第4話 偽悪者は奴隷と出会う
宿屋の大部屋は最悪の寝心地だった。布団などといった気のきいた物はなく薄い毛布一枚で冷たい床の上。暖かい季節だからまだましだったものの寒くなったらあれでは眠れないだろう。
それが嫌なら稼ぐしかない。
早朝だというのに都市の外にはすでに何人も冒険者らしき人々がいた。これは急がないと稼げそうにない。手近にいるリトルボアに狙いを定めて後ろからゆっくり近づいていく。リトルボアの姿は猪に近い、鋭い牙もあるので油断すれば死ぬこともあるだろう。
慎重に距離をつめてナイフを構えた。一思いにいっきに降り下ろす。ナイフは首筋に深く突き刺さり、リトルボアは小さな石、魔石を残して消える。弱い魔物は死ぬと魔石を残して消える。魔石を回収して次の獲物を探す。せめて宿代くらいは稼ぎたい。
朝起きて狩りをして魔石を売って宿屋でねる。淡々とした生活がすぎていき、手持ちのお金は目減りした。リトルボア狩りでは一日の生活費を稼ぐのすら難しかったのだ。
「他に仕事はありませんか」
冒険者ギルドにてもはや顔見知りになった受付嬢、アイリスは首を横にふる。
「レイさんの実力で狩れるのはリトルボアくらいです。以前より申しあげていますがパーティーを組まれてはいかがですか」
俺はどうしても他の人間と組むつもりにはなれなかった。あの出来事が脳裏を掠めてろくでもないことにしかならないと思えるのだ。
「どうしてもとおっしゃるなら奴隷を購入する手もあります」
この世界における奴隷は二種類ある。期間奴隷と終身奴隷だ。期間奴隷は二年や三年、期間を区切って奴隷になる。終身奴隷は期間がない、主人が解放するまではずっと奴隷だ。どちらも性的行為や暴力行為は禁止されているが、本人の了承のもとに性奴隷として売られた場合は性的行為が許される。
「お金がありません」
奴隷は最低でも金貨十枚、とても払える金額ではなかった。
「レイさん、汚い手段を使う覚悟はありますか?」
ふいに声を潜めてアイリスは顔を寄せてくる。
「あります」
「欠損奴隷なら安く買えます。最低でも両足があって走ることが出来れば、今よりは稼げる獲物を紹介しますよ」
椅子に戻ってアイリスは肩をすくめた。
「ただし、評判は悪くなります。ギルドからの評価もです。よく考えて下さいね」
アイリスは微笑んだがその笑顔の意味は俺には分からなかった。
アイリスからもらった紹介状をもって裏路地を歩く。合法とはいえ表通りで奴隷を売るのはよろしくなく、奴隷屋は目立たない所にあった。看板もなく、知っていなければ裏口にしか見えない。軋む扉を開くとホテルのロビーのようになっていた。客の姿はないが中年の男性が出迎えてくれる。
「ようこそおいでくださいました。イールと申します。本日はどのようなご用向きですか?」
紹介状を渡すとイールは断りをいれてから紹介状の中身を確認した。
「なるほど。最低でも両足のある欠損奴隷ですか。承知しましたこちらへどうぞ」
案内されて部屋に入り促されるままソファーに座る。
「しばしおまち下さい。条件にあう奴隷をつれて参ります」
ロビーも部屋も奴隷商とは思えないほどに整えられている。これは表側を綺麗に作ろって客の罪悪感を下げる戦略だろうか。いや、穿ち過ぎか。商売であるいじょう、綺麗に整えるは当たり前のことだ。
「おまたせいたしました」
イールは一人の少女をつれてきた。翡翠色の短い髪と瞳。目付きはい殺さんばかりに鋭く俺を睨み付けている。身長は俺より頭一つ分低いくらい。全体的にやせていて胸の膨らみも控え目だ。薄汚れた貫頭衣のような服の袖にはあるべきものがなく、どうやら両腕をなくしているようだ。さらにその顔には爪で抉られたような傷が二本走っていた。かなり目立つ傷であり、唇などもその傷で抉れてしまっている。
酷い状態であろうことは予測していたので驚きはない、ただ別の理由で驚いた。
少女の耳、それは人の耳ではなく猫のような耳だった。腰からも尻尾が垂れ下がっている。
「猫の獣人を見るのは初めてですか? この国では迫害されている種族ですが身体能力は高いです。魔法の使えない種族ではありますがお客様の要望に充分答えられます」
「迫害? どうしてですか?」
「ふむ、お客様は異国の方でしたか」
マニアス聖国では、獣人やエルフなどの亜人を魔族の一種と位置づけている。そのため亜人は人として扱っておらず見つけ次第に殺すか奴隷にしていた。この場合の奴隷というのは売れることを前提にしていない。マニアス聖国では亜人に対する嫌悪感が強く、誰も買わないのだ。人間の奴隷と違って亜人には法が適用されず、劣悪な環境で死んでいく。
「それはマニアス聖国だけですか? 他の国は?」
「亜人を魔族扱いするのはこの国だけです」
どうやら、俺が思っていたよりもマニアス聖国はくだらない国のようだ。勇者としての召喚を断ったのは間違いではなかったと確信する。
「隷属の首輪の効果でステータスの確認も出来るようになっています。ご存じかと思いますがスキルの能力も念じれば見られますので」
今、さらりと重要な情報が手に入った。あのくそ女神、きちんと説明する前に飛ばしやがったのか。腹立たしいが怒っていても仕方ない。気を取り直して少女のステータスを確認する。
名前 リーリス
職業 獣巫女
称号 敬虔なる乙女
固有スキル 獣化(呪封印中)
スキル 体術1
更にスキルなどの詳細を確認。
獣巫女 偉大なる最初の獣を奉りあげる巫女。近接戦闘に特化している。
敬虔なる乙女 信仰深き者。近接戦闘においてステータスに上方補正。
獣化 体をより獣に近づけることで身体能力を上げる。まれに魔法のような能力を使えるようになる個体もいる。
体術 近接格闘戦の技能が向上する。
体力などは軒並み俺より低いが速さだけは俺よりも高い。しっかりと歩けるようだし能力的には問題ないようだ。
「反抗的ですがちゃんと言うことを聞いてくれますか?」
「はい、隷属の首輪は主人の命令に逆らうと絶妙な加減でしまるように出来ています。彼女は何度も痛い目にあいましたからね。態度は反抗的でも命令には従います。獣人は人間扱いではありませんので本人の了承はありませんが性奴隷としての命令も出来ますよ」
性奴隷と言う言葉にリーリスは更に視線を厳しくした。
「値段はいくらになりますか」
「奴隷は最低売価が設定されておりまして、金貨一枚となります。お高いと感じられるでしょうがいかがですか」
人の値段と考えれば安すぎ、労働力としては高い。金貨一枚を支払えば残りは金貨一枚になる。単純に生活費が二倍になると考えると痛い出費ではある。それでもこのままではいずれ金は無くなる。ならば早いうちに対処すべきだ。
「買います」
吉とでるか凶とでるか、やるだけやってやる。
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