04話.[治してしまおう]
「和平?」
「……今日は調子が悪くてな」
土曜だから連絡とかが必要ないのはいい。
ミキのために扉は開けて寝ているから飯とかを食べられないとかでもないし、ここでひっくり返っていればいいだろう。
「大丈夫?」
「身軽だな」
音も立てずにするから後ろを向いていたら気づけないかもしれないどころか、情けなく大声を上げて驚きそうだった。
まあ、そうやって恥を晒すことになっても踏んづけたりとかにならなければそれでいい。
「そんなことを言っている場合ではないけど」
「いいんだ、水は持ってきてあるから適当に飲んだり寝たりして過ごすよ」
普通に話せてはいるからそこまで酷いわけではない、ちゃんと寝ていれば明日には元気な自分に戻れる。
そうなったらミキを愛でて過ごそう、土日なら出かければいいというわけではないからそんなことでも十分だと言えた。
「このままだからなにかをしてはあげられないのが悔しいけど」
「いいんだ、それより移るかどうかは分からないが風邪が移ったらあれだから離れていろよ」
「和平と一緒ですぐにお腹が空いたりトイレに行きたくなったりしないから大丈夫、だからずっといるけど」
まあいいか、こっちはさっさと寝て治してしまおう。
ただ延々に寝続けることはやはり不可能なので、十六時頃には食ったりするために一階に移動した。
ミキの飯もちゃんと準備してやらないといけないからな、ずっと適当にはできないのだ。
「多分もうちょっとしたら変身できるから待ってて、でも、本当なら弱っているときじゃなくて元気なときに見てほしいから早く治してくれるとありがたいけど」
「変身って人間みたいにか?」
「うん、そうすれば和平のためにご飯を作ってあげられるから嬉しい、あ、けど」
「はは、もうそれやめればいいだろ」
「……個性を出したかった」
今日は平日みたいに米がこれぐらいの時間に炊けるようにはできていないからとりあえず米を洗ってセットする。
もうこうなってくると味噌汁を作ることになっても大して変わらないからやろうとしたのだが、今日はふりかけとかで済ませることにした。
「心配そうな顔をするなよ」
「……分かるの?」
「いや、いつも通りだが静かだからさ」
朝の時点でそこまで悪いわけではなかったからいまとなっては寝すぎて怠いというところだろう。
「仮にこのまま人間みたいになったとしても流石に飯を作るのは無理だろ」
「多分できる、和平が教えてくれればいい」
「いやいいわ、なんかそれだと俺が嫌な奴みたいになるだろ」
利用したいときだけ利用しているみたいになってしまう。
そして何度も言うが俺は彼女にそういうことを求めているわけではないのだ。
「あとそのままでいい、ミキと言えばこの白黒だろ」
「癒される?」
「当たり前よ、つか家に帰る理由の中にミキも含まれているわけだしな」
どう過ごすのが猫らしくかは猫ではないから分からないが、いまのままでいてくれと再度頼んでおいた。
会話をしている内に時間が経過して飯が炊けたからしっかりと食べていく。
大丈夫だ、気落ち悪さも感じずにちゃんと食べられるということなら十分だ。
「風呂に行ってくるわ」
「心配だから扉は開けておいて」
「ミキはこの前風呂に入ったばかりだから入れさせるわけにもいかないしなあ、しかもそれだと俺が寒い」
完全に治すためにも体が冷える時間はなるべく少なくしなければならないわけで。
「それなら寧さんを呼んで」
「連絡先を交換していないから無理だ、だから諦めて待っていてくれ」
「それならスマホを貸して、私が寧さんを呼ぶから」
「は? いやそりゃ――わ、分かったよ」
とにかく渡してから洗面所へ向かう。
寝汗もかいたし、潔癖症でなくてもそのまま寝たくなかったからこれだけは許してもらうしかない。
つかるのもあれだからシャワーでささっと終わらせて再度洗面所へ。
「元気そうね」
「お、おま……」
「早く拭いてしまいなさい、そうしないと悪化してしまうわ」
もう細かいことを気にしたら負けと言われている気がしたため、特に慌てることもなくしっかり拭いてから服を着た。
寝すぎて怠かったあれも少しずつなくなってきているから夜にはもういつも通りの俺に戻れるかもしれない。
「つか鍵はどうやって……」
「開いていたわ」
「そうか、とにかく来てくれてありがとな」
これで仮にまた寝ることになってもミキの相手を頼めるからありがたい。
時間がもう夕方だからそこまでいさせるわけにはいかないが、これが家に他の誰かがいてくれるありがたさかと思い出していた。
「さあほら湯冷めしないように早く寝なさい」
「あ、飲み物をさ」
「あなたの分は二階にあるのでしょう? いいから、それなら問題ないわよ」
……なんか気恥ずかしくなってきた。
仁菜ならともかく出会ったばかりの寧の世話になっているという事実に震える。
なんとなく顔も見られなくて反対を向いて寝転んだものの、彼女は大人しく寝ようとしていることがよかったのか「偉いわね」と。
なにも偉くなんかない、ミキを不安な状態にさせてしまったかもしれないし、こうして彼女には来てもらうことになったのだから。
「悪い、今度礼をするから必ず受け入れてくれ」
「ええ」
「十九時ぐらいまでまた休む、そうしたら送るから起こしてくれ」
「分かったわ」
俺の方がなにかをしてやるぐらいでなければならないのにこれだ。
情けないから早くなんとかしたかった。
「朝か……って、なんでだよ」
十九時に起こしてもらうつもりが朝の六時半に自分で起きることになった。
それでもとりあえずいつもの決まりとしてミキを探しに行動を始める。
「おはよう」
「あ、おう、ん?」
「あ、お風呂に入らせてもらったの」
「いやそれはいいが、え、泊まったのか?」
「当たり前じゃない、そのためにあの時間に家を出たのだから」
マジかよ、こっちを起こしてこなかったことよりもそのことに驚くわ。
ちなみに客間に布団を敷いて寝ていたらしい、彼女はあくまでいつも通りのままで「ミキちゃんもいるから行ってくるといいわ」と。
女としての常識というやつがない気がした、これではこちらが心配になってしまうレベルだ。
「ミキ起きろ」
「……元気になった?」
「ああ、ミキと寧のおかげでな。腹は減っていないか? いまから飯にしよう」
「うん」
昨日は少し多めに炊いて翌朝、つまりいま食べられるように保存してあるから温めるだけでいい――とはいえ、流石に世話になったのに白飯だけだと問題だからまた卵焼きと味噌汁を作ることにした。
「後で寧の両親に謝りに行くわ」
「そんなのいらないわよ、私が自分の意思で泊まることを選んだんだから気にしなくていいわ」
「じゃあ……せめて飯を食っていってくれ」
「ええ、いただくわ」
二十分もかからないからまた三人で食卓を囲むことになった。
昨日は気恥ずかしかったがいまあるのはなんかいいよなという気持ちだけ、こんなことが続けばいいと思う……って、三人ではなく二人と一猫だったか。
「食べ終えたらでいいから連絡先を交換しましょう、あと、こういうときぐらいは強がらずに頼ること、いい?」
「おう」
「ならよし、とりあえず治ってよかったわ」
な、なんでここまで優しくしてくれるのか。
もう気に入っているから放っておいてほしいとかそういうことはないものの、すぐに恥ずかしくなってくるから勘弁してほしい。
影響を受けやすい人間だからこういうことになる、情けない話であるが俺が俺をやっている限りはこのままということになる。
「お、俺で遊んでいるとかか? 俺がもっと寧を求めるようになったら離れる……とかだよな?」
「違うわ、そのことについてはもう何度も答えてるわよね?」
「別に俺のことを好きになってくれなくてもいいから俺が変わった後に去るのはやめてくれ……」
急いで入れて急いで流しまで持って行く。
洗い物とかそういうことでなんとかしないと今日一日微妙な気分で過ごすことになるから仕方がない、が、すぐに同じように食器を持ってきた彼女が「そんなに慌てる必要はないわよ」と来てしまったから微妙になったが。
「落ち着きなさい」
「あ、ああ」
こういうときにいてほしいのは仁菜だ、変な雰囲気になってもあの元気さでなんとかしてくれる。
だが、休日は寝ておきたいタイプなのと、もし動くとしても大好きな彼氏といたいというスタイルだから自分のために来てもらうわけにはいかない。
結局、礼なんかもできることが限られてくるからできるだけこういうことは少ない方がよかった。
「和平」
「ミキ、飯の量は足りたか?」
「十分、いっぱい食べられるわけじゃないから」
「そうか、じゃあ店が開店するまでゆっくりするかな」
の前に洗濯物を干さなければならなかったことを思い出して休むのはやめた。
休んでしまうと動く気がなくなる、やる気がある人間だから基本的にはそういうことになってしまう。
「お店に行きたいの?」
「ああ、食材を買いにな」
米と卵を補充しなければならない、あとは気になった食材を買っていくぐらいだろうか。
「それなら私も行くわ、大丈夫、その後もいようとかしていないから」
「いや、寧がいいならいてほしいが……」
って、そこで黙るな、色々やらかしすぎているからミキを抱いて現実逃避をするしかなくなるだろっ。
ありがたさもあれば最初のときみたいに申し訳無さもある、それだというのに自分の方から求めてしまっているわけで。
「私も行く」
「じゃあ買い物が終わった後に公園まで散歩でもするか」
「……それまで大人しく待ってる」
心配しなくてもここが家だからすぐに帰ってくる、おまけに寧の目的はミキでもあるから尚更そうだと言える。
ただ、猫と散歩なんてしたことがないからどうなるのかは全く分からなかった。
でも、まあ危ないこととかが起きることはなさそうだから気にしないでおいた。
「下ろすぞ」
「久しぶりに外に出た」
「あ、そういえばそうだな、やっぱり定期的に外に出たいか?」
「ううん、お家の中の方が平和だからこうして出るのは本当にたまにでいい」
そもそも俺としても落ち着かなくなるからこう言ってくれてよかった。
ミキは適当に歩いていたが、結局ベンチに座っていた俺のところに戻ってきて足の上に丸まった。
「お家でも寂しいだけで退屈ではないから外に出る必要がないと分かった」
「そうか、じゃあなるべく早く家に帰るようにするよ」
「うん、それで寝るまでは相手をしてほしい」
「分かっているよ」
少しだけここでのんびりとしてから家に帰った。
俺としても外にいるよりは床に寝転んでいられている時間の方が好きだから約束とかがなければ出ることも当分ない。
あっさりと帰ってしまった寧が少し気になるものの、まあ泊まることにしたことの方がおかしいから忘れてしまうことにした。
「少し寝るか」
「それならベッドで寝た方がいい」
「だな、ミキはどうする?」
「私も行くに決まっているけど」
んー、結局これはただの俺の願望みたいなものなのだろうか、それとも、一応俺なりにしてきたからミキがちゃんと気に入ってくれているのだろうか。
ちゃんと気に入ってくれているとしたらそれほど嬉しいことはない、嫌われるより遥かにいい。
「俺が仮にもう死んでいたとしてもミキと話せるようになってよかったよ」
「和平は生きているから大丈夫」
「じゃあこれは……なんだ?」
「私がずっと願っていたことだから」
「そうか、なら叶ってよかったな」
撫でて目を閉じる。
学校はともかく、最近は家にいられているときがマジで楽しい。
あれだ、単純に喋ることができる相手が増えたというのが大きいのだろう。
ミキが言っていたように俺は寂しがり屋で、喋ることができるようになってから更に楽しくなっているわけだから分かりやすすぎだ。
まあ、喋ることができる前から寝るときとかはこうして大人しく一緒にいてくれたのもあってそこまで変わってはいないのだが。
「ミキがいてくれてよかった」
「和平のお父さんが見つけ出してくれた」
「ああ、父さんにも感謝しないとな」
ここに住めているのだって父や母が働いてくれているからだし、感謝を忘れたつもりはない。
今度帰ってきたら肩でも揉んでやるかとか考えていたらベッドということもあってあっという間だった。
「和平」
それでもミキの声はある意味目覚ましよりも効果があると俺は知る。
少し寝すぎた、昼寝というのは夜にちゃんと寝ようとするときよりも寝ることができてしまうから怖い。
「寧が家に来た」
「あ、それなら明日謝っておかないとな」
彼女も寧もそういうときに起こさないようにしているのはどうかと思うが。
俺だったら相手が寝ていてもその相手に用のある人間のために心を鬼にして起こすことにしている。
「って、ここにいたのか、風邪を引くだろ……」
ベッドの側面にぴったりくっつくようにして寝ていたから驚きよりも呆れた、女子力などはあるが女子としては終わっているような気がする。
大して俺のことも知らないのに無防備すぎだ、出会ったばかりの仁菜だって俺には警戒をしていたというのになにをしているのか……。
「『一旦帰らなければよかったわ』と言っていた」
「はは、お互いに休日はやることがないってことか?」
「あとは和平に安心してほしいのかも、何回も行くことで離れたりしないと信じてほしいのかもしれない」
「あー、まあ確かに情けない発言をしたよな俺」
ただ、求めているのにそこから目を逸らして強がるような人間になりたくなかったのはある、あとは常にはっきり自分の気持ちをぶつけていくことで一気にどかんと爆発させないようにしているのもあるのだ。
いやほら、お互いに我慢に我慢を続けていくと多分無理が出るだろ? それとこのスタイルは相手がいい方にも悪い方にも行動しやすくなるから悪くないはずだった。
「ミキ、その肉球で起こしてやってくれ」
「分かった」
こちらは少し出かけて甘い物でも買ってこようと思う。
よく考えてみれば飯を作るだけで済まそうとするのは微妙だ、だったら少しだけでも喜んでもらえるようなことがしたかった。
が、わざわざスーパーに行くようなやる気はなかったからコンビニで少し高そうなやつを購入して帰還、リビングにいてくれたからなにも言わずに渡した。
「これは?」
「たまたま視界に入ってな、そういえば寧は甘い食べ物が好きだったなってことを思い出して買ってきたんだ。ミキにはこれな」
「でも、私が自分のためにここに来たのに貰うわけには……」
「いいんだよ、いいから食べておけ」
もういい時間だからいつものように飯作りを始める。
こうして三人……もう三人でいいか、でいればいるほど不安になるわけでもあるがいまそれを出したりはしない。
離れたりしないと言ってくれている相手のことを信じてやらないとな、そこまでマイナス思考をする人間ではないから今回もできるだろう。
「よし、食べる――多分仁菜だな、先に食べていてくれ」
どんどんどんと叩いてきているがそう急かさないでほしい。
少し微妙な気分になりつつ扉を開けると、
「和平ちゃんぶちゅー!」
「ぶ!?」
……もっと微妙な気分になった。
年齢というやつを考えてほしい、それと元気なのはいいが子どもっぽいところには呆れてしまう。
「ふふふ、お母さんが帰ってきましたよー」
「……おかえり」
「ただいま! ん? あ、仁菜ちゃんが来ているの?」
「いや、友達の寧が来ているんだ」
「そうですか、分かりました」
この息子の友達が相手のときだけ敬語を使おうとするのは何故だろうか。
しっかり見せたいからなのか? 多分、鋭い人間には簡単に見破られるだろうが本人がそうしたがっているのなら止めるべきではないのかもしれない。
「まあいいか」
これからも家にいてくれるということならそれもありがたいことだと言える。
だから母はこういう存在だということで片付けておけばよかった。
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