第8話 はじめてのキス(後編)
「だよなあ」
そうしてAさんは、道中にあるベンチに腰掛けた。
「で、どうする?」
「どうするって?」
「今後のことだけど」
Aさんは真面目なので、好きという気持ちを流したりせず、真っ直ぐ向き合おうとしてくれているのだった。
ああそういう対応になるんだとびっくりして、この場をやり過ごそうと思った。
軽い気持ちで好きと言ってわちゃわちゃしたいだけだったので、こんなに真剣になられると困った。
「あの、Aさんのことが好きだとは言いましたけど、」
「で、どうする?」
「最後まで聞いてください。Aさんのことを好きだし、LINEが来ると嬉しいと思うし、元気がないときLINEを見返したりもしますけど、それを噛み砕くと、Aさんが好きという気持ちは先輩後輩としての「好き」なので特段今後の進展を求めてはいないです」
早口でこの場を切り抜けようとした。
「じゃあ今日はキスだけして帰ろうか」
「なんでそうなるんですか!私は別に憧れている先輩ってだけでよかったんですよ。時々助けてくれていい人だなって思ったんで、あの、こういうのなかったことにしても……」
そう言っている間に、Aさんは手際良く私のマスクを下ろし、キスをした。
舌を入れるキスは久しぶりだったので、脳天がジュワっとした。
キスをしながら「ご飯を食べた後に歯を磨かないでキスしているなあ、夫だったら嫌がるんだろうなあ」と思ったけど、全然先程食べたおでんの味はしなくて、柑橘の味がした。
ああ、気持ちいいなあと思った。
Aさんと仲が良くなってから気づいたが、Aさんは気遣いの人だ。グラスが空いたときにさっと注文してくれたり、私が酔っ払ったと気づくとすぐに水を注文してくれたり、先回りで気配りをしてくれる。
そんな気配りが具現化したようなキスだった。
「何時までに帰らないといけない?」
Aさんは聞いてきた。
私は携帯を開くと、夫から「何時に帰ってくるの!帰りにシュークリームを買ってきて」とメッセージが入っているのに気づいた。
「今日は帰ってもいいですか?」
私はロマンチックな空気を一言で打ち壊すようなことを言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます