05話.[甘さがしみるよ]
「ということなの」
「そうか」
彼氏が特定の女子と仲良くしているという話だった。
特定のというところが気になる、が、俺からはちゃんと話も聞かずに変な選択をするなよとしか言えなかった。
「疑いたくないけど仲良さそうにしているところを見ちゃうとね……」
「なるほどな」
いまの俺で無理やり例えるなら寧が他の男子と仲良くしている感じか。
正直に言ってしまえば友達としていられればそれでいいから気にならないが、付き合っていないからこその思考なのだろう。
まあ、それならそれで相手の男子からの指示で離れられる可能性があるため、全くなにも影響がないというわけではないのだが。
「だからとりあえずは和平と過ごすよ」
「それって逆効果じゃないか? あ、もしかしたら仁菜がたまにでも俺といるからかもしれないぞ?」
で、単純にその女子とは付き合う前から一緒にいたというだけの可能性もある、慣れるまでは仁菜とだけ過ごすようにしていたのかもしれない。
「それでやり返してきたってこと?」
「いやだからちゃんと話を聞いてからにしないとな」
余計なことを言わないでただ受け入れておけばいいか、俺としては仁菜といられる時間も好きだから拒む必要もない。
なんか精神的に疲れていそうだったから飲み物を買って渡すことにした。
ちなみにこの前寧に買ったあれもちゃんと小遣いで買っているため、無問題だ。
あの日はたまたま帰ってきてくれただけでまた一人の時間が続いているが、母から「どんどん使えばいいからね」と言ってもらえたのも大きい。
「ふぅ、甘さがしみるよ」
「せっかく付き合えたんだから落ち着いて対応しろよ?」
「うん、ちょっと自信がなくなっちゃっていたけど頑張るよ」
相手が一年生ということは今年入学してきたばかりというわけだし、少し急ぎすぎたのは確かなことだった。
それでも相手の男子は彼女の告白を受け入れたわけで、付き合い始めてからも時間が経過したわけだから一方的なものからは少し変わっているはずだ。
ただ、どう変わったのかは本人か本人から直接聞いている人間にしか分からない。
ある程度一緒にいたからこそ本当のところが分かって他の女子に、という風になる人間だってこの世界にはいるだろう。
一途に愛し続けることができる人間ばかりではないからこの先どうなるのか……。
「よし、私の話は終わりにして和平の話にしよう。向谷さんとはどうなの?」
「寧とはあっちが来てくれるのもあって仲良くできているはずだぞ」
彼女以外の女子とここまで続くとは思っていなかった。
俺にとっては一週間でも長いことになるため、他の人間からすれば「それだけで大袈裟すぎだろ」となるのかもしれないが。
「うんうん、だって名前で呼び合っているもんね」
「あっちも忙しいみたいで会えるのは朝ぐらいだがな」
「うーん、和平的には残念だろうけど仕方がないよね、それぞれにやりたいことがあるんだからさ」
正直に言ってしまうとミキがいてくれているから気になってはいなかった、強がっているとかではなく本当にそうだ、そもそも俺はどうしても暇になったときだけ来ればいいという考えで過ごしているからこういうことになる。
「向谷さんと和平が付き合い始めたらどうしようっ」
「なにかがあってそんなことになったら『おめでとう』と言ってくれ」
「それだけじゃ足りないよっ、ケーキとかご飯とかを作ってあげたくなるなあ」
ケーキか、いつ最後に食べたのかも忘れているぐらいだからいいかもしれない。
誰かが作ってくれたというのも、彼女が作ってくれた料理を食べられるのも久しぶりだから少しだけテンションが上がったが、そういうことにはならないという現実をちゃんと分かっているからすぐに戻った、ついでに教室にも戻った。
「和平が朝から奢ってくれたから今日も頑張れそう」
「はは、じゃあお互いに頑張ろうぜ」
「うんっ、それじゃあまた後でねー」
抱え込むタイプではないから自滅することはない、だからその点では安心していられるか。
あの元気さも無理やり装っているものではないし、俺はこれからも元気な状態の仁菜を見られる。
「冷泉君、江田さんの相談に乗っている場合じゃないよ」
「なんでだ?」
このクラスメイトの女子はあれからも数回は俺のところに来ていた。
なにもしていないのに嫌われるよりかは遥かにいい、裏でどうかは知らないが悪口を言ってこないところも同じだ。
「だって向谷さんがいま一緒にいる相手って男の子なんだよ? 正に人の心配をしている場合じゃないってやつだよね」
「ああ、別に付き合おうが問題ないぞ」
「えー……」
同じ学年ということもあって直接見る機会があったからそのことは俺だって知っているものの、俺としてはこちらが調子に乗れないようにその中の誰かと付き合ってほしいところだった。
「それより相手をしてほしいならちゃんと行っておけよ?」
「うーん、それが最近の向谷さんには近づきづらいんだよ」
「近づきづらい? なんで?」
「こう……上手く説明することができないんだ」
そうか、同性だからこそ分かることというのがあるのかもしれない。
そのため、今回もあんまり悪く考えすぎるなよ程度しか言えることがなかった。
「アイス美味しいね」
「たまにはいいな」
だが、流石にこれは短期間で金を使いすぎてしまっているわけで、しっかり気をつけなければならないのは確かだった。
まあでも、こうして仁菜と出かけられるのは久しぶりだから付き合わないという選択肢はなかったな、と。
「今日はこのまま和平の家に行くね」
「ミキ目当てか、仁菜も寧と同じで贅沢だな」
「おいおいおーい、向谷さんを何回も連れ込んでいるの?」
「今月になってからは一度もないがな」
六月だから多分これからも変わらないと思う、雨が降ったらどんな人間でもなるべく動かないようになる気がする。
「お邪魔します」
中学のときから一緒にいる相手だからこういうときは楽だ、先に着替えてから飲み物を注ぐという風にできるからだ。
まあ、昔から一緒にいる人間が相手だからこそ丁寧に接しなければならないのかもしれないが。
「はい」
「ありがとう、だけどミキちゃんがいないみたいなんだよね」
「俺の部屋にもいなかったぞ」
窓際で休んでいるわけでもないみたいだった、一応客間も見てみたがそこにもいなかったからいまは諦めることにする――って、彼女はミキに会うために来ているわけだからそうもいかないのか。
それならばと少しやる気を出してトイレから風呂まで確認してみたものの、結局見つけることができなくて今度は不安になり始めた。
どこにもいないっておかしいだろ、鍵や窓だってしっかり閉めてから家を出たのにどうなっているのか。
「どこにもいねえ……」
「えっ、それ不味くないっ?」
「不味いな、ミキがいなくなったら俺は終わりみたいなものだぞ」
だが、もう一回ということで部屋を探していたときにあっさり見つけてしまったときは自分に呆れた、それと同時になんてところで寝ているんだとも言いたくなった。
ベッドと壁の間で寝ていたミキを抱き上げると普通に目を開けてくれたから安心、このままの状態で一階に戻る。
「普通にいたわ」
「それならよかったっ」
「にゃ」
「うん、ただ寝ていただけだったんだよね、和平は心配性だよねえ」
いや、基本的にベッドの中央とかリビングの窓の前で寝ているからすぐに見つけることができなければそりゃ心配にもなるわ。
こっちを不安にさせたくせにミキは仁菜の足の上で丸まって休んでいる……。
「ミキちゃん、これからはこういうことが増えるけど許してね」
「にゃ」
「うん、ありがとう」
明日彼氏のところに行ってみるか、接触はしなくても観察することができればそれでいい。
余計なことをしたり、余計なことを言ったりしかできないのになにかをしてやりたくなってしまうのが微妙だが。
「なんかちょっと疲れたから寝てくる、客間借りるね」
「おう、ゆっくり寝てくれ」
「ありがとう、和平がいてくれてよかった」
弱ってんなあ、いちいち俺がいてくれてよかったとか言うのはそういうことだ。
「寧さんは?」
で、どうして仁菜には隠したのかという話だが……。
「それよりミキ、もっと分かりやすいところで寝ろよ……」
「狙ったわけじゃないけど『ミキがいなくなったら俺は終わりみたいなものだぞ』と言ってもらえたから嬉しい」
「いやまあそれは事実だが、って、話を逸らすな」
「たまたま落ちていただけ、でも、狭いところも心地が良かった」
自由か、まあ、元気だったのならそれでいいか。
ソファに寝転んでゆっくりとする。
「多分当分の間は来ないだろうな」
俺としてはどちらでも構わないから全ては寧次第となるが、全て○○次第と相手任せてにしていると変わらない気もしていた。
でも、とりあえずいまは仁菜の彼氏を観察しに行くことを優先したいという気持ちしかない。
自分の側にこれまで来てくれていた人間がいなくなってもある意味受け入れる能力が高すぎるからこうなるのかもしれなかった。
「そっか、なら仁菜さんに頼む」
「いまはそれでもいいが彼氏と普通の状態に戻ったら駄目だぞ」
元気でいてもらわなければならないから普通の状態に戻ってくれないと困る。
向こう的にもそれが理想なわけだから一方的な押し付けにはならない、お互いのためになるいい方法がそれだけなのだ。
「大丈夫、普通の状態には戻らないから」
「え?」
え、いや、それは不味いだろ。
だが、彼女は特殊だからなんか当たりそうで怖かった。
「寧さんはもう来ない、それだけは帰ってきた和平を見て分かった」
「ちょ、ちょっと待て、それでも仁菜は彼氏と仲良くできるだろ?」
「無理だよ」
無理と断言してくれるなよ、一瞬だけでもどうしたらいいのか分からなくなる。
聞きたくないから寝ようぜと誘ってみたら「和平がそうするなら寝る」と受け入れてくれて助かった。
とにかく彼氏がどんな風に過ごしているのかこの目で見てみなければならない。
それだけは絶対だった。
「うーむ、あれは……」
仮に昔から一緒にいるのだとしてもべたべた触れたりしていてとても彼女がいる人間の行動とは思えない、あれを見て不安になってしまうのも無理はない気がした。
「和平? 一年生の子に用があるの?」
「いや、たまたまこの階を歩いていただけだ、戻ろう」
「うん、あ、今日も仲良くしているんだ」
「たまたまだろ、放課後とかは優先してくれるだろうから大丈夫だ」
たまたま、そう、昨日はたまたま俺の家に来ていたからどうしようもなかっただけなのだ。
そういうことにしておかないとどんどん笑顔が減っていきそうで嫌だった、あと、そうなっても俺に戻せるような力はないから。
俺にそういう力があったら多分もう少しは違った結果になっていたと思う。
「あ、向谷さんだ、おー……い、行っちゃった」
「明らかにこっちを見ていたのに笑えるな」
「笑えないよ、和平がなにかしちゃったの?」
「いや、あ、だが余計なことを言ったのかもしれないな」
まだいてほしいとか言うには仲良し度が足りなかったのだろう。
とはいえ、後悔してももう遅いのと、あそこまではっきりしてくれていると感謝しかない。
「まあいっか、私がいるから和平が一人ぼっちになっちゃうこともないし」
「彼氏と仲良くするという考えはないのか?」
「うーん、やりたいことがあるみたいだからいいかな」
「もう一回仁菜のために言っておくが、そうして俺との時間を増やす毎に向こうも繰り返すと思うぞ」
「それならそれでいいじゃん、それぞれ本当にいたい相手といればいいんだよ」
駄目だこりゃ、頑固な人間でもあるから一度こうと決めたら当分の間は……。
ただ、まだ別れたわけではないからいい方に変わっていく可能性は十分にある。
彼女にとっての俺みたいにただ前々から一緒にいるだけ、それ以上の感情はないと彼氏本人から聞くことができればな。
「別れてくる」
「は、え、お、おい」
「続ける自信がなくなっちゃったから」
なんて、そんな考えは一瞬で捨てることになった。
そして、何故か彼氏……元彼氏? を連れて戻ってきた。
「その人を止めてください、勘違いしているだけなんです」
「ほら、ちゃんと話し合えって言っただろ?」
だが、俺がいるところでやってくれるのは正直に言ってありがたかった、どちらかが嘘をついた場合には嘘と見破ることができなくなるからだ。
「そもそも仁菜先輩だって冷泉先輩と仲良くしているじゃないですか」
「私はぺたぺた体に触れたりとかしていないけどね」
「あ、あれはごみを取ったりしているだけで……」
「そんなに毎回あの子についているの?」
先程の俺もそうだが慌ててしまった時点で負けは確定している。
彼女が別れると決めたのであれば、彼がこのままなのであればもう仕方がない。
「
「あ、寧先輩」
「この子に用があるから借りていくわ」
まあ、別れるのであれば寧が関わっていようと関係ないわな。
大人しく待っているのも違うから仁菜を連れて上階に戻る。
で、少し考えている間に笑みを浮かべながら「なるほどね」と彼女は言った。
「一緒にいるあの子も奇麗系だし、あの子の好みが基本的にそうなんだろうね」
「別れる気があるのかは分からないが、その通りならどうして仁菜からのそれを受け入れたんだろうな」
「分からない、でも、知る必要はないよ」
うわ、こういうときでもにこにこしていられるのはすごい、とはならないか。
怒りや悲しみとか寂しさとかを笑みを浮かべることでなんとかしているだけだ、だから笑えてすごいなとか言わずに済んだ。
「放課後はご飯を食べに行こ、たくさん食べてすっきりさせたいんだ」
「分かった」
それでも一旦別れてそれぞれの教室へ。
まだやらなければならないことがあるから放課後までは頑張らなければならない。
それにしても「普通の状態には戻らないから」とあそこまで断言できるのであればどうしてミキは寧に頼んだのだろうか? どうして受け入れたのかとかよりもそこが気になって仕方がなかった。
そのため、結局放課後まで集中はできなかったが迎えたので約束を守るために行動を始める。
「冷泉先輩待ってください」
「これから仁菜のところに行くから用があるなら付いてこい」
「いまは寧先輩が仁菜先輩といます」
昔から知っているとかでもないのに近づく理由はなんなのか、正直に言ってしまえば無意味な行為だった。
仮に俺に不満があって色々自由に言っているのだとしてもなんも効果がない気がする、他者にどうこう言われて簡単に変えるような人間なら今回みたいなことにはなっていないのだ。
「それで、お前の本当のところはどうなんだ? 続けるつもりなのか?」
「いえ、仁菜先輩には申し訳ないですけどやめるつもりです、というか、今日ので続ける気がなくなりました。だって冷泉先輩といるのに勝手じゃないですか」
「そうか、なら直接そう言ってやれ」
「はい、そうするつもりです」
待っていても日が暮れるだけだからふたりがいるらしいところまで歩く。
で、見た感じ別に悪い雰囲気ではなかった、それどころか俺らが来なければ楽しそうに会話をしそうなぐらいだった。
「仁菜先輩――」
「別れよう、少しの間だけだったけど一緒にいられて楽しかったよ」
「はい、それでは」
あっさりしてんなあ、あと寧と仲良くするのはいいがいつものあの女子はどうるのかという話だ。
「よし、これで夏休みは気持ち良く過ごせるよ」
「飯、食いに行くか」
「行く!」
だがここで予想外だったのは焼肉屋を選んだことだろう。
出費出費出費でそろそろ不味い、普段白米と味噌汁だけにしていてもなんにも意味がないレベルだった。
まあでも、今日は仕方がないかと正当化して店の中へ。
ちなみにこういうときに焼くのは仁菜だ、焼こうとすると「和平は気にせずに食べることに専念してっ」と怖い顔で言われる。
だ、だからこれも仕方がない話だった。
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