第8話 ストーカーの生い立ち
左隣の部屋に意識を飛ばした。
今日は若者の他にもう1人いる。
中年の女性で「下着はこの整理ダンスに入れておくから、野菜と肉は冷蔵庫に、米は5K買って来たのでここに置いておく、他に何か必要なものない?」と聞いていた。
母親のようだ、子供の世話なのに暗い顔をしている。意識に入ってみよう。
母親は東京の名門の女子大学を出ている。卒業して一年で結婚していた。
相手は○○省の官僚でトップの成績で国立大学を出ていた。
子供はこの若者と姉の二人だった。
若者は小学生までは公立の小学校に通い、成績も中の中で普通の子供だった。
父親は学歴重視で一流大学を出ないと立派な職には就けないと考えていた。
そして、名門私立中学に入学させた。
この子の成績では受かるはずが無かったのに、学校側が官僚の御子息と忖度し合格になった。
やはり授業に付いて行けなく、落ちこぼれた。
二年生になると同級生からは無視されて、激しい成績競争のストレスのはけ口として苛められるようになった。
母親が苛めに気が付いたのは、子供の下着を洗おうとした時、ブリーフの彼方此方に薄い黄色い汚れがあった。
触るとその部分だけが固まっていた。子供の夢精は前にもあり、それだと思ったが、ズボンにも付いていた。
そして下着を広げたら、バカ! 死ね! 来るな! と赤いマジックで書かれていた。
母親は学校に相談に行ったが、子供の成績が悪いのが原因で、この事が世間に広まると学校の名前にも傷がつき、御主人の出世にも影響がでるから秘密でお願いします。
苛めのことは学校の方でも対処しますからと言われた。
でも状況は変わらなかった。
朝、沈痛な顔で出掛けて行く姿を見て、母親は私立中学を退学させ、地元の公立の中学校に編入させた。
父親は怒って理由を聞いてきた。母親は成績が悪く付いていけないと説明した。
それ以来父親は若者には期待しなくなった。
公立中学に行っても、苛められた経験で人を避けるようになっていた。
又クラスの中で孤独になり、素行の悪い生徒に目を付けられ、暴力で苛められるようになり、ある時から学校に行かなくなった。
部屋に籠り家族とも会話をしなくなった。
夜はネットをやり起きていて、昼は寝ている生活を繰り返していた。
父親は息子の事は諦め気にも留めなくなった。
母親は毎日のように朝、夕食を部屋のドアの前に用意していた。
母親が話しかけても、返事が返って来ることはなかった。
姉が気にして声を掛けると「うん」とか「おー」とか返して来た。
姉には少し心を開いているようだった。
4年程時が過ぎた。母親にとっては無駄な時だった。
普通なら若者も高校三年で受験勉強をしている時期だった。
母親も不満が溜まっていて、若者が飲み物を取りに台所に降りて来た時に「小学校の同級生の○○ちゃんが○○大学目指して勉強している。貴方も少しは考えないと」と言ってしまった。
若者は凄い形相になり、母親を思いっきり突き飛ばした。
母親は食器棚にぶつかり、棚と共に倒れた。
若者は母親にはそれ以上暴力は振るわず、居間のテレビ、棚などを次々に倒し破壊した。
その時に父親が帰って来て、状況を見て若者を「馬鹿もの」と言って殴り倒した。
父親は学生時代に格闘技の経験があり、若者より体が一回り大きかった。
若者は仰向けに倒れた。
怒りが収まらない父親は若者の襟を掴み、顔に平手打ちをした。
母親が止めても「お前が悪い、こんな風に甘やかして育てたからだ!」と言ってまだ平手で打っていた。
「お父さん止めて!」と姉も大学から帰ってきて、この修羅場に驚いて若者と父親の間に入って止めた。
父親は止めた。優秀な自慢の娘の言うことは聞いた。
若者は走るように部屋に戻り益々籠るようになった。
それから3年ほど過ぎた頃、姉が政治家の息子との婚約が決まり、若者の存在が不味いと考えた父親は別居させる事にした。
それでこのアパートに入って来た。若者は21歳になっていた。
その修羅場にいたら、上質の魔気が得られたのにと考えたが、若者の生い立ちを同情してしまった。
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