第1章 サポーターの本質 -2-
我々が所属している応援部専属吹奏楽団は、学部3年の後期から4年の前期までを、最高学年として活動する事が定例となっている。彼らは幹部と称され、8月中旬に次期幹部へとそのバトンを渡すまで、吹奏楽団の全責任を負うと共にその役割を命を賭して全うする。次期幹部にあたる三回生は俗に準幹部と呼ばれ、幹部の背中を追いながらもその先を見据え、次期以降の盤石な基礎を築く事が求められる。本年度第56期吹奏楽団において、その準幹部に当たるのが自分と、そしてその他3名の同期なのであった。
団体を運営する基礎を築く上で、まず必要なのはミッションの設定である。ミッションが存在しない団体は団体として成立せず、もとい成立する必要性が存在せず、結果的に崩壊の一途を辿る。従って団体にミッションは必須であり、団体を運営する者はミッションの設定を強要される。幸いな事に応援部専属吹奏楽団は「大学を応援する事をミッションとした応援部」の元に存在している団体であり、ある程度そのミッションが明確に定まっている為、毎年運営する人間が変化したとしてもその成立がある程度約束されている。従って準幹部である我々が次期吹奏楽団を運営するにあたり、一番に考える必要があるのは「どのようにミッションを遂行するか」であり、ひいてはそれは「各々がどのような役割を担うか」という議論に発展する。この論題に端を発し、準幹部は、毎年初冬に次期リーダーを選出する必要性に迫られるのだ。
今、我々準幹部の頭を悩ませる命題は正にそれであった。次期リーダーの選出。希望してできるほど半端なそれではないし、誰々が良いと思います、的な無責任なノリで押しつけ合うのも甚だ論外である。少なくとも準幹部4名全員が納得し、そのリーダーの元に全勢力を注ぐという気概が成立しなければリーダーは立たない。リーダーは成立しない。更にはそのリーダーに後輩達を追従させなければならない。このような、「リーダーになる為の条件」は数え切れないほどあるし、我々準幹部4名の内、誰かはその条件をクリアしなければならない。そういう訳で我々準幹部は今、窮地に立たされていた。いや、窮地に立たされているように思われているのだった。
今、目の前に座っている茅守という男は、ここでいう「リーダーになる為の条件をクリアしている側」の人間であると思う。あくまで自分、烏藤の主観でしかないが、おそらく茅守はリーダーという役職を振られた時に遜色ないパフォーマンスを発揮できる筈だ。茅守自身もこれまでの人生経験から自分のことをそのように評価しているのではないだろうか、と思う。敢えてウィークポイントを挙げるとすれば、その自己評価が低すぎる事なのだが、まあそれは最後に本人に言えばいいか。いい機会だし。とりあえず、この自己評価低め高スペックリーダー適正あり男、もとい茅守が、現状をどう総括しているのか聴いておかなければなるまい。
「まあ結論から言うんだけれど、団長を務めるべきなのは俺か烏藤のどっちかだと思ってるんだ。」
コーヒーが僅かに残ったカップをいかにも量産型といったデザインのソーサーに戻しながら、茅守は言った。陶器同士が触れ合う音は僅かに耳に触る。
「烏藤はもちろん察してるだろうけど、57期は勝負の年だ。小さな団体から大きな団体への転換期、ここでどれだけその基礎を固められるかで今後のウチの成長速度が変わると思ってる。………だから57期のトップは安定性を重視する必要がある。下をガンガン引っ張っていくんじゃない。着実に団体を前に進める準備をする、群発するであろう想定外のトラブルに見舞われてもブレずにまとめあげる、そういうリーダーが57期には必要なはずなんだ。」
普段から、茅守という男は非常に冷静な人間だ。どんなに過酷な環境でも顔色ひとつ変えず己の役割に専念し、確実に及第点以上の結果を仕上げてくる。そんな冷静沈着を体現したかのような男をここまで熱くするこの命題が、自分達にとってどれほど重く、大事な物なのかを改めて知らしめられた気分である。
「で、そういうリーダー像に相応しいのが自分か茅守かの2択になるんじゃないかと、そういう話だよね、これ?」
少しだけ先を視て、議論を先導する。熱心に現状を俯瞰する事は必要だが、議論に熱中するのは時間の無駄だ。建設的にこの話し合いのゴールを設定したい。見極めておきたい。そこまで最短距離で到達するのが、最も美しい議論の形だ。特に、憂慮すべき理由がなければ。
「まあ、早い話がそういう事だね。さっきは割と綺麗事みたいな言い方をしたけれど、つまりは『仕事ができる人間』が次期リーダーをやるべきだと思うんだ、俺は。………別に貴志と久遠が仕事できないって言ってるわけじゃない、要は効率の問題だ。」
茅守が言わんとしている事はよく理解できる。
「間違いなく、クリアしなきゃいけないタスクが山積みで、常に想定外のトラブルと隣り合わせ。トップがいかに効率よくそれらを捌けるか。それが大事って言いたいんでしょ?」
「話が早くて助かる。それで烏藤の考えを聴こうと思って呼んだ。まずはこの話を烏藤としておきたかった。実際、誰を上に立てるのがベストだと思ってる?」
茅守が自身の望むゴールを示してくれた。確かに仕事ができる男だ。
「ま、そこ聴いておきたいってのが本音だよねー。因みに茅守はリーダーやる気、あるの?自分がリーダーやるっていう事象に対して、どんくらい本気度、ある?」
質問に質問を返す禁忌を犯して、回り道をする。茅守のゴールへの最短ルートを、意図的に踏み外す。
「烏藤にやる気がないなら、全然やるよ。そっちがやりたいなら任せるかなって感じ。後は貴志と久遠の考え方次第かな」
「人任せな言い方だなあ………良くないよマジで。。。」
「まあ必要条件が満たされてさえいれば、誰がやったとしても一定以上の成果は出せるだろうし、極論だけどね。」
このあたりは茅守らしい、非常に冷めた考え方だと感じる。茅守の言葉を借りるなら極論、そう、「極論、誰がリーダーをやってもいい、条件さえ満たせるなら」だ。自分的にはこれには半分賛成半分反対と言ったところだが…。さて、どこに自分のゴールを設定するのが良いだろう。ちょうど緩くなって、猫舌には優しい温度感となったホットミルクを啜り、考える。果たして自分は、残りの数十分で「茅守を57期のリーダーに据えるのがナンセンスだ」という事を証明できるだろうか。
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