第1章 サポーターの本質 -4-

 「つまり烏藤は、俺をこの団体のトップに据えてしまったら、57期のリソースが足りなくなるって言いたいんだね。」

目の前に座っている男は頭が良かった。瞬時に要旨を捉え、その先を視る事ができた。それでこそ、と思った。同時に、自分の目をもっと信頼して良いと感じた。私の目は、今を最も重く、正確に視られる目だ。

「そういう事だよ、茅守。相変わらず、話が早くて助かるね。」

「じゃあ結局、烏藤的には誰推しなんだ、リーダー。その話でいくと自分も無しって事だろ?」

これまでの話の流れ的に、茅守から再びその質問が投げかけられる事は明白だった。故に、「返答」は用意してあった。

「その話さ、ちょっと待って欲しいんだよね。どうせもう自分、ラボ戻らなきゃ行けないし。それよりも、茅守には考えておいて欲しい事があるんだ。」

先程までホットミルクで満たされていた空間を適当に見つめながら、言葉を紡ぐ。

「改めて、茅守自身の57期の立ち位置を考え直してみて欲しい。君は言ってしまえば、何でもできてしまうスーパーサブなんだよ。頭も柔らかい、仕事も早い、素行善良だし演奏技術もそこそこ高い。インプットアウトプット共に効率的だからホウレンソウ(報告・連絡・相談)もスムーズだし、指示出しにも無駄がない。先輩方から見たら頼れる部下だし、後輩達からみたらお手本にされる上司だ。」

過大評価をしているつもりは無い。寧ろ、だからこそ自分は、この男に警鐘を鳴らしておきたい。

「だからこそ、そんな君の欠点は分かり易い。『欠点が無い事』だよ。」

 良く思わせぶりな小説や寸劇で耳にした事があるかもしれない、「欠点が無い事が欠点」というある種パラドクス的な表現。しかしその意味を真面目に考えた事があるだろうか。おそらく多くの人間にとってその答えは否だ。何故なら自身に欠点が無いと感じる人間など居ないから。人間は省みる生き物だ。どうしても「あの時ああすれば良かったな」という思考パターンを失うことはできない。なんなら、純粋な意味において「欠点が無い」人間なんて存在しない。仮に欠点が無い人間が存在するとしたら、多分もうそれは人間ではない、神か何かだ。我々人間が存在を認知する事すら叶わないだろう。

 ではここで言う、「欠点が無い事が欠点」とはどう言う事なのだろうか。これを突き詰めて考えていくと、自分は「欠点が無い事が欠点」というパラドクスの本質は「欠点が他者から見えない」事にあると思っている。日常生活に落とし込んで、具体的に考えてみるとその弊害は大きく2つに分類される。1つは「他者との間に壁ができやすい事」だ。我々凡人にとって、欠点が見えない完璧人間は雲の上の存在にみえる。実際、茅守がそうである。先輩方の間には茅守の意見に一目置かざるを得ない風潮が見て取れるし、後輩達はその平凡な悩みを茅守においそれと打ち明ける事はできないだろう。別に人間が悪いわけではないから避けられているわけでもないし、腫れ物扱いされているわけでもない。いわば敬遠されているというのが表現的には正しい。無論、我々同期の場合は、幾度となく茅守と苦楽を乗り越えてきているから、もうそういう次元にはいない。しかし、茅守と同じ土俵に立って対等に付き合うまでにはそれなりに時間がかかる。茅守を団体のトップに据えた時、この壁が大きな弊害となる。茅守自身のコミュニケーション能力は間違いなく人並み以上のそれだから、後輩達と、57期を運営する大事な人材と心を通わせる事は別に難しくない。しかしながら、我々にはそこにリソースを割くほど余裕は無い。茅守という優秀な人材のパフォーマンスを、この吹奏楽団の環境下で100%活かすには、茅守はリーダーであってはならないのだ。茅守がリーダーである為に、茅守自身がそれにリソースを割くのは、ナンセンスの極みだと思う。

 もう1つの弊害が「本人へ恒常的に負荷がかかり続ける事」だ。欠点が他者から見えないという事は、言い換えれば常に本人は完璧でなくてはならないという事だ。我々凡人からすれば常に完璧である必要など微塵もないが、「欠点が無い事が欠点」である人種に限って「常に完璧でなければならない」という思考に束縛されがちである。このような完璧主義はその人のキャパシティーの範疇であれば特に問題ないが、時に予想外の事態や、トラブルの重複によってそれを超えた時に本人へ深刻なダメージを及ぼすという事を、自分は経験上知っている。さらにタチの悪い事に、そのような「非常事態」を経験したことが少ない彼らにとって、その対処方法が確立されていない事が多く、その場合立ち直るまでに凡人の数倍時間がかかる。リーダーという役割はありとあらゆる責任を背負い、団体を包容するポジションであり、それが該当者に及ぼす負担は言わずもがな、計り知れない。これはもしかしたら個人のエゴなのかもしれないが、その多大なリスクを茅守にかけるという「リスク」を進んで負う事は、57期幹部の自滅行為と言って過言では無いかと思う。このように、「欠点が無い事が欠点」というパラドクスの本質は、凡人が想像する以上に厄介で、大きな懸念事項であるというわけである。

 「欠点が無い事が欠点かあ。烏藤が言うと真実味がすごいな…。だいぶ的を得てるかもねえ。」

既にだいぶ前から空になっているコーヒーカップを弄りながら、茅守は気にしていない風を装ってのんびりと呟いた。

「いうて、茅守が57期の吹奏楽団にとって大事な人材である事に変わりはないんだ。スーパーサブは文字通り、サブで輝く。裏方で真価を発揮する人材だ。なんでも出来ちゃうからリーダー押し付けられて、流れでやるみたいなシチュエーションいっぱいあるし、なんなら大体卒無くこなしちゃうから皆気づかないんだけどね…。なんでも出来る人の本職は『サポーター』なんだよ。」

これを、言いに来た。これを茅守に伝える為にわざわざ過密スケジュールの合間を縫ってここまで来た。ゴールテープはもう切った。合格だ。

「じゃ、自分ラボ戻るわ。ここの会計よろしくねー。」

ホットミルクの代金を丁度、茅守に手渡して別れを告げた。

「おけ。忙しいところ悪かったね。近いうちに4人で話そう。」

「そうだねえ、まあ今週末にでも、久遠の家に集まろうか…。」

今度はこちらがヒラヒラと手を振って、カフェテリアを後にする。

 吹きつける木枯らしが身体に堪える。いつの間にか、雨は止んでいた。ポケットからAirPodsを取り出して、冷えた両耳に差し込んだ。イヤホンを付けている時だけが1人になれる瞬間で、外の世界の音を遮断してドラムのリズムで歩いた。


 タッタッタッターン、タッタッタッターン…

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