雨の日は積極的になれる気がする①

 放課後。外は学校の中まで鬱陶しい雨音が入り込んでくるようなゲリラ豪雨。


「うわー、すごい雨……」


 荷物をまとめた旭晴が、先に廊下にでて窓の外を見ていた私の隣にきて呟く。


「旭晴、頼んだわよ」

「えっ、この雨を僕に止めろと? いくらなんでも無理だよ?」

「そんなこと分かってるわよ。逆にできたら凄すぎよ。ほら、私傘を忘れてきたから」

「あー! そうだったね」


 朝ボーとしていて電車に忘れた傘。悩み事とかは特になかったが頭が回らなくて……。


「昼間の件ありがとうね。しつこかった先輩のやつ」


 本当にしつこかった。呼び出しもだが、偶然なのか廊下で会うたびにウィンクされたり、手を振られたり。


 そして今日も呼び出された。

 上手くいかなかったからって旭晴のことを貶し始めた時は怒りで股間でも蹴ってやろうと思ったが、


『えと……弘香ちゃんは貴方の彼女に一切なる気はないので今後は接触を控えてもらっても』


 旭晴がきてくれた。

 最初から見ていたというのだからもう少し早く止めにきてもいいのではと思ったが……私の前に立つその背中は昔から変わらない。そう、昔から見た目は弱そうで頼りなさそうだけど実は誰よりも強くて優しくて……。


「いいよ。でもいくら弘香ちゃんが綺麗で美人で彼女にしたいってしつこ過ぎるは良くないよね〜」


 貴方には積極的になって欲しい、なんてことは心の中にとどめておき、


「そうね。けれど次からそういう男がいたら旭晴が守ってくれるでしょ?」

 

『僕はさ、喧嘩が得意なわけでもないし、武術を習ってたとかもないし、頼りないかもしれないど……女の子1人守れる根性はあるからさ。男絡みで面倒なことになったらいつでも言ってよ。力になるから』


 笑ってみせて言ったんだから。


「そーだけど……弘香ちゃんってよく告白されるでしょ。毎回幼馴染として止めに行くのも……場違いというか、邪魔すんなというか、なんというか……。やっぱり自分で対処できる分は自分でするというのは……?」

「あら、あんなに堂々と宣言したのにもう取り消すのね。せっかく見直したのに残念ね」

「うっ!? いやだってさ。止めて矛先が僕に向いたらどうるのさっ。最悪、腹いせとして僕の方が襲われちゃったり……」

「それは旭晴がひとりで頑張って」

「男同士で何を頑張れと!?」

 

 口では弱音を吐いているが、いざ私が危ない目に遭っていたら旭晴は助けにきてくれる。


 信頼している。ずっと一緒の幼馴染だから。でも幼馴染だから……知りすぎて慣れているからそれ以上の関係に進みにくい。


 旭晴が鈍感のまま、私以外の女の子から好意を寄せるってことも。日奈乃はあからさまだし、それに旭晴とこれから仲良くなっていく他の女の子だってもしかしたら……。


「弘香ちゃん帰ろっ」

「ええ」


 色々考えている私がいるなんて旭晴は知らないわよね。幼馴染だとしても。


「弘香さん〜!」

「えっ?」


 名前を呼ばれ振り向けば日菜子。次の瞬間には私に勢いよく抱きついてきた。小柄なおかげですんなり抱きしめることができ、それほど衝撃もない。


「日菜子、久しぶりね。学校で会うなんて今日が始めてじゃないかしら」

「ふわぁ〜〜! ふかふかです〜〜!」


 頭の部分がちょうど私の胸の間に挟まっている。隙間から日菜子の幸せそうな顔が見えた。


「ふふ、こーら日菜子。私の胸目当てだったのかしら? そんな悪い子にはお仕置きが必要ねぇ?」

「ふぇ? あっ、も、もちろん弘香さん目当てというか、弘香さんを見つけたから抱きつかずにはいられなくて……あれ? 結局お胸目当ての説明になっちゃってます!? ち、違いますよ! 違いますからっ」

「分かってるわよ日菜子。ちょっと困らせてみたかっただけ」

「も、もぉ〜! 弘香さん〜〜!」


 よしよし、と頭を撫でてあげる。日菜子は何をしても可愛いわね。

 旭晴は「やっぱこの2人は絵になる。挟まるなんておこがましい」と意味がわからないことを言っているけど。


「あさっち! よぉーす!」

「あさっち今日はよく会うね」

「日菜子ちゃんがいるのなら、早苗ちゃん美月ちゃんもいるよね」


 前から女の子2人。小麦色の肌に全体的に派手な印象を受ける子と、一見清楚で大人しそうだけど耳にピアスを開けた跡がある子。こういう子ってギャルっていうのかしら。


 日菜子と同じ方向から来たということは、彼女の友達なのだろう。旭晴は顔見知りのようだけど。


 とりあえず目があったので軽くお辞儀をしておく。


「弘香さん!」

「ん? どうしたの日菜子」

「その……弘香さんっ、私とお友達になってください!」


 もじもじしていると思えば、そんな可愛いことを言うものだからつい頬が緩んでしまう。


「もちろんよ。これからもよろしくね、日菜子」

「は、はいっ! えへへ……っ」


 可愛いらしく喜ぶ日菜子を尻目に、旭晴と日菜子の友達2人の会話が聞こえてきた。


「あさっち」

「なに?」

「アタシたちは応援しているからな!」

「そうそう。困った時にはいつでも頼って」

「ありがとう?」


 旭朝は何を応援されているか分からないって顔してるけど、2人は彼と私を交互を見てキラキラした期待の眼差しを向ける。


 ……何を求められているの?

 

 私も分からない。







 日菜子たちと別れて靴箱へ。

 外は暗い雲が覆っていて、バシャバシャと地面に水を叩きつける滝のような雨。コンクリートにはもう大きな水たまりができていた。


「こんな大雨じゃ傘さしても意味ない気がする……」

「そうね。でも私たちはまだマシじゃない? 電車なのだから」

「だね」

「傘持ちよろしくね」

「わかってますよ」


 旭晴が自分の黒い傘を開き、外に出ようとする。私も後をついていくように足を進める。2、3歩進んで……後一歩で旭晴が傘をさす隣に入るところで足を止めた。


「ねぇ旭晴」

「ん?」

 

 今日は大雨。なのに電車に傘を忘れて旭晴の傘に入れてもらえるが、辺りは水たまりだらけで傘の面積も半分ということは、濡れて帰ることになるだろう。


 雨の日は憂鬱なことが多い。

 だけど……


「この後家に行ってもいい?」


 なんだか今日は積極的になれる気がする。



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