかりの男に色々見られるのだ。しかし、頼れるのは俺だけなのが現実だ。

「わかった。先にすまそう」

 早いうちに慣れてくれればいいけれど。こればかりは時間が解決してくれるのをまつしかない。

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