03話.[止めるしかない]

「ミキー? あ、そこにいたのか」


 登校する前にちゃんと確認しておかないと不安になるからこれでいい。

 丸まって休んでいた彼女を持ち上げると迷惑そうな顔をしていたが「にゃ」といつも通りで安心できた。


「じゃ、行ってくるからな」


 ソファに下ろしてやって外へ、そうするとすぐに微妙な気温が迎えてくれた。


「おはよう」


 ……ついでに向谷も。


「朝から自分が疲れるようなことをするなよ」

「あなたといたいからこれでいいのよ」


 偶然落ちたか飛んだ先に俺がいたというだけの話なのになにを言っているのかとぶつけたくなる、たったそれだけのことで気に入ったとしたならその単純さにもなにかが出てきそうだ。


「今日の放課後はお店に行きましょう」

「ま、暇だからいいぞ、向谷が行きたいところに行こう」


 今日は移動教室もないから教室にずっといられるのもよかった。

 避けられている俺だが静かにしていれば悪口を言ってくるような人間はいない。

 尿意が近い人間でもないし、放課後のための体力を確保できるというものだ。


「寧でいいわ、私も和平君と呼ばせてもらうから」

「そうか」


 学校に着いたら別のクラスということもあって別れることになる、ただまあ、用があればすぐに行けるような距離でしかない。

 同級生でよかった、後輩とか先輩なら教室に行くだけでも一苦労だから。


「あれ、今日はまだ江田さんが来ていないのね」

「そうみたいだな」


 風邪でないならそれでいい、寝坊とかならいつも真面目にやっている人間でもありえる。

 ミキの瞳を一日に一回は見たくなるのと同じで仁菜の笑顔も一回は絶対に見たくなるからちゃんと来てほしい。

 分かりやすく力を貰える、あとはまあ仁菜が今日も元気でいてくれているということに安心したかった。

 まあ、一応それなりに一緒に過ごしてきているわけだからおかしな発言、気持ちが悪い思考というわけではないだろう。


「和平君の好きな物や好きなことが知りたいの」

「好きな食べ物ってことか? それなら俺は焼肉だな、好きなことならミキを抱き上げることかな」

「なるほど」


 こっちを少し迷惑な人間を見たときのような顔で見てくるところがいいのだ、あの夢での喋り方で大体のところは分かるから簡単に想像することができるのもいい。


「寧は?」

「好きなことなら甘い物を食べることね、けれど好きな食べ物と聞かれても多すぎてこれだという答えが出てこないの」

「まあ、一つに絞る必要なんかないから気にするなよ」


 甘い物が好きなら今日の放課後はそういう物が食べられる店に行けばいい。

 どうせ暇人だからいくらでも付き合える、彼女が飽きるまで付き合ってやれば少なくとも悪く言われることはないのではないだろうか。


「お、おは……よう」

「おう、だが朝からどうしたんだ?」

「寝坊したんだよ、朝から大慌てで走る羽目になったよ……」

「お疲れ様」

「ありがとう向谷さん……」


 とりあえずお疲れの仁菜には自分のクラスで休んでもらうことにした。

 こういうことがあっても自分の教室、そして自分の席に着いたままだから楽だ。

 意外なのはここによく彼女がいるということ、あとは俺に話しかけてくるということだった。


「早く放課後になってほしいわ、そうすればあの子も休めるし、私はあなたとお出かけすることができるから」

「俺的には学校にいるとなんだかんだで疲れるから早く放課後になってくれた方がいいな」


 そこから先は特になにかに縛られるわけではないのがいい、適当の時間に飯を作って食って、終えたら風呂に入って休めばいい、最近は大人しくなったミキを抱いて寝転んでしまえばあっという間に夢の中だ。


「でも、そのためにも頑張らなければいけないわね」

「ああ」

「今日は体育があるからちょっとあれだけれど」

「ん? 苦手なのか?」

「ちょ、ちょっとね」


 へえ……って、人間ならなにか苦手なことがあるのは当たり前か。

 俺もどの教科も普通レベルにはできるが、人間関係の方では終わっているから遥かに格下だった。

 なにもしていないのに「ひっ」とか言われるのはやはり才能だと思う。


「救いなのは一時間目からあることね」

「苦手なら逆に地獄じゃないかそれ」

「いいえ、苦手だからこそ早く終えておきたいじゃない」


 そういうものか、当たり前だが色々と捉え方が違うみたいだ。

 それなら戻っておけよと言ったら「そうね」と大人しく言うことを聞いてくれた。

 一人になっても特になにかが変わるわけではない。


「れ、冷泉君」

「ん? あ、どうした?」


 対応に失敗すると教室での過ごしやすさが変わるから面倒くさいな。

 多分仁菜か寧に興味があるのだろうが、それなら俺のところに行くより本人達のところに直接行った方が効率がいい。

 俺が対応を失敗することを望んできているのであれば正解かもしれないが。


「さっきの子って違うクラスの向谷さんだよね?」

「ああ、もしかして友達になりたいとかか?」

「そうなのっ」


 なら連れて行ってこちらは関係ないふりをしよう。


「あら、あなた……」

「知っているのか? それなら話が早いな」

「待って、えっと……」


 別にいま思い出せなくたって一緒に過ごしてその内のどこかで思い出せれば頼んできた彼女としてもそれでいいはずだ。

 とにかく俺は役目を終えたから教室に戻るだけだった。




「あむ、ふふ、美味しいわ」

「本当に好きなんだな、これで五杯目だぞ」

「あ、ごめんなさい、私が行きたいところにばかり付き合わせてしまって」

「いや、それは気にしなくていいが……」


 買い物でついつい買ってしまったときよりも値段がどんどん膨れ上がっていくからこちらがそわそわしてしまう、あとは単純にどうしてそこまで入るのかと驚いているのもある。

 甘い物、デザートは別腹だなんだと聞いたことがあるが、これから飯を食べるというときに入れていい量ではない。

 それと女子なら多少でも体重を気にして食べたい欲があっても我慢しそうなのに躊躇がないのがまたな。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

「帰るか」

「ええ、ミキちゃんも待っているだろうから」


 俺には奢る能力も奢ろうとする考えもないから外で待っていた。

 いまはなんとも言えない季節ではあるものの、あれだけ冷たい物を食べれば体が冷えそうではある――って、そうか、だからこそ冷えた体をミキでなんとかしたいということか。

 俺が言うのもなんだが彼女は少し贅沢な人間なのかもしれない。


「どうしてあなたは避けられているの?」

「さ、さあ? ただ、昔から少数には絶対に受け入れられないなにかがあるんだ」


 で、どうしてもその少数を女子=として考えてしまうから全体が~みたいな思考になっていく、少し自意識過剰、被害妄想……的なことをしているのは認めるしかないがどうしてもイメージというのがな……。


「今日だってあなたはあの子を連れてきてくれたでしょう?」

「別にこっちは敵視しているわけじゃないからな」


 そんなことをしていても疲れてしまうから仕方がない、それとこれまでも同じようなことがあったから慣れているというだけの話だ。

 だから逆に○○に興味があるとか言ってもらえると安心できる、ただ連れて行くだけで終わるというのもいい。

 逆に直接喧嘩を売られたりとか、変に興味を持たれてしまうのは嫌だった。


「そこがいい点ね、女の子に対して少しでも悪いイメージなんかがあれば全体に対して極端な行動をしそうだけれど、あなたはそうしていないわけだから」


 そういう点で彼女の存在は少し微妙かもしれない。

 なんか対応し辛い、いや、普通に友達みたいにこうして一緒にいることは余裕だがいいところがあるとか褒められるとどうにも……。


「中でゆっくりしていてくれ」

「あなたは?」

「俺はちょっとここで休憩するわ」


 が、何故か許可してくれなかったから結局すぐに入ることになった。

 いつも通りのことをしてリビングに戻るとミキが寧に悪戯をしていた。


「ミキ」


 うとうとと眠たそうだから邪魔はさせないようにしておく、単純に俺がミキに触れたかったのもある。


「ん? いいぞ」


 リビングから出たがっているから開けてやるとこちらを見上げてきた。

 付いてこいということかと聞いてみたら「にゃ」と返事みたいなことをされてしまったため、付いていくことにする。


「って、二階に行きたいのか」


 俺はいつも触らせてもらっているわけだから面倒くさいとか言ってはならない。


「和平」

「お、おい、俺はまた倒れたのか?」


 今度はなんだろうか、寧と仲良くしたがっている女子が独占したくて攻撃を仕掛けてきたとかだろうか。

 ミキは「違うけど」とあの夢のときみたいに速攻で否定してくれたが、正直に言って信じられない。


「もう我慢できなくなっただけだけど」

「十分分かったがな」

「分かりやすいとか思っていても言ったら怒るけど」

「で、なんで我慢できなくなったんだ?」

「和平が適当にするからだけど、ちゃんとご飯を食べてほしいからだけど」


 そうは言うが食べずに寝るとかそういうことはしたことがない、食べたい気分にならなくても食べなければ力が出ないから頑張って入れている。

 まあ、ミキが言いたいのはもっと栄養を考えて作れ、食べろということだろうが、白飯と味噌汁だけでこうしてなにも問題もなく過ごせているわけだからなあ。


「とりあえず寧を起こしていいか?」

「いいけど」


 どんな季節でも適当に寝てしまえば風邪を引いてしまうかもしれないからなのと、一人で喋れる状態のミキと向き合うのは微妙だから起こすのだ。

 流石の俺でも冷静に対応できることばかりではないため、いまこそ冷静に対応できる人間の力が必要だった。


「寧起きろ」

「……いっぱい食べてしまうと駄目ね」

「寝るなら家で寝ろよ――って、どうした?」

「ミキちゃん……なの?」

「そりゃ俺以外には寧とミキしかいないだろ」


 一応後ろを向いてみてもいつもの白黒がちょこんと大人しく座っているだけだ。

 しかし彼女にとってそうではないのか目を擦ったり瞬きをしたりを繰り返しているという……。


「ミキちゃんが女の子に見えるの、あなたは違うのね?」

「ああ、普通、……普通の猫だ」

「可愛い顔をしているのね、髪も私ぐらい長くて奇麗だわ」


 やべえ、出会ったばかりの女子がやばい世界に行ってしまった気がする。

 もしかして俺らはあの件で死んでしまっていたとか? ただぼけっとしていただけだから助けられたというのはただの妄想なのかもしれない。

 ま、そうでもないと猫が話し始めるなんてありえないしな、それでも普通に過ごせているからそういうことで片付けてしまおう。


「あと瞳がいいわね」

「だろ? こいつの瞳は奇麗なんだ」

「うっ、ちょ、ちょっとトイレを貸してちょうだい」

「廊下に出てすぐのところにあるぞ」


 柔らかい笑みを浮かべていたのに一気に苦しそうな顔になってここから消えた。

 まだ腹も減っていないから床に寝転ぶと大人しくしているミキが見えた。

 あれから暴れることもなくなって楽と言えば楽だが、もう少しぐらいは活発少女に戻ってほしいところではあった。


「にゃ」

「いまのは分かりづらいな」

「仁菜さんが無理ならあの人に和平を頼むけど」


 寧も「和平をよろしく」なんて言われたら困ってしまうだろう、ではなく、俺が恥ずかしいから止めるしかない。

 つか飯のためにかもしれないがミキは余計な心配をしすぎだ、猫ならなんにも敵がいないここでのんびりゆっくりしておけばいい。

 俺の相手をしてやろうと思ったときだけ来ればいいし、マイペースに生きてほしいところだ。


「って、別に俺は仁菜のことを好きでいたとかそういうことはないんだぞ?」

「でも、彼氏ができたという話をしていたとき寂しそうな顔をしていたけど」

「あー、まあな、だってどうしてもこっちとの時間は減るわけだからさ」

「一人でいることに拘らないのもいいわね」


 彼女は俺と違って受け入れる能力が高かった、つまり、起きてもらって正解だったことになる。


「和平は寂しがり屋だからそんなことはできない、だから寧さんに頼もうとしているわけだけど」


 どうだろうな、意外と一人の時間というやつが少ないから自分でも分かっていないというのが正直なところだ。

 でも、それこそ中学生のときからミキは俺を見てきているわけだし、その存在がこう言うなら正しいのかもしれない。

 寂しがり屋だからこそ分かるということもある可能性がある、あとは類は友を呼ぶというやつで……みたいな。


「いいわよ? そもそも私がいたくてこうして近くにいさせてもらっているんだし」

「いやいや、寧のそれは友達としてというか礼がしたいからだろ? 目的を達成できたらどうせ……」


 いなくなるだろと言おうとしてできなかった、前もそうだが物理的に接触してくるのはやめてもらいたい。


「私はあなたから離れないわ、それぐらいのことをしてくれたのよ?」

「大袈裟すぎる、たまたま俺が落下地点、着地地点? にいただけだろ」

「それでもよ、あなたがいてくれたおかげで怪我をしなくて済んだのだから」

「結果論だ、怪我をしていたらどうなっていたのかは容易に想像できる」

「そんなことを言っても無駄よ、何故なら怪我をしなかったのだから」


 はぁ、もうやめだやめ、家にいるのに余計なことで疲れたくない。

 もうこうなったらミキと寝てやろうと抱き上げたら「あ、セクハラね」と。

 や、やりづらいから余計なことを言うのもやめてもらいたいところだった。


「猫だからって気軽に頭に触れたりお腹に触れたりするのってよくよく考えるとやばい行為よね」

「み、ミキが嫌なら逃げているはずだろ? だからいいんだよ」


 持ち上げて自分の腹の上に移動させてみてもそこで大人しくしているだけなのだから大丈夫だ。


「それより起きなさい、いまからちゃんと食べられるように食材を買いに行くわよ」

「マジかよ、寧にそういうことは求めていないんだが……」


 お互いに暇なときにだけ一緒にいられる程度でいいと思う。

 一緒にいすぎてもありがたみというのを感じられなくなるだけだし、調子に乗りそうだから俺のためにも考えて行動をしてほしかった。

 考えて行動すればこちらが調子に乗ることもないわけだから彼女的にも損ばかりというわけではないからな。


「自信を持ってもらうためとちゃんとご飯を作って食べてもらうため、あとは私が一緒にいたくて近くにいるのよ」

「最後のおまけ感凄え……」

「寧さんにしっかり教えてもらった方がいい、色々な言い訳をして適当にする和平をもう見たくないけど」

「……ミキがそこまで言うなら仕方がないな、俺はお前のために長く生きなければならないからな」

「む、少し複雑だわ」


 まあ、そこは一緒にいる時間の長さ的に仕方がない話だと言える、あとは大丈夫そうに見えても実は~なんてことがあるかもしれないからだ。

 流石に付いていくと言い出したことには呆れたものの、そう時間もかからずに買って帰ってくることができた。


「まずは簡単なカレーとかから始めましょう」

「おう」


 何回も失敗をしたから白飯と味噌汁だけにしていたわけではないから余裕だ。

 食材を切る度に指を切りそうになるとかそういうドジっ子人間でもない、だから特に教えられることもなく必要なことだけが終わっていく。


「キャベツを切っておいたわ、少しでも野菜があれば違うでしょう?」

「もうここに住んでいいぞ、これからは寧がやってくれ」

「ふふ、さすがにそれは無理ね」

「はは、だろうな」


 終わった、でも、やはり白飯と味噌汁の楽さには勝てないな。

 寧がこうしてこれから毎日家に来るとかしない限りはすぐに戻ると思う。

 これは一回目の卵焼きのときと同じだ、気をつけるのはそのときだけで続けることができない性格だった。


「和平が悪いことを考えているけど」

「悪いことなんて考えていないぞ、それより飯も炊けているからもう食べよう」


 とにかく食べて片付けて寧を送らなければならない。

 もう何回も家に上げてしまっているからせめて帰宅時間だけは早めにしておかないと彼女の両親に怒られるから。

 それとカレーは汚れが落ちなさそうだからそれをなんとかするためでもあった。

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