第4章 アナライザーの本質 -4-

 昨日は駅前の安宿に泊まった。安宿という名のネットカフェで一夜を明かした。気が付いた頃にはもう終電が無くなっていた訳だが、それ以外にもこの街で朝を迎える理由が、私にはあった。ポケットからAirPodsを取り出して、冷えた両耳に差し込んだ。イヤホンを付けている時だけが1人になれる瞬間で、外の世界の音を遮断してドラムのリズムで歩いた。今日は1人で構わない。1人で行きたい、場所がある。

 夜露に煌めく朝焼けが綺麗だ。この素晴らしい世界の上に一歩、また一歩と足を踏み出す、私という生き物がどれだけ尊い存在か。ひしひしとそれを実感する事ができる。

 舗装された道路を抜けて、山道を登る。積もった雪に足を取られないように、気をつけて。ずんずん。ずんずん。冬特有の、澄んだ空気に真っ直ぐに差し込んでくる太陽光を全面に浴びて歩き続ける。ずんずん。ずんずん。その昔、君とこの懐かしい道を登った記憶を右手に、故郷を離れて独りで新しい道を歩んだ経験を左手に。黙々と歩き続ける。ずんずん。ずんずん。

 そうして、小一時間登り続けたその先に、この街を一望できる小高い丘の頂上が見えて来る。もうすぐ目的地だ。私は丘の裏手にひっそりと立ち並ぶ墓石の一つに近寄って行く。

「やあ、琳。久しぶりだねぇ。」

そう言って、駅前から運んできた2リットルのペットボトルに入ったレモンティーを、墓石の上から豪快にかけてやる。生前、君が大好きで、しょっちゅう飲んでいた銘柄だ。

「まったくさあ、琳は知らないと思うけどね。この世界は本当に理不尽で、不条理で、非合理的で、まったくもって面白くない事この上無いよ。」

空になったペットボトルをくるくると回しながら、私は独り言ちる。

「それでも、琳が知っているようにね、私はどうやらこの世界が好きで、君の生き方が好きで、そんな私自身が大好きなんだ。この世界の本質を知覚すればする程、君が君であったその存在証明が確かなものになっていく。そうして私が私たる所以も同様に確からしい存在意義として、それを知覚する事ができていく。そういう風にできている。」

だからね、と、私は言葉を紡ぐ。

「安心して欲しいよ、琳。『アナライザー』としての七生琳の本質は、私、烏藤唯桜が引き継いだ。私が私である限り、君はこの世界に存在し続られる。この素晴らしい灯火をいつまでもどこまでも、この世界の果てまで運び続けるつもりだよ。」

 青空に線を引く飛行機雲の白さは、まるで私達の明日を知っているかのようにずっとどこまでも続いていく。未来の前に竦む心は、静かな声に解かれて、確かに、私達があるべき場所に導かれる。叫びたいほど愛おしい一つのこのいのちを胸に携えて。


君の肩に 揺れた木漏れ日。

私の指に 消えない夏の日。


さようなら、琳。

また会う日まで。


私は、再び戦場へ赴く。

まだ私には、現役の『アナライザー』であるところの私には、やり遂げなければならない事がある。


君が君である為に。

私が私である為に。


私は、私の使命を果たす為に、

あの戦場へ、舞い戻る。


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レゾンデートルの看破 弥永唯 @yui_iyanaga

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