02話.[試してきている]
「痛っ、な、なんだこれは……」
「あ、やっと起きてくれた」
仁菜ではない女子がこちらを見下ろしてきている。
ただ、同じように長い髪だからまとめたらどうかなんて考えた。
「あなたはね、昨日からずっと寝たままだったの」
「あ、俺ってもしかしてマジでやばい感じ?」
「怪我はないから大丈夫よ」
どこだここはとわざわざ見回さなくても正面に見えた時計で俺の部屋だということが分かった。
「ミキ、あ、猫を見ていないか?」
「猫ちゃんなら一階のソファでのんびりしているわ」
「あとこれぐらいの身長の男子を見なかったか?」
「いえ、だってあなたは一人暮らしみたいな状態でしょう?」
なるほどな、それならあれは夢だったということか。
話せないとなると大変になるな、飯に関しては文句を言われなくなるわけだからその点はいいが。
「あなたは私が階段から落ちたときに助けてくれたの、でも、目を開けてくれないから助けてもらえた嬉しさよりも殺してしまったのではないかと怖かったわ」
「そりゃ悪かった、ただ、あんたが軽かろうと上から落ちてきたなら影響力が違うからな」
一人無様に階段から落ちて倒れたとかよりはマシな気がする、まあ、これも夢である可能性はゼロではないが。
「引っ掻いているな、開けてやってくれ」
「ええ」
おお、ちゃんと生きていられているというのが大事だよな。
ベッドまでやって来たミキを撫でてから抱き上げる。
「にゃ」
「お前も長生きしてくれ、いなくなったら寂しいからな」
一日に最低一回はこの奇麗な青色の瞳を見なければという気持ちになる、あとはこいつが元気なのかどうかもそれで確かめなければならない。
拾ってきたのは父だがいま父はいないし、俺だけがこいつのためになにかをできる状態だからだ。
「俺は冷泉和平、あんたは?」
「
「先輩とか後輩じゃなくてよかったわ、同級生ならまだやりやすい」
「けれどあなたは同級生からも避けられているみたいだけれど」
「ま、仁菜がいるからあんたが同じように避けようと別にいいがな」
いや、言ってしまえば仁菜が彼氏を優先したりして消えたりしても特に変わらないのが現状だ。
仁菜がいようと嫌われているというか避けられているわけだからそう、そういうことになってくる。
……まとっている雰囲気というやつが駄目なのかねえ、どうすればこの状態を変えていけるのだろうかと考えて答えが出ない連続だった。
「よしミキ、飯にするか」
「にゃ」
まだ体は痛むがいつまでも寝転んでいるわけにはいかない。
もしそれ以上倒れていたらこいつが腹を空かせてしまっただろうから一日程度でよかった。
「向谷、白飯と味噌汁ぐらいなら用意してやれるがどうする?」
「それなら食べさせてもらおうかしら、あなたが起きるまでずっと待っていたからお腹が減ったのよ」
「了解、じゃあ待っていてくれ」
とはいえこれから炊かなければいけないわけだから最低でも一時間はかかってしまうことになる。
その間暇だな、ミキでも愛でているか……って、なんだ? なんか滅茶苦茶尻尾が太くなっているが……。
「にゃ!」
「ちゃんと食べろって?」
「にゃ!」
それなら卵焼きぐらいは作るとするか、客に食べてもらうのに味噌汁だけというのも微妙だしな。
別に作れるところを見せたところでなにがどうなるわけではないものの、やる気を出しておけば今後の自分のためになるわけだから気にしなくていいだろう。
「冷泉君、触ってもいい?」
「ああ、それなら作り終えるまで向こうで遊んでやっておいてくれ」
器用なやつだな、尻尾を太くしながらも彼女を傷つけないように大人しくしていたわけだから。
大人の対応ができるというところは素晴らしいことだ。
俺がミキに求めているのは母親みたいに少し口うるさい感じではなく元気に過ごしてもらうことだからこれでいい。
「うん、大丈夫そうね」
「って、俺にかい、そこで大人しく待っているミキはどうしたらいいんだよ」
「ミキちゃんも偉いわね」
撫でてやりたくても手を洗ってしまったからいまはできないのが残念だった。
ただ、今度こそミキを抱いて向こうに行ったからまあいいかと片付けて飯作りに集中する。
卵焼きと味噌汁ぐらいだったら集中しなくても普段ならいいのだが、何故か今日は力が入っていた。
「できたぞ」
「お疲れ様、運ぶわ」
で、時間を経過させる必要もないからすぐに食べた結果、俺的には全く問題のないレベルで安心した。
ミキも足の上で丸まってくれているし、彼女も「美味しい」と言ってくれたから大丈夫だろう。
「本当にごめんなさい、あと、ありがとう」
「おう」
あ、いま少しずつ思い出してきたが俺は別に助けたわけではなかった。
ただぼうっとするために段差に座っていたらなにかがぶつかってきたというだけであってだなと、まあそのなにかが分かったのはいいが……。
「ごちそうさまでした、洗い物は私がやるわ」
「いやいいよ、それより送るからもう帰った方がいいぞ」
「そう? それならお願いしようかしら」
そのたまたまで彼女を不安にさせてしまったわけだから申し訳無さが出てきたのもあったのだ。
そのため、俺が単純に早くひとりになりたかったからでしかなかった。
「あっ、元気そうでよかったよっ」
「おう」
いやでもやはり仁菜がいてくれる前提で過ごしているからいなくなったら駄目か。
この笑顔を見られると元気になる、ミキと同じぐらい俺に力を与えてくれる存在だと言える。
「でも、とりあえず自分のためにも教室で過ごした方がいいかも」
「そうするよ」
移動するのも疲れるから移動教室とトイレのとき以外ぼうっとしていればいいか。
向谷も来るような感じはしないし、どこかで会おうと約束をしているわけではないからそれが一番だ。
元気なミキの相手をするためにもちゃんと体力を残しておかなければならないというのもあった。
「冷泉君」
夢の中のミキも現実世界にいる仁菜も声が高いから向谷その低さは何故か落ち着ける、声フェチというわけではないが低めの方が好きなのかもしれない。
「向谷さんも怪我がなくてよかったね」
「ええ、彼のおかげよ」
「和平はがっしりしているから物理ダメージは受けないようになっているんだよ」
いや、正直に言って体はまだまだ痛いままだった、情けないからなんとか表には出さないようにしているだけで。
あと彼女的に気になるかもしれないからこの自分のために動いているというやつが実は相手のためにも~となっている可能性がある。
それならいいよな、少なくとも相手に迷惑をかけているというわけではないから尚更そういうことになる。
「ちなみにあなたを保健室まで運んでくれたのは江田さんよ」
「ありがとな」
「私だってちゃんと鍛えていますからね」
ボディービルダーなんかを目指している人達程ではないが、仁菜は筋トレを好んでしているからいざ誰かを運ぶことになっても安定感があった。
野菜より肉タイプの肉食系女子だからそこら辺にいる野生の男よりは強いかもしれない、もちろん俺よりも強い。
「あ、やばい、和平を見ていたらミキちゃんに触りたくなってきちゃった」
「彼氏がいるならちゃんと考えて行動しないとな」
「ぐっ、和平が意地悪をしてくる、試してきている……」
まあ、俺は単純に自分が敵視されたくないというだけのことだった。
女子からも微妙な状態なのに男子からもされるようになったらはっきり面倒くさいことになるからなんとかしたい。
自分を守るために誰かを利用するのは違うし、誰かが勝手に解決のために動いてくれるわけではないから自分で頑張ろうとしているだけの話だった。
「私は今日も行くわ、ミキちゃんと冷泉君を見るためにね」
「ミキはともかくなんで俺も?」
「急になにかがあっても対応できるからよ」
一人で倒れたらそれこそそのままちーんだからありがたいようなありがたくないようなという感じだ。
何故なら彼女は俺を知らないから、そんな人間の家にまた上がろうとしてしまっているからだ。
「そ、それなら私も大丈夫だよね」
「じゃあ仁菜は向谷を見るために来てくれ」
「任せてっ」
知らない人間となるべくふたりきりにはなりたくないからこれしかない。
結局利用してしまっていることになるが、ミキに触れるという一応のメリットがあるから大丈夫だと思いたい。
「酷いわね、なにか酷いこととかをするつもりはないけれど」
「メリットがないからそうだろうな、だが、俺が不安になるからこれがいいんだ」
「感謝しているのに……」
「別に向谷を疑っているわけではないから許してくれ」
今回も学校では特になにもなかったから放課後突入と同時にすぐ移動を開始した。
もうなんか俺がミキに会いたくて仕方がないのだ、あいつはもう可愛すぎる。
喋ることができなくても大体のところが分かるというのもよかった、まあ、分かりやすいと言われているようなものだからミキは怒るだろうが。
「ただいま」
「「お邪魔します」」
帰ってきてまずやることは普段ならミキを探すことだ、どこでなにをしているのかをちゃんと把握しておかないと心配になる。
でも、今日のところは飲み物を先に出して部屋に行くことにした。
「って、ここだったか」
俺のベッドではなく勉強机と一緒にやってきた椅子に座るのが好きみたいだった。
耳が反応したことで生きていることは分かったから気にせずに着替えていると下りて足元まで移動してきた。
「運んでやるからそう急かすな」
持ち上げて一階へ、そうしたら自宅みたいにはしゃいでいる仁菜がいたから向谷の相手は任せておくことにする。
正直やることはないから寝転んでおくぐらいしかできない。
「寝ているときにミキと話している夢を見たんだ」
「え、ミキちゃんはどんな感じだった?」
「『じっとしていなくても可愛いんだけど』と自画自賛していたぞ」
しっかりと反応してくれる仁菜が好きだ、残念なのは相棒が既にいるということだろう。
「自分に自信満々なんて可愛いじゃんっ、いまもそう思っているのかなっ?」
「んー、休んでいるから疲れたとかそういうのじゃないか?」
暴れることなく丸まったままだから多分そうだと思う。
まあでもこれぐらいにしておかないとな、怒らせて引っかかれたりしたら痛いだけだから気をつけなければならない。
「あなたはベッドでなくても寝られるの?」
「寝られるぞ、汚いところだったら寝転びたくはないが」
「それなら今度私の家に泊まってちょうだい、今度は私がご飯を作ってあげるから」
「ま、もうちっと仲良くなったらな」
家を空けるということはこいつを残していくことになるわけだからすぐにおうと受け入れることはできない、だから仮にそういうことをするとしたら家に来てもらうのが俺的にはいい。
「それを聞いていたら泊まりたくなってきちゃった」
「仁菜は影響されやすいな、でも、彼氏も嬉しいだろうから泊まってこいよ」
「ぐぐぐ、和平は悪魔の囁きをしてくるよ……」
「いいだろ、ほら、ミキを撫でてから行ってこい」
で、結局行くことにしたらしく「行ってきます!」と出ていった。
残っている彼女は「ふふ、元気いっぱいね」とにこにこ笑顔だった。
「江田さんは幼馴染なの?」
「近所に住んでいるが幼馴染というわけじゃないんだ、俺らは中学生のときから一緒にいるだけだからな」
「へえ、でも、なにかがあったんじゃない?」
「なにもなかったわけじゃないが見ての通り、俺の彼女というわけじゃないぞ」
だからいてほしい、だが去るかもしれない、いてほしいと何度もその繰り返しをしているわけだ。
もうこの時点で情けないから今更気にするのはおかしなことかもしれないな。
「それならよかったわ、彼女がいる子だとお礼もしづらいから私的にはラッキーね」
「礼なんかいらないぞ」
「そういうわけにもいかないわよ」
大雑把な人間でいてほしかった、律儀な人間が相手だと強気に出られなくなるから駄目だ。
なんかなんだかんだで言うことを聞いている自分というやつが想像できてしまって笑う。
「ちなみに新しくできたお店に行きたすぎて急いでいた結果があれなのよね……」
「え、だが俺は昼休みに休んでいただろ? そもそも同級生なのにどうして上に行っていたんだ?」
「落ち着かなくてお散歩をしていたの、そしていまのは言い間違いだったわ、もう少しで予鈴が鳴りそうだったから急いでいたの」
学校にいるのに授業に出なかったらアホらしいから普通のことをしただけ、たまたま俺がそこにいたというだけだったのか。
それなら礼なんていらないわな、予鈴が鳴りそうというところで移動することもなくのんびりとしていた俺もあれだから。
寧ろこれで礼なんてしてもらったら後々あー! と叫びたくなりそうだから意地でも避けなければならない。
「で、新しい店に行った結果はどうだったんだ?」
「甘くて量もあってとても美味しかったわっ」
「そうか、ならよかったな」
お、こういう顔もするのか。
自分が関わっていないとはいえ、こういう所謂いい顔ってやつを見られるのはありがたいことだ。
いい気分になることはなくても悪い気分にならないだけで全く違うからというのもある。
「でも、実は昨日あなたが寝ているときに行ってきたのよね……」
「あれ、そういえばどうして俺の家に入れたんだ?」
「江田さんが代わりに開けてくれたの」
家まで運んでくれたのも仁菜だろうし、そりゃそうかとなる答えだった。
あ、楽しめたならいいだろと返しておいた。
それにしても一昨日から昨日の夕方まで寝たままとかどれだけのダメージだったのかという話だ、その割にはまだ痛い程度だから奇跡的に~というやつなのだろうか。
「ごめんなさい、一度あなたのお家に入った後は鍵を借りてから外に……」
「いや、鍵をしてくれた方がいいからそれでよかったよ」
言い間違いをしているだけなのか、ただ単純に小さな嘘をつくことが好きなのか、まだまだ時間が短いから本当のところは分からない。
でも、特にごちゃごちゃ考えずに俺は彼女が飽きるまで一緒にいればいいだろう。
「飯でも作るわ、向谷はミキの相手を頼む」
「え、ええ」
今日は食べていくつもりはなかったみたいなので実に簡単な物になった。
白飯と味噌汁だけではなくたまにレタスをむしゃむしゃ食っているから栄養不足とはならない。
またもやミキが怒ってきたものの、そんなことは気にせずに食べていた。
「食べてからで悪いが送るよ」
「あ、期待して待っていたわけではないのよっ? 私はただこの可愛さにやられていただけなの……」
「ミキと仲良くしてくれてありがとな」
なんとも言えない気温に迎えられつつ歩いていると「ミキちゃんはよく分かっているのね」と、よく分かっているのはいいが口うるさい感じはやめてほしいと言ってみたら「言うことを聞いておきなさい」と柔らかい笑みを浮かべながら返されてしまい黙ることになった。
「絶対にありえないと分かっているけれど、あのままだと喋りだしそうな勢いよね」
「夢の中ではな、だが残念ながらここは現実だからそんなことはありえない」
「喋ることができたらあなたも嬉しいでしょう?」
「あれやこれが嫌だとか嫌いだとか言われるだけだろ」
夢の中でぐらい「好き」とか言ってくれてもいいよな……。
だが残念、夢の中ですらそう言われないのが俺という奴なのだ。
「あなたが自信を持てるように私も頑張るわ」
「え、いや待て、そんなことは望んでな――」
「駄目よ……って、別に無理してみんなから好かれなくても一人か二人から好かれればいいわよね、江田さんと私で十分ね」
そんなことを呟きつつ家に着いたのをいいことに中に入って目の前から消えた。
女子の家の前でいつまでもいたらやばい奴だから一人寂しく帰路につくことになったのだった。
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