06話.[片付けてきたの]

「こんばんは」

「あ、もう来ないと思ったが」

「やらなければならないことを終わらせてきたの、だからもう私はあなたから離れないわ」


 仁菜も寧も彼氏を作ってくれればいいという考えでいたわけだが、どうにも上手くいかない。

 まあ、行きたいとなったときだけでいいというスタンスでいるため、急にこうして戻ってきても特になにも感じないが。


「ミキちゃん」

「……もう来ないって和平に断言しちゃったのに」


 扉を開けていたのに玄関まで付いてこなかったのはそういうことか、猫でも気まずいのかもしれない。


「ふふ、発言通り私は行くわよ」

「来るなら毎日とは言わないけどちゃんと来て、たまにだけ来て『私は行く』と言われても信じられない、和平を安心して任せられない」

「大丈夫よ、もう離れるようなことはしないから」


 それこそ仁菜の彼氏、名は彼女と付き合うために別れたわけではないのか? 物理的接触頻度的に彼女よりあの一緒にいる女子なのだろうか。

 誰を好きになって付き合うかは自由ではあるが、中途半端なことをするのはやめてもらいたかった。


「で、やらなければならないことって?」

「男の子に付きまとわれていたからその件を片付けてきたの」

「俺も男子といるところを見たが普通に仲良さそうに見えたぞ?」

「表面上だけは合わせていたのよ、あの子のお友達は多いから学校でははっきりと動けなかったのもあるわ」


 彼女は真顔で「学校以外の場所だからこそできることがあるの」と重ねた。

 男女、学校以外の場所だからできること、その二つが組み合わさると俺的にあっち系のことしか出てこないが、この顔的にそんなことはないよなと。


「その子から逃げていた結果でもあるのよね、あなたにぶつかったのは」

「あれ、甘い物がどうこうとか言っていなかったか?」

「ごめんなさい、これが本当のことなのよ」


 細かいことはどうでもいいか、どんなことがあろうと俺は俺らしくやるだけだ。

 ミキを抱いて「不安になってしまうかしら?」と言った彼女に対して「これから見極める」とミキは返した。


「よし、この話は終わりな」

「ええ」

「これから仁菜がどうするかだよなあ」


 また新しい自分に合う人間を探すのか、今日みたいにとりあえずそういうのを忘れて俺と過ごすのか、どちらだろうか。


「多分、あのふたりは戻るわ」

「年下好きだし、一度は好きになったわけだからありえない話ではないだろうな」


 でも、もう振った振られたの関係になってしまっているから向こう的に難しい気がする、小中学生とかならともかく高校一年とかだからこそそうなるのだ。

 一瞬の恥を気にせずに行動できる人間ばかりだったら多分こうはなっていない。

 特に振られた側である名的には……。


「もし関係を戻したいと言われたとき、あなたは協力してあげられる?」

「できるぞ、寧が好きな人間と仲良くしたいから協力してと言ってきたときもな」


 連れて行く、連れてくるぐらいはできるわな。

 必要以上に悪く考えてなにも行動できないというのが一番もったいないのと、見ている俺がそわそわしそうだからそうするのだ。

 相手のために動くことで自分のためになることもある、というか、俺は俺のためにしか行動していないと言った方が正しかった。


「なら大丈夫ね、あ、ちなみに私には好きな子がいないから安心してちょうだい」

「だからいても問題ないって、こうして暇なときにでも来てくれればいい」


 誰も来ないなら授業を真面目に受けて放課後になったらさっさと帰るだけ、家に着いたらミキを愛でて過ごすだけだ。

 妄想でもなんでもミキと喋ることができるようになったというのはそれだけ大きいことになる。


「……あなたのそういうところ、変えたくなるわ」

「マイナス思考はしないぞ」

「ああして離れていても全く気にならないという風に江田さんといただけよね」

「試すためにしたわけじゃないだろ?」

「違うけれど、この結果は複雑よ……」


 なんだ、俺が俺らしく動いていたことで彼女の乙女心というやつを傷つけてしまったということか? っても、もう一度は失敗をしているわけだからこういう待ち方になるのは当然だと思う。


「いてほしいとか言うのは早かったと寧の行動で分かったからな」

「え、あのとき私が帰ったから……」

「いや、俺が元々こういう人間だからってのが一番大きいよ」


 俺はたまにでもいいから相手をしてもらえれば嬉しいし、相手的には暇つぶしの手段として利用できるわけだから自分勝手ではない。

 まあ、俺でも俺なりに相手のことを考えて行動しているわけだ、そういうのもあってそこを否定するのはやめてもらいたかった。

 大体、そこを否定されても俺が俺をやっている限りは変わらないわけだからな。


「なるほどね、はぁ、けれどこのタイミングで片付けてきてよかったわ。だってあなたのことをよく知るためにはもっと一緒にいないと駄目だもの」

「来たときは絶対に相手をするから自由にやってくれればいい」


 もっとも、悪口を言うためだけに近づくとかなら勘弁してもらいたいが。

 メンタルが強いわけではないから気をつけてもらいたかった。




「和平」

「……ミキは軽いな」

「もう朝だよ、そろそろ起きないと駄目」


 今日は平日でもないのでもっと休むことができたが、言うことを聞いておいた方がいい気がするから体を起こす。

 とりあえず一階に移動して顔を洗い、しゃきっとさせることを優先した。


「寧さんはもう起きているよ」

「そうか」


 俺は送るつもりだったのにミキが遅い時間だから危ないということで引き止めたせいでこんなことになっている、仁菜でもないのに当たり前のように泊めるのはおかしいから勘弁してもらいたいところだ。


「おはよう、ご飯を作っておいたわよ」

「作っている最中におかしいと思わなかったのか?」

「え? 全く思わなかったけれど……」


 調子に乗らないように気をつけているというのに周りがこうだと困ってしまう。

 でもあれだな、このいい匂いには逆らえないから食わせてもらうことにしよう。


「美味いな」

「ふふ、それならよかったわ」


 同じような内容なのに違う感じがするのは誰かが作ってくれたということが大きいからだ、両親が基本的に家にいない俺にとってはよく響くってやつだな。


「だが、食べ終えたら送るから帰ってくれ」

「あら、それは駄目よ、家に帰ったところで一人だから寂しいもの」

「ほ、他にも友達がいるだろ?」

「私がいま一緒にいたいのはあなただからあなたといられないと寂しいわ」


 な、なんだこいつは、最近は来ていなかったくせにいざ来るとこういう発言ばかりしてくる、……俺がなんだかんだ来てくれるかもしれないと期待してしまうのは間違いなくこういうところから……だよな。

 そう考えると俺は彼女の手のひらで踊らされているというか、いや、なんか恥ずかしくなってくるからここでやめておこう。


「それに江田さんと仲良くしているところを見て嫉妬したの」

「仲いいのは普通だろ」


 寧ろ五年ぐらい一緒にいて仲良くできていなかったら嫌だろ。


「なら私とでも同じようにできるわよね?」

「まあ、別にできるが」

「ならいいじゃない」


 一緒にいるときはちゃんと相手のことを優先するから対仁菜のときと同じようにできるよな? 俺らは名みたいにべたべた触れたりするような関係ではないから対寧になってもそういうことになる。


「あなたにその意思はなくてもあなたは私を守ってくれた命の恩人なの、だからお礼をするためにも、私自身のためにも一緒にいてくれるとありがたいわね」

「俺らって何回もこのやり取りをしているよな」

「あなたが余計なことを言うからよ、その度に傷つきやすい私の心はぼこぼこになっているわ」


 ぼこぼこねえ、その割には目が合っても無視とかをしてきたのが彼女だが。

 大人の対応をしろということか、細かいことを気にしないんだろ? と誰かから言われている気がする。


「ん? ミキどうした?」

「むかついてきた」

「お、落ち着け、勢いだけで行動するといいことはなにもないぞ」


 怖くなったから台所へ退避、ついでに洗い物も済ませてしまう。

 あとは少ない洗濯物を干してやらなければならないことは終わり~としようとしたのだが、残念ながら今日は雨だから内側に無理やりするしかない。


「ふぅ、ちゃんと乾いてくれればいいが」

「和平には私がいればいい」

「あ、そういうやつ? 確かに一人のときはそうだな」


 学校でなにかしら微妙なことがあってもミキに触れられれば吹き飛ばせた、これは会話ができるようになる前からずっとそうだ。

 暴れるといってもそこままではなかったし、なによりそれだけ元気があるということだからその点についても安心できたものだ。

 ただ、いまとなってはすっかり大人しくなってしまったから少し心配になる、特にこの前みたいにすぐに見つけることができなかったりすると分かりやすく影響を受けてしまうわけで。


「変身するから見てて」


 なにを意地になっているのか、俺の側に誰がいようとミキのことを忘れたことなんてないのにな。


「できた、どう?」

「白黒だな」


 白い髪に白い肌、そして黒い服、だが一番目立っているのはやはり青色の瞳だ、もう俺の受け入れる能力は上限突破しているから正直驚きとかはない。


「無茶するな」

「この姿は疲れるけどご飯を作ってあげたりとかできる」

「一緒にいて元気でいてくれたらそれでいい、ミキは十分俺のためになってくれているよ」


 そうか、寧には見えていたわけだからここまで驚くこともなく食事を続けることができるのか、その点では俺らは似ているなと内で呟いた。

 すぐに食べ終えたみたいだからその分の食器も洗っておく、俺がそうしている間に寧は変身したミキを連れて出て行ってしまったが。

 仁菜と同じでミキと会うためでもいいからこの家に来てほしいなと。


「私がこのお家にいればずっとミキちゃんといられるのよね? 和平君も住まないかと誘ってきていたぐらいだからいいわよね」

「顔がやばいから落ち着け」

「……それは冗談として、この後時間があるならまた甘い物を食べに行きましょう」


 朝飯を食べたばかりなのに恐ろしい胃袋だった、彼女に限って言えばデザートは別腹理論というやつも信じられる。


「それだったら買って家で食えばいいだろ? 俺は残念ながら唐突焼肉のせいでこれ以上使えないが」

「焼肉屋さんに行ったの? 誰と……って江田さんよね」

「ああ、別れた複雑さをなんとかしたかったみたいだからな」


 黙ると怖いな、あのときの仁菜の笑みより迫力がある。

 だからまあ大人しく付き合うことにしたのだった。




「ミキちゃんもいると少しそわそわするわね」

「大丈夫、邪魔はしないから行きたいところに行って」

「ミキは食べられるのか? 食べられるなら店に着いたら注文するが」

「食べられないからお水を飲んでおく」


 そうか、それなら金を使わなくて済むな。

 俺も店に着いたら大人しくしておけば時間は勝手に経過するし、寧は甘い物が食べられるわけだから満たされるだろう。


「耳と尻尾がないと違和感しかないな」

「問題にならないようにしまっているだけ」

「そうか、じゃあ家に帰るまで頼むわ」


 手も小さいから問題はないと分かっていてもなんか不安になるが、家で一人で待っていてもらうよりはいいからありがたい能力だと言える。

 まああれだ、毎日一緒にいるわけだから一緒に行動できるときは行動したいと考えるのはおかしなことではない。

 あとは単純にいまの寧と二人きりは避けたかったからその点でも感謝だ。


「いらっしゃいませ」


 お、店に入ったらこちらの手を握る力が強くなった、一応ミキでも怖いことがあるということだろうか。

 放置とかはしないから安心してくれればいいと伝えたくてまだ離すことはしない。


「すみません、これを三つお願いします」

「かしこまりました」


 自分が食べるためとはいえ上手いな、これなら不自然さが全くない。

 座ったら怖いことなんてなにもないだろうから流石に手を離して適当なところを見ようとしたらミキに顔を覗き込まれた、何故? という気持ちが一瞬で強くなる。


「どうした?」

「……くっついていてもいい?」

「ああ、そうしたいならそうしておけ」


 もう六月ではあるが暑苦しいこともなくその温かさに落ち着けた。

 対面ではやたらと真面目な顔をした寧がいたが、それも注文した物が運ばれてきて手をつけたときには変わっていった。


「和平君、あーん」

「おう」


 金欠だったから払わなかっただけ、今度金の余裕があるときには頼んでもいいかもしれない。

 ただ、こっちに可哀想になるぐらい必死にくっついてきているミキがいるから浮かれたりはできなかった。


「ちょ、ちょっと待っててちょうだい、味わいながらなるべく急いで食べるから」

「ミキは気になるが寧は気にせずに食べろ」

「い、いえ、急ぐから安心してちょうだい」


 店外に移動すればいつも通りに戻ってくれると分かっていてもその選択を選ばなかった、彼女の誘いを受け入れたのは俺だからだ。

 どっちか片方だけを優先するなんてことはなるべく避けたい、あと、一人で黙々と食べるよりも美味しいとか言いつつ食べられた方がいいだろう。


「大丈夫だ」

「……うん」


 弟や妹がいたり、子どもができたらこんな感じなのだろうか。

 いや、どちらの場合であっても俺よりも一緒に来ている相手に甘えそうだよな。

 今日で言えば寧に、仁菜なら仁菜にと分かりやすく行動されて寂しさを感じていそうだった。


「帰りになにかミキにも買わないとな、なにが欲しい?」

「……和平がいてくれればいい」

「嬉しいことを言ってくれるなあ」


 ちょっと高めの餌とかか、あげられる物の制限があるから少しもどかしい、甘い物でも問題ないということなら今日ここで食いたいだけ食わせまくったのだが。


「お、食べ終わったのか、それなら……って、まだ食いたいのか?」

「いえ、満足できたわ」

「そうか、なら帰ろう」


 想像通り外に出たらすぐいつもの元気なミキに戻ってくれた。

 とはいえ、疲れたという話で人がいないところで猫にも戻った。

 じっとしてくれているから運ぶときも気にならない、周りの人間的には気になるようでじろじろ見てきていたが。

 家に着いたらすぐに俺の部屋で寝てくるということだったので、廊下のところで別れた。


「ばか」

「待て、どうして俺は寧に罵倒されたんだ?」


 あまりに急すぎる、ついでに言えば付き合ったのにおかしい。


「あら、聞き間違いじゃない?」

「難聴系主人公じゃないんだよ俺は。言いたいことがあるならちゃんと言ってくれ、寧にだって世話になったわけだからできることならする」

「……名君が奇麗系を好むようにあなたは可愛い系が好きなのねと思っただけよ」

「は? 別にどっちがいいとか拘りはないが……」


 まあそりゃ可愛かったり奇麗だったりの方がいいのはいいが、別にそのどちらかがいいという拘りはやはりない。

 ミキと仲良くしていることが気になったということなのか? でも、甘い物を食べているときに邪魔をするのは違うしな。


「江田さんと付き合ったりしないようにあのふたりに関係を戻すようお願いするわ」

「そういうのじゃないぞ」

「どうだか、彼氏もいなくなってチャンスかもしれないとか考えなかった?」

「考えていないぞ、俺としてはあの二人が仲良くし続けることを願っていたわけだからな」


 彼女は違う方を見つつ「今度ふたりきりで行ってくれたら信じられるわ」と。

 全く構わないから分かったと返しておいた、できるなら金を使えるときにしてほしいとも。

 あっさり頷いてくれてついついいつもの癖で頭を撫でそうになったものの、ミキではないことを思い出してやらかす前に止められたのだった。

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