第1話 我ら観光物件管理人

暑い、くっそ暑い。


時は梅雨明け昼下がり。

コンビニから事務所まで徒歩3分の帰り道。

ふと右手前方に目を遣ると、余り手入れされていない伸びかけの雑草と錆びかけの看板が視界に入る。うちで管理している物件だ。

雑草は本当に伸びるのが早くてちょっとサボるとすぐにこの有り様になる。

あとで課長に報告しよう…覚えてたらね。


今はそんな事よりもレジ袋の中のアイスが優先。

この袋の中に、自分を含めた6人分の命が掛かっているのだ!

買い出し班の使命を全うしなければならぬ。


この町は、東西を横切る鉄道のお陰で南は住宅街、北はオフィス街にくっきり棲み分けが出来ているのだが、駅の北東部にででんと構えるこの物件のおかげで大型の商業施設を誘致出来ず「都会になり損ねたちょっと寂れた地方都市」の印象が強く残る。

これだけでピンと来るかも知れないけど、オラが町には観光名所など無い…悲しみ。


「ただいま戻りました。」

「おおう、おつおつ〜!暑いのに悪かったね〜!おーい皆、お待ちかねのアイスが到着したぞ!」

「おっしゃ、ミッチーありがとね。休憩休憩!」などと労いの言葉を貰いながらまだ原型を留めているアイスを口に運ぶ。

ふー生き返るね〜。俺、今、充実した生を噛み締めてるよ!


「そういえば課長、次の草刈りいつですか?随分と伸びてましたよ」

「一応再来週を予定していたんだが…」

「だが?」

「来週お偉いさんが来ることになったらしくてな、急遽明日から草刈り決行しようと思う!」

「随分と急ですね、もしかして研究員連れて来るとかですか?」

「君はエスパーかな?活性化の時期が近いから臨時点検だそうな。晴れていれば明日から3日間連続で現地入りするから体調管理しっかりとな〜」

「「了解しましたー!」」


俺はこの物件に自生している草を一括りに雑草と呼んでるけれど、本当は一種類ずつ名前があり、特殊な効能があるから野焼きも除草剤もNGなんだと。

刈り終えた草は研究室へ搬送され処分されるらしい。


草刈りの日は朝6時始業。

薄暗い時分からお互いに連絡を取り合って遅刻を回避してるし、独り者はだいたい事務所の控室で寝泊まりする事になる。

ロッカールームでひと通りの装備品を身につけて、いざ出陣!


「こちら第一観光ダンジョン課駅前派出所班員全6名、これより第280号管理ダンジョンへ突入を開始する」

最期の通信記録にはこのように残されている…

なんて事はなく、茹だる暑さの中、こまめに休憩を挟みつつ作業は進む。


草刈りと聞くとだいたいの人は河川の土手や平らな空き地をイメージするだろうけど、人の手の入っていない土地は整地されていないから、入り口のごく一部を除けばデコボコしていて石もゴロゴロ落ちてる。草刈り機に弾かれて小石が飛んでくるから危険。奥の方へ進むに従って低めに木が増え、最深部は森と呼んで差し支えないレベル。

これだけの植生が整えば当然動物もそれ以外の生物(らしきもの)も集まり食物連鎖の体系が出来上がるというもの。

昆虫が土を作り、動物がそれを食べる為に集まり、ダンジョンが美味しく吸収して栄養源にする…そんなありふれた営みは、むわっとした草いきれよりも荒々しく生々しい悪意を持って俺達人間をも招き入れるのだ。


昼休みを挟み、陽射しがやや弱まった頃、唐突に世界から音が消えた。

虫の音も動物の気配もぴたっと止んだ。

微かに雨の匂い。

「ああ、夕立ち来そうっす」

「分かった、重機の動力停めてブルーシートで凌ぐぞ!」

「「了解」」


ババババババババババ…とブルーシートを叩きつける雨音に混じって猫の鳴き声が聞こえるような気がする。

「なんか猫の声聴こえませんか?」

「迷ってるだけならあり得るな。そのうちダンジョンに喰われちまうだろうけどな…」

「食べるって事はこの物件もまだ生きているって事ですよね…俺ら人間も捕食対象なのでは?」

「そこは研究員が人間は対象外ってダンジョンコアに制限をかけているそうだ。そういう事故は最近は起きていない…」

課長はちょっと深刻そうな顔と口調でそう言った。普段のゆるーい雰囲気とまるで違ったので背中を伝う汗が少しだけひんやりしたよ。


雨雲が去ってむわっと感が抜けたところで作業再開。

日本人は雨上がりの空の色を「水色」と表現するけど、これは世界に類を見ない表現だそうな。そよ風が心地よい。

あちこちの水溜りで「チャプン、チャプン」って音がする。

気になって見ていると、ゲル状のスライムが色んな物を水溜りの底に引きずり込んでいた…対象が生きてても死んでても。この物件の主はこうやって命を繋ぎ、力を蓄えているのだろう。


コアを抜き取ったダンジョンは果たして生存し続けるのか、それとも死滅するのか?生物とも呼べない謎の存在に対して探究心を抑えられない人類は、長年実地実験を繰り返している。結論は未だに出ていないけど、副産物の供給と需要で経済的にかなり潤っており、ダンジョンを生かさず殺さずの流れは当分続くと思われる。


「コアのないダンジョンは…」

普段あまり話さないシゲさんが唐突に呟いた。

「コアのないダンジョンは、ヌシであっても実体を持たない」

なるほど、コアが無ければダンジョンの危険度は下がるわけか。

では、あれはなんだ?

「シゲさん、あれは何です『総員警戒!!』

突然の課長の命令にビクッとなって慌てて身構える。


最深部へ続く細道にそれは居た。

全身緑色の「猫」?

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こちら第一観光ダンジョン課駅前派出所 大河原雅一 @mactoo

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